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第4話 メイドとの勘違い1

 アリスは14歳になっていた。季節は夏から秋に向かっていて徐々に肌寒くなっていた。


 そしてアリスはますます家での居心地が悪くなっていた。ただでさえシエナに睨まれたりしているのに、なんだか最近、メイドたちにまで嫌われているようだった。特にメイドのパトラにステッキを盗まれた一件からそれは顕著になった。アリスが部屋のベルを鳴らしても、全然メイドがやってこない。やっと来たと思ったら隣の部屋にいるシエナのところに入っていったりする。


 絶対嫌われている、とアリスは思っていた。


 シエナがなにか命令しているんだろうか、さっぱり理由がわからない。


 メイドが来ないのは不便だったし居心地が悪かった。なんとかしないと……。


 といって、アリスの生活が鬱屈していたかというとそうでもない。アリスのそばには3人の女性の幽霊の友人がいた。他の人に聞こえないのをいいことに、騒がしい毎日だった。


 そんなある日、ワンダが近づいてきて言った。


「ねえ。本を読みたいんだけど」


 ステッキが少し離れたところにあるから、ワンダは行動範囲限界まで近づいてきたといったほうが正しい。椅子に座ってるアリスから、ワンダまで5ヤードほど離れていた。


「また? 本めくるのしんどいんだけど」アリスはため息をついた。


 ものに触れないワンダは自分でページを捲ることができない。ワンダが「本を読みたい」というのは、つまり「本のページを毎回捲ってくれ」という意味であり、わざわざアリスやらなければならない。ただただ、めんどくさい。


「だって暇なんだもん! 本読みたい読みたい!」ワンダは地面に寝転がってダダを捏ねた。


 それをそばで見ていた幽霊、グレースが言った。


「みっともありませんわ。おやめなさい」


 グレースは、アフタヌーンドレスを着てアリスのそばに座っていた。彼女は上流階級の娘だったようで礼儀作法はしっかりしていたが、どこの出であるかは話さなかった。19歳らしく、すでに社交界には出ていたようだ。病気で亡くなったと聞いている。

 彼女はネックレスに取り憑いていた。そのネックレスはもともと父のヘンリーが持っていて、アリスが彼から譲り受けたものだった。ヘンリーの過去の恋人のものではないかとアリスは疑っている。グレースは否定していたけど。


 まさか、ネックレスだけでなく幽霊までついてきているなんてヘンリーは知らなかっただろう。


 グレースはため息をついて、アリスの後ろをみた。


「貴女もです、ミス・ダコタ」


 もうひとりの幽霊、ダコタはアリスの首元に顔をうずめていた。鼻をすんすんならしてアリスの匂いを嗅いでいる。アリスは初めは嫌がったが、何度言っても辞めないので放置することにしていた。


 ダコタは顔を上げた。

「アリス、いい匂いする。僕の好きな匂いだ。アーモンドとオレンジと、あとは……」

「分析するのやめて! 恥ずかしいでしょ!!」アリスは叫んでダコタを押しのけた。


 ダコタは金属でできた香水瓶に取り憑いていた。丈夫そうな作りで、そう簡単には壊れないだろう。


 アリスが幼い頃は三人を友人としてだけでなく、シエナとは違った優しい姉として慕っていた部分があったけれど、最近、ダダを捏ねているワンダと行動が突飛なダコタには、妹に近いような感覚で接していた。


 ワンダは地面に寝転がったままアリスをみた。

「本読みたい。アリスがしんどいなら、メイドの誰かにやってもらってもいいから」

「それは前から無理だって言ってるじゃん。私メイド達に嫌われてるんだから」


 悩みは結局そこに戻ってきてしまう。不便というだけでなく、生きている人間の話し相手がいないのはかなり窮屈だった。


 と、ダコタが突然、アリスの服に鼻を近づけながら言った。

「なにか気に入られるようなことをすればいいんだよ。そしたらお礼に手伝ってくれる」

「気に入られるようなことって?」アリスは匂いをかごうとするダコタの頭を抑えた。ダコタは「うう」とうめいて言った。

「わかんないけど、なにか困っていることを聞けばいいんじゃない?

 ワンダが解決すればきっと心を開いてくれるはず」


 アリスは考えた。

(そしたらもしかしたら、メイドのなかで私を嫌わない人が現れるかも。少しはここの居心地が良くなるかも!!)


 アリスはダコタの額から手を離した。ダコタはアリスの腕にしがみついた。

「やるよ、ワンダ!」アリスは意気揚々とそういった。

(「メイドと仲良くなろう作戦」だ!)

「なんで私よりやる気なの?」ワンダは怪訝な顔をした。

 



◇ ルイーズside



 ハウスメイドのルイーズはアリスに呼び出されて、椅子に座っていたが、身を固くして震えていた。彼女は最近グリムウィッチ伯爵家に採用されたメイドで、まだ若く(と言っても通算のメイド歴は2年だけど)仕事も失敗してばかりいたし、先輩達にもあまり評判が良くなかった。仕事のミスが多いからか、何もしていないのに「どうしてそんなに悪意を向けるの?」なんて言われたりしていた。


 だから、アリスに呼び出されたとき、またなにかしてしまったのではないかと思った。


 ルイーズはアリスが怖かった。14歳のアリスはルイーズより3つ年下にもかかわらず、圧倒されるような雰囲気があった。それはまるでオーラのようなもので、神秘的でありながら、畏怖の念を抱かせるものでもあった。


 先輩のメイドに聞くと、どうやら去年、パトラというメイドがアリスのものを盗んだところから、徐々にそのオーラをまとうようになったそうだ。パトラはアリスが恐ろしくなってこの家を出たらしい。


 ただ、一部の使用人はまだアリスのことを嫌っているようで、それが何故かルイーズにはわからなかった。というより、どうして恐れ多いアリスにそんな感情を抱けるのかさっぱりわからなかった。


 そう、恐れ多いのだ。


 アリスは当主であるヘンリーよりも、夫人アグネスよりも、シエナよりも、ずっとずっと怖いし、近づき難い存在だった。


 その彼女に、呼び出された。というより捕まえられた。


 ルイーズは逃げ遅れたのだ。廊下で掃除をしていたときいっしょにいたはずのメイドたちはいつの間にか逃げ出していた。気づけばアリスがそばにいて、生贄のように残されたルイーズだけが連れてこられた。


(一体何をされるんだろう……)


 ルイーズは震えながらアリスの部屋で、アリスの前に座っていた。


 自分の鼓動で耳が圧迫されるような感覚。腕から背中まで鳥肌が立っている。


 アリスはしばらく黙ってルイーズを見ていた。何度かうなずいたり首を振ったりしていた。まるで何かを見極めるように。


 突然、アリスは咳払いをしてから口をひらいた。

「突然連れてきてしまってごめんなさい、ルイーズ。聞きたいことがあったの」


 自分の名前を呼ばれて、ルイーズはドキッとして、椅子の上で飛び跳ねてしまった。

(どうして名前を知ってるの!?)


 普通、貴族は使用人の名前なんて覚えていない。最近やってきたルイーズは特にそうだ。貴族が使用人に話しかけるのはなにか仕事を頼むときくらいで、そこに名前は必要ない。彼らは使用人たちがどんな人生を歩んできたか、どんな人間で何が好きなのか嫌いなのかなんてことを気にしない。要するに、使用人たちを見分ける名前なんて覚える必要がない。仕事を頼むのは誰でもいいはずだ。


 なのに、アリスは自分の名前を呼んだ。考えられるのは一つだけ。


 誰かの告げ口だ。


 きっと使用人の誰かが「『ルイーズ』というメイドがこれこれという失敗をしていたんです」とアリスに告げ口したんだ。

(だから、私の名前を知っているんだ!!)


 ルイーズはそう思って更に震えた。

(私は逃げ遅れたんじゃない。初めから私に用があったんだ!)


 自分がやらかした失敗をいくつも思い出した。だが、いくら思い出してもアリスに被害があるような失敗を思い出すことができなかった。だから、余計に怖かった。

(私は一体何をしてしまったんだろう?)


 


◇ アリスside


 


 ハウスメイドを呼び出したはいいものの随分嫌がっているようにみえた。というか震えている。早くでていきたいみたいな。やっぱり嫌われてるんだなあとアリスは思った。


 この子の名前はルイーズだ。アリスは別に告げ口されたわけではなく、ただ、人の名前を覚えることだけは得意だというだけだった。


 ダコタがルイーズに近づいて匂いを嗅ごうとするものだから集中できない。アリスは急いで首を振った。

「ほら、離れて」グレースがダコタを引き剥がした。

「最近来たばかりのメイドだね」ワンダが言った。「シエナの息がかかってないから連れてきたの?」


 アリスはうなずいた。それに捕まえやすかったというのもある。他のメイドと違って、彼女は近づいても逃げていかなかった。


 それをワンダに伝えることはできない。ルイーズの前で変に話をするわけにはいかない。


 アリスは咳き払いをしてから言った。

「突然連れてきてしまってごめんなさい、ルイーズ。聞きたいことがあったの」


 そういった瞬間ルイーズは椅子の上で飛び跳ねた。

「な……ななな……なんですか」池に落ちたときのアリスくらい顎がガクガク震えている。

「大したことじゃないの。なにか最近困っていることはない? 不便に感じていることでもいいし、不満に思っていることでもいい。それを聞きたかったの」


 ルイーズは両手を胸の前で握りしめて、即答した。

「ありません!

 全然これっぽっちもありません!」


 ワンダが隣で言った。

「いやいや、そんなわけ無いでしょ。なんかあるでしょ困ってること。この仕事を失敗しやすいとか。そうだ! この前そこの廊下で怒られてたじゃん!」


 ワンダのステッキは部屋の入口近くに置くようにしている。彼女は部屋からすり抜けて外に出て、廊下の様子を時々見ているようだ。


 アリスはそれを聞いてルイーズに言った。

「この前そこの廊下でなにか失敗したんでしょ? なにか不便なことがあったんじゃないの?」


 ルイーズはそれを聞いた瞬間、「ひい」と悲鳴を上げた。

「なんでそんなことを知ってるんですか!?」


 アリスは失敗したと思った。そりゃあ、近くにいたわけでもないのになんで知ってるんだと怖がるのは当たり前だ。幽霊のことはふせなければならないし……。

「いえ……その……」アリスはいいよどんでだまってしまった。

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