6
「雨がやまない」
気がついたのは、うっとりと窓から外を眺めているシンではなくルカだった。
「どうにかしてよハル君。雨が降るのは歓迎するけど降りすぎるのはダメだよ」
「だよねー」
「だったら!」
「でもねー、どうも加減ができないようなんだよね」
「なんとかしてよ!」
「んー。ねー?」
そう言ってシンを見る。
「可愛いんだよねぇ。見て、あの嬉しそうな顔」
すっかりこの城での生活に慣れた様に見えるシンは、雨にはまだまだ慣れないらしく降り続く雨をじっと見つめている。
「でもさすがにこの辺にしとかないとまずいか」
「そうだよ!根腐れしたらどうしてくれるの」
「そうだよね。雨が少なくても育つんだもんね、あの花」
「そうだよ!どうにかしてよ」
仕方がないな、と言うように立ち上がってシンのそばへ行く。
シンはその気配に気がついてハルをみあげた。
「どうしたん?」
「雨は綺麗だね」
「ぉん」
「虹は見たことがある?」
「にじ?」
「雨が降り終わったら、空に七色の橋がかかるよ」
「そうなの?!」
「雨がやめば、ね」
すごく期待を込めて、シンは窓から空を見上げる。
少し勢いはなくなったがそれでもやはりシトシトと雨粒は降り注いでいた。
「あー。ルカ」
「うん」
「ちょっと熱量がたりないみたい」
「お願いだから、どうにかして」
「……うーん。ここまで熱が足りないとなると、あそこにいるのかなー」
思い浮かべる二つの顔。
そろそろ会いに行かなければいけないらしい。
出かけるよ、とハルに言われシンは身支度を整えた。
今までは同じ服をずっと着たままだったのに、今では一日に何度か着替えをする。夜寝る服、昼間着る服、出かける服。色々な用途にしたがって、形が違う。
今のシンは何枚か重ねて着せられてもこもこしている。
帽子まで被らせたところでハルは「よっちゃーん」と呼んだ。
ハルはいつ見てもあまり変わらないゆったりした服を着ている。
布に織り込まれた刺繍が違うのだとルカが教えてくれたが、シンには正直わからない。
「なにー?」
呼ばれて嬉しそうにやってきたヨウはいつも色々な服を着ている。
今日は白くて頭から被るだけの上着に、丈夫そうなズボン。
「出かけるよ~」
「何処行くの?」
「ルイの所」
「ルイちゃん?どこにいるの」
「多分ユキくんの所」
「あ。……あ~…。それオレも行くの?」
「行かないの?」
「え。いえ、あのー」
「ルイに会わなくってもいいの?」
「それはイヤ!」
「ルイちゃんここまで来てくれるかわかんないよ?」
「そうだよねー」
「一緒につれてってあげようか?」
「連れてって!」
「じゃあ乗せてってくれる?」
「まかせて!」
ヨウは目を細めて口をぱかっと開いて大きく笑って請け負った。
「ヨウ君てさ、やっぱりまだ若いよね」
いつの間にかそばに居て、やり取りを見ていたルカがシンにだけ聞こえるくらいの声でそう言った。
それから声を大きくして「ハルくん。ルイにここに来るように言ってね」と続けた。
ハルはにっこりと笑い、「伝えるよ」と答えた。
その様子を見ていたヨウは少し何かを考えるように首を左に倒したのだった。
さらさらと雨が降っている。
今はハルに守られて、身体が濡れる事はない。
初めて雨に打たれたことを思い出す。
空から身体を濡らすほどの水が降って来る事が信じられなくて、ハルが迎えに来てくれるまでずっと上を向いてただ呆然と立ち尽くした。
ハルはぎゅっと抱きしめてくれて「水はたくさんあればいいというものでもないんだよ?」と言われた。「使い方を間違っちゃダメだよ」とも。その意味はまだよくわからない。
「さぁ、よっちゃんよろしくね」
ハルが声をかけると、ヨウは大きな翼を広げた。
「相変わらず、綺麗だねよっちゃん」
そう言いながらハルが羽根のあたりに手を伸ばす。ヨウは何も言わなかったけれど、嬉しそうに少しだけ高度をあげた。
竜になったヨウの背中から、少しだけ勇気を出して落ちないように注意しながら下を覗き込むと景色がとても美しく見える。
ルカの育てている花畑。大きな山。そして最近は川が。
「ああ。川が荒れているね」
ハルが少し哀しそうに呟く。
そちらを見ると、ルイルイという音が聞こえるような大きな川があった。ものすごく水量が多い。
「あんまり降りすぎるとね、川はまわりのものを飲み込んでしまうんだよ」
シンは言葉を失う。
川は確かに、周りの物を飲み込んでしまっている。人が歩いていたら人も流されるだろう。動物も。
ルカも、花が心配なのだと言っていた。
無くても生きていけなくて、ありすぎてもいけない。
雨が又少し、弱まった。
真っ暗な部屋に、光が一筋差した気がした。
ふ、と顔をあげる。
何も変わりはない部屋の中。
ルイも相変わらず、眠ってしまっている。
こんなに眠り込んでしまうことは珍しい事なのだが。
きっと休息が必要だったんだろうと、ユキは気にも留めない。
しかし。
どうも落ち着かない。
これは、なんだろう。
立ち上がってうろうろと歩き回っていると、扉が叩かれた。
3回。
とんとんとん。
懐かしい、と感じた。
答えないで、扉をじっと見つめると、ゆっくりとそれは開いた。
するりと扉から光が入り込んでくる。
何年たってもちっとも変わらない。
その場所に立ち尽くしたまま、ユキは侵入者へ告げる。
「遅い」
いつまで待たせる気だった。
ハル。