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夢に降る雨  作者: りっく
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「ハル」


 低く、響く声でユキがハルを呼んだ。


「なに?」

「ヨウ、連れてきてんだろ」

「うん。外で待ってると思うよ」

「連れて来い」

「んー」


 それちょっと難しいなぁ、とハルは呟く。

 無理なのか?と聞かれ、無理じゃないけどめんどくさいな。と。


「なんで?」


 とシンが尋ねると、ハルは困ったように笑い、ルイが楽しそうに笑ってから教えてくれた。


「この部屋が嫌いなんだってさ。暗くて、こもってて、しけってる」


 ユキの顔が今までよりももう少しだけ怖くなる。

 でも誰も気にしないようだった。


「よっちゃんは風の竜だからね。風通しの悪いところは苦手なんだよ」

「お前が呼んだら来るだろ」

「いや、呼んでも来ないと思うよ」

「得意だろ、丸め込むの」

「人聞き悪い事言わないでほしいなぁ」


 ブツブツいいながら、ハルは扉の外へと出て行った。

 外にはまだ虹がかかっているだろうか。

 シンは後姿を見送りながらそう思う。

 ハルと一緒に見たくて、後姿を追いかけようとした時、ユキに呼び止められた。


「シン」

「はいっ」


 何故かとてもびっくりして飛び上がるようにして返事をした。


「お前は、どうしたい」


 先ほどの話なのだとわかる。

 自分の答えも、もう知っている。

 でもまだ、はっきりと聞かれてはいなかった。

 ハルのいなくなった今聞くのは、本音で答えられるようにという事なのだろうか。


「人間として生きていくことも出来る。それでもお前が生きている限り、ハルはそばにいるだろうよ」

「短い間だけどね」


 ルイが、口をはさむのをユキが睨む。


「オレは欲張りだから、ハルとずっと長いこと一緒に居られるならそのほうがいい」

「人間の王となるよりも?」

「それにどんな意味があるのかわからない」

「富も、名声も、全てお前のものになる」

「ハルだけいればいいなぁ」

「それではお前は、竜としての人生を選ぶんだな」

「そうなるなぁ」


 そう答えると、ユキとルイは満足そうに笑ってみせた。

 ちょうどそこに光が差す。

 ハルがヨウを引き摺るようにして入ってきた。


「あー、変わらないねぇここは・・・」


 ヨウが弱々しく呟く。

 あんなに会いたがっていたルイにもユキにも目礼するだけで、ハルに縋るようにして立っている。

 小さく震えているようにも見えた。


「あー、もう!うっとおしいから早く行こう!」


 ハルがたまりかねたように叫ぶと、ユキが苦笑し、奥にあった大きな両開きの扉をそっと開いた。







 一瞬、目の前が真っ白になり何も見えなくなった。

 反射的に目を腕でかばう。

 ただ、シンの背中を誰かが軽く押したようだったのでそのまま数歩すすむ。

 身体にまとわりつくようだった空気が軽くなり、風が吹いた。

 おそるおそる目を開くと、周りは明るく、見た事のある場所だった。


「おかえりー」


 ルカがいる。

 見た事のあるルカの城。

 いつもくつろいでいた部屋。


「な……?」


 シンは言葉にもならない。


「ユキくんの特技。すごいでしょ」


 ハルが何故か自慢げにそう言う。

 ユキは、なんでもない顔をしているだけ。

 ヨウは明るい場所にこられてあからさまにほっとしている。

 ルイは。

 ただルカをじっと見ていた。

 ルカはその視線をまっすぐ受け止めて、にっこり笑ってもう一度「おかえり」とくりかえした。

 ルイは照れくさそうに「ああ」とだけ答える。

「遅いよ」

 とルカが文句を言う。

「悪かったな」と無愛想にルイが答える。

 短い言葉のやり取りは、何故かどこか優しい響きがあってシンにもとてもとても長いこと会っていなくて、とてもとても会いたかったのだろうとわかってしまった。


「ルカ」

「なに?」

「虹、まだ出てるか?」

「虹?!出てるの?」


 ルカが大きな窓へ走り、カーテンをあける。

 部屋の中がさらに明るくなった。

 緑の大地。

 屋根から伝ってきたらしい水滴がぽたぽた落ちている。

 そして大きな青い空。

 そこには虹が、大きく橋を架けていた。







 晴れ上がった美しい青色の空に虹は大きく架かっていて、それはそれは美しかった。

 先ほど見たよりも美しく見える。


「綺麗」


 シンが呟くと、ハルが振り返って微笑む。


「本当に、綺麗だね」

「うん。雨、やんでよかった……」


 雨がやまなかったのは、シンの水への強い想いだったのだとわかってしまった今はしみじみとそう思う。

 何事も偏るのはよくない。

 雨ばかりではそれも不幸せへつながる。


「これからは、バランスがとれるから大丈夫だよ。どうせルイがユキ君の部屋で寝てたんでしょ」

「あの部屋は眠くなるんだよ」

「当たり前でしょ。ユキ君は闇の竜。安らかな眠りを与える死の竜だよ」


「死?」


 シンが聞くと、ルイがにやりと笑った。


「竜を選んどいてよかったな。あの時答えが違ってたら、寿命縮んでたかもしれねぇぞ」

「ルイ。ユキ君はそんな事しないよ」

「そーかなぁ?」


 ハルはそう言ってルイを嗜めたがシンはルイと同意見だった。

 あの時、人間の生を選んでいたら、おそらく短い命になっただろう。

 一緒に過ごす時間が長くなれば失った時の哀しみが大きくなるから。

 ハルが望まなくても、ユキはしただろう。

 そう思っても、シンは特に怖くはなかった。

 自分も、ハルの哀しむ事はしたくないと思うから。


「ハル君が行ってくれてよかったね」


 ルカはそう言ってシンに教えてくれる。


「ハル君は光の竜。希望と誕生の竜。闇の竜の部屋で眠るものを起こす事ができる」

「眠った人がそれを望んでいれば、だよ。ルイはルカの所に戻ってきたがってたからね」

「まぁ!さ!バランス良くなったから虹もキレーだよな!」


 照れくさそうにルイがそう言う。

 もう一度見ようと空を見上げると、虹はもう消えてしまっていた。

 それでも、そこから見える景色は美しいものだった。







 その日は朝から晴れ渡っていた。

 何があるのかもわからないまま、シンは言われるままに着せ替えられる。

 いつもの洋服でも十分すぎるくらい立派だが、今日のものは今までに見た事が無いくらい豪奢なものだった。そして重い。頭にもなにやら飾りを乗せられて、少しよろりとするとハルに支えられた。

 いつか。

 とシンはこっそり思う。

 いつかこの人を支えられるようになりたい。

「シン?」

 あまりまじまじと見すぎてしまったのか、名前を呼ばれる。

 なんでもない、と首を振って、シャンと自分で立つ。


「立派になっちゃったねー」


 どこから入ってきたのかルカが、いつの間にかそこにいた。

 隣にはルイがいる。

 二人はいつも一緒だ。

 バランスが悪い時は一緒にいられないから、バランスがとれると一緒にしかいられないのだとヨウは言っていた。それも多分バランスなんだろう。


 ユキは、静かに部屋の隅に立っている。

 いつも、皆を見守っているように。

 ヨウはそんなユキにまとわりついて、ユキに苦笑されている。

 基本、ユキは優しい人なんだろう。

 ヨウも、部屋はダメだが人はスキだと笑っていた。


「さぁ、シン、挨拶に出ようか」


 ハルがそう言って、バルコニーへ通じる大きな窓を自ら開く。

「うわああああ!」と響き渡るような歓声が聞こえて、シンはびくり、と身をすくませる。


「大丈夫。皆シンを待ってたんだ」


 ハルにそういわれても。まだ身体は思うように動いてくれない。


「大丈夫、大丈夫だよ。皆一緒に居るから」


 そういわれて、やっと足が前へとすすむ。

 バルコニーへ立ち、見下ろすとそこにはもの凄い数の人々がいた。

 今までこんなにたくさんの人を見たことがシンはなかった。


「すごい、人」

「うん。すごいでしょ。まだまだもっとたくさんいるんだよ。皆、シンを待ってた」

「水の、竜を」

「そう、水の竜を。おれたちが6人になれば、幸せになれると皆知ってるんだ」

「幸せになる?」

「なるよ。おれたちも幸せだもの」

「そっか。世界が美しいと思えるくらい、皆が幸せになれるといい」


 自分は、生きるのに精一杯だった頃、世界がこんなにも美しいという事を知らなかったから。

 シンがそう言うと、歓声がさらに大きく湧き上がった。

 風の力を借りて、ヨウが中継しているらしい。


「今の言葉を宣誓と認める」


 ハルがそう言って、おでこに「祝福を」とキスをくれた。

 次にユキが。

 ルカが、ルイ、と続き最後にヨウがおでこへのキスをくれて。

 今日一番の歓声が湧き上がった。


「さてと、じゃあ行こうか」


 と言うハルの声に、ヨウが竜の姿となり、シンを背へと乗せる。

 続いてハルも乗り込む。

 ルカとルイとユキは行かないらしい。


「シン、世界を見に行くよ。マダマダ美しいばっかりじゃないから覚悟して」

「うん」

「水の竜は美の竜とも呼ばれる。とっても理想の高い竜なんだよ」

「そうなん?」

「シンは竜になっても綺麗そうだね」


 ふふ、とハルは笑う。


「ハルが笑っててくれるんなら、なんでもする」


 真顔でシンがそう言うと、目を真ん丸くしてから、嬉しそうに、とても嬉しそうにハルが笑った。


「ずっと、そばにいてくれればいいよ」


 小さい声でそれだけハルは言って、両腕を伸ばしてシンをぎゅーっと抱きしめてくれた。


「ハルを支えられるくらい、大きくなるから」

「楽しみ」

「今はこれで我慢しとく」


 シンも両手を伸ばして、ハルにぎゅーっと抱きついた。




 後に残された文献によると、水の竜の姿は美しく光の竜のそばを好み、ほとんど離れることなく過ごしたという。

 世界が美しく豊かになった事は、間違いない。



ありがとうございました!

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