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Antimatter Man《アンチマン》  作者: やわらかべ
6/18

5.飯を食わらば泣くまで

「ほう、斗桝カイリねえ…」




 M地区の隣の県、L地区___ここは地区警察本部、本部長室。

 その本部長が座るための席には、薄みがかった金髪の男性が資料を手にし、足を組んでふてぶてしく居座っている。


「ええ、メトロ様。さらにM地区のグラム様が接触していたとの報告がありました。いかがなさいますか」

「いや、彼に罪はないよ。服用した疑いがあるとはいえ、彼も今のところ何もしていないだろう?違法チップの可能性があるからってムキになるなよ本部長殿」

「そういうわけではございませんが…」



 地区警察の本部長よりもメトロ、と称するこの男のほうが上の立場のようだ。

 メトロに諭される本部長はううむと顎ヒゲを撫で、メトロはにやにやと本部長を緑と黄色のオッドアイで見やる。


「本当にその薬は"真っ白"だったのか確証はないんだろう?それを見た見ないで訴求するのが警察の端くれのやることかい?」

「…ごもっともですな」


 チップが違法かどうかであるかは「真っ白」であったか、デザインの有無で分かれるようだ。

 本部長をさらにたしなめるメトロ。まさしくな正論に追いやられる本部長だが____



「オレは、裁くべきだと思うね」


 そこに異を唱える一人の赤みがかった黒髪のショートポニーテールの、男らしい女性の姿が。



「おやおやこれは、アンペイル。I地区からわざわざ…連絡して頂ければ賓客(ひんきゃく)としてもてなしたのだが」


「堅苦しいのは嫌れェなんだよ。ここの手続きが終わったら次行かなきゃなんねーし忙しいんだ、お前と違ってな」


「違法薬物取締捜査班も大変ですね、私のように余裕を持って過ごせないというのも」



 彼女はアンペイル、違法薬物取締捜査班の総括リーダーとして纏める器を持つ。

 男勝りな性格で数多の薬物乱用者をブタ箱に送ってきた実績を持つ。


 違法薬物取締捜査班______この組織の本質はカイリも服用した【チップ】が大元となっている。

 最新のチップであれば高価であれど「副作用」などはせいぜい眠気と倦怠感くらいであるが、古いもの…マーキングの無い真っ白なチップは不完全なものが多く、適合率が低ければ副作用として死に至る可能性さえあるものが殆どである。

 この未完全なチップは『違法チップ』と呼ばれ、現在では使用を禁止されほとんど流通していない。


 違法チップの危険性はそれだけではない。

 【適合】した者の中には強烈な副作用を伴う代わりに、取得する強化された身体能力や冴えるようになった頭脳、非凡な超能力を用いて犯罪を犯す者も少なくはない。

 地下世界に未知数ある古いチップの回収作業、及びチップ使用者の犯罪を防ぐ、犯罪者を捕らえることがアンペイルらの仕事であり誇りなのである。



「アンタが県警でオッサン一人たぶらかしてる合間にオレぁ二人とっ捕まえてんだよ」

「それは健勝なことで。これからは何処に行くんだい?」


 互いに睨みを利かすメトロとアンペイルにおろおろと不安がる本部長。




「決まってんだろ、M地区だ。ついでにそのカイリとか何とか言う奴をふん縛ってやんのさ」

「…確証もなく行動に移すのは」

「オレがこの目で確認してやんだよ。まぁ十中八九クロだがな」



 二人の睨み合いはピークに達し、見えてはいけないオーラが出るくらいにピリピリとひりつく緊張感が場を(ひし)めく。

 本部長は少しずつ後ろに引き下がっていき、足がガンと部屋の掃除道具用ロッカーに当たってしまう。



「…好きにしたまえよ。彼にそこまでご執心とはね」

「けっ、やめろ気持ち悪い」


 メトロは彼女に根負けした。

 自分の言葉だけで制御できるようなタマではないことは分かり切っていたからである。そしてアンペイルは、先を急ぐように窓からざっと飛び出し出て行った。




「よ、よろしかったので……?」

「かまわないさ。その斗桝カイリとやらに賭けてみようじゃないか、シロ派として」


 メトロはあくまでも公正な正義の元に判断を下す。

 最大派宗教団体だろうが、反政府勢力であろうが法の下において人間は全て平等であることを志としている。

 だから今回のカイリの件も、シロであるという可能性を拭えない以上は何もしないのである。

 アンペイルのように何かの仇のように疑いを持つものに鉄槌を下すような人間とは相性が悪いのだ。



「斗桝カイリ……君が捕まらなければ勝ち、彼女との鬼ごっこだ。うまく乗り切りなよ」













「だる」


 当のカイリは、自転車で出前の帰りであった。

 先にあったグラムのただ飯のツケは回収予定であるものの、16歳の財布には大ダメージの打撃であった。

 買いたい本も買えないカイリは、ウネに今月のみお駄賃のアップを交渉する。

 結果としてはOKになったが、その分使い走りにされることが前より多くなっているような…と思っている。




『貴公も苦労者よの』

「ネギーも手伝ってくれよ。腕の一本くらい生やしてくれりゃいいのによ」




 袖をまくったカッターシャツと腕の間からシュルシュルと出てくるネギーに文句を垂れるカイリ。

 ネギーは食事をすることもなければ、カイリのように疲れる事もない。

 うぞうぞとカイリの左腕や左肩周辺をなぞるように這い回り、話し相手になるだけだ。




「はぁ~休憩すっかな。ジュースでも買うか」

『今の貴公の気分から察するに、さしずめラムネ辺りといったところであろう』


 カイリの気分を汲み取って飲みたい飲料を分析し、ベストな回答を出したネギーの意見をそのまま採用し、自動販売機で『旨いぜ!ラムネード』を買う。

 公園のベンチに座り飲んだ結果は…大当たりだ、カイリも満悦の笑み。



「ほへ~、こういう時に役に立ってくれるのはありがたいかも」

『我の出来ることなど今はこのようなモノよ。超能力を発揮できる機会があれば…』



 そんな機会無いから、とラムネを飲みながらネギーを一蹴するカイリ。










「あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーっ、クソが!!!!!!」



 ふと、背後から轟音が。カイリが買った自動販売機とは別の販売機から人の声がするので、すっと立ち自転車を引っ張って近寄る。


「あのー、すみません。なんかありました?」


 怪訝な表情の相手を失礼のないようにそっと声をかける。自動販売機に睨みを利かす"彼女"がその目つきのままカイリを睨む。



「オレの好きな『モノメロンソーダ』がM地区の此処しか売ってねえてのによお!!!!!!!なんで売り切れなんだよ今日に限って!!!!」


 自分の好きな飲み物が無いからと文句を垂れていたようだ。

 原因の可愛らしさとは裏腹に、深紅の瞳でカイリを睨む目がドスを利かせている。




「あー…モノメロンなら扱ってますよ、ウチで」

「何だと?」







「この一杯でまた仕事ができるぜ……」

「そりゃあ何よりです」


 カイリは店に案内し、冷えたジョッキにモノメロンソーダを注ぎ提供。

 彼女は一気に飲み干してしまう。それくらい好きなのであろう。



 「飯屋とます」は本日水曜は出前の予約のみの運用で店自体は定休日。

 他に来る客もいないので丁度良かったのである。


「悪りぃな、店閉めてるってのによぉ」

「いやいや、困ってる"お嬢さん"を見捨てておけないですよ」






「…………何だと??」


 先程も聞いた「何だと」。

 しかし何故か言葉の重みが違うような…と思った次の瞬間に、彼女はカイリに高速で動き詰め寄りカイリの首根っこを掴む。




「てめぇ……オレがいつ女だって言った……」

「え!?"女の子"じゃないんですか!!?最初からそう思って」

「女だよ!!!!!身体は!!!!!!!!」


カイリを掴んだ手を、振りほどくように放し、彼女は少し離れる。



「…てめぇなんざどうでもいいから話してやる。オレはな、心は男で体は女なんだよ」

「…それって」


「性同一性障害って奴だ、笑いたかったら笑えよ、半殺しにすっけど」



 フン、と機嫌悪く鼻息をする彼女は、少し物憂げな表情をして語りだす。


「小学校の頃はそうだな、心は男でも体は女だったら当然更衣室も女子と一緒扱いされて______その女子にも男女(おとこおんな)だのと呼ばれてよ……成長したらしたでどうだ、発達した女のカラダを男どもはエロい目で見てくる…オレも中身は男なのにだ。」



「挙句の果てには教師がだぜ?オレの尻を触ってきやがったんだ。仕返しにドロップキックかましてやった時のアイツの姿はお笑いだったぜ。本当に……嫌な事しかねえ人生だ」



 

 モノメロンソーダの分の勘定を置き、席から立ち上がり店を出ようとする彼女。




「………なんか、すんません」

「ただの愚痴だ。邪魔して悪かったな、あばよ」





「待ってくれ。待ってください、お客さん」


 立ち去る彼女のマウンテンパーカーの裾を引っ張るカイリ。


「……んだよ、邪魔すんならはっ倒すぞ」









「よかったら、飯…食ってきなよ」










 40分程度が経過しただろうか。カイリは厨房にて不慣れな手で黙々と調理をする。彼女は再び着席してからモノメロンソーダをちびりちびりと飲んでいる。


「アイツが飯食えって言うから待ってるけどよぉ……まだなのか」


 机を指でトントンと鳴らし、催促している彼女。飲料だけではどこか足りない腹の具合になってきたようだ。




「うっす。お待たせしました」

「ん…!旨そうな香りだな」



 腹をすかせた子犬のように待ち構えた彼女のテーブルに出されたのは_______




「最近覚えたんだ、ハンバーグ」

「……ふうん、いいんじゃねーか?」


 フリフリと振っていた尻尾がしなりと垂れ下がったように見える、そんな表情の彼女。


「……どうかしたか?」

「いんや…脂っこい飯は他の地区でも食ってきたからなんというか……」



 彼女は少し不満そう。しかし、カイリは寧ろ狙い通りかのように笑みを浮かべる。


「まあまあ。冷めないうちにどうぞ」

「まあそうだな。ありがたく頂くぜ」



端のほうにスッとナイフを入れ、フォークで刺したハンバーグの欠片を出されたソースに付け、はむっ、と一口。


「……あれ!!!??全然脂っこくない…」


 今まで食べてきたハンバーグのような油と肉の重厚さはなく、軽やかな食感。

 しかし歯ごたえは今までのハンバーグに負けず劣らずである。

 ソースもドロドロの濃いデミグラスではなくさっぱりとした、なおかつ甘みのあるソース……このハンバーグと相性は抜群である。





「こんな旨いハンバーグ…なんだよこれ」

「これ、豆腐ハンバーグだからね」


 カイリから速攻で彼女にレスポンスが送られる。


「豆腐……M地区特産の、白いアレ?」


 M地区は地上時代の日本人の血統が多い。

 故に豆腐などの日本の食材も多く、シンプルに和食が売りである。

 ちょうど厨房の豆腐が余っていたところに目を付け調理したのだ。




「見た目は変わんなくても、中身が違うだけで味わいも、感じ方も違うもんなんだよって、バーちゃんが言ってた。あんたも、見た目で女だって最初は思ったけど、話してみて中身は気風(きっぷ)の良い"男"だって分かったからな。それと一緒かも」


 カイリのその言葉の優しさは、彼女の尖った荒々しい気分を撫でる。

 彼女はすっかり気を許し一口ずつ豆腐ハンバーグを味わう。が____



「次はこれ、付けてみ」



 カイリから差し出されたのはポン酢、それと大根おろしだ。

 カイリの説明のままに、ハンバーグの上に大根おろしとやらを乗せ、ポン酢という酸味の効いたソースをかけて、ぱくりと一口で食べる。




「う……旨い!こんなに旨いハンバーグ……初めて……あ…あれ……?」

「ちょっ!?」


 突然、瞼から雫がぼろぼろと落ち、泣き出す彼女にカイリは慌てる。飯に何か入っていたのかと、何か嫌いな食べ物でもあったのかと心配そうに問うと_______



「違う…なんで……なんでか……涙が出ちまう………オレ……こんな性じゃ……ねえのに…………」

「えーっと……」



 彼女の涙の理由は彼女自身にも分からない。

 でも、人間とは意味もなく何かに感化され、突然涙を流してしまうこともあり得る生き物。

 美味しいご飯とあったかい彼の心意気に心動かされたのか、瞼からそれが滴り落ちる。

 彼女は相当鬱憤が溜まっていたのかもしれない。



 返答に困るカイリは、涙に濡れる彼女にペーパーナプキンを渡す。



「まあ、落ち着いたらこれで涙と、口元のソース拭いて。コーヒー淹れてくるから」

「……優しいやつだな…ふふ」



 そそくさと厨房に戻るカイリを、ペーパーナプキンで拭った目で見て、クスクスと笑う彼女。付け合わせのスープの温かみは、トゲの取れた彼女のこころをまた優しく包んでいく。







「…世話になったな」

「いや、自分も豆腐ハンバーグ、これで自信付いたし。店でちゃんと出せるかは……」

「大丈夫だよ!オレが保証する。これ、勘定な」


 時間は午後5時を回り、ウネが買い出しからも帰ってくる時間だ。

 代金を台帳管理システムが読み取り、精算する。



「んじゃ、またのお越しを」

「あ、帰る前にもう一つ教えてやらぁ」





 店を出る足を止め、くるりと振り向きカイリの方へ言葉を発する。



「オレの名はアンペイリア・イオナ。アンペイルって呼んでくれ、店員さんよ」

「あ、じゃアンペイルさんで…」

「さん付けやめろ。アンペイル、でいい」


 カイリにそう呼ぶようにずいっと近寄るアンペイル。しかしどこか嬉しそうである。




「あ……アンペイル。これでいいか」

「…………………………………………なんか、ダメかも」



 なんでだよ、と横でつっこむカイリをよそに、何故かは分からないが胸の高鳴りを実感しているアンペイル。

 夕日では良く認識できないが、顔も少し火照っているような。



「いや、いいんだそれで。またな店員さん、今度もハンバーグ、よろしく頼むぜ」

「ん……ごひいきに」




 アンペイルは店を出て夕日に向かっていった。

 それも、とてもいいことがあったかのように嬉しそうに。

 アンペイルが見えなくなってから、カイリは店を閉める。



 彼はウネが帰ってきてから、豆腐ハンバーグをメインメニューにするように申請した。



「また……アイツに、会いてぇな。名前聞いときゃよかったかな」







 アンペイルはこの夜、M地区の違法薬物取引組織の一つを壊滅させたのだった。





「そういえば名前聞かれなかったな?あ、エプロン付けてたから名前わかってて……」



「…ワッペン剥がれてんじゃん」


 床に落ちていた「かいり」とひらがなで書かれたワッペンを拾う。



 おそらく彼女は、当人が【斗桝カイリ】だとは未だ気づいていないようだ。

 










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