5
その部屋は重いカーテンに幾重にも閉ざされていて、光を入れる事は決してなかった。
明かりは手元の小さな蝋燭だけ。
それだけで自分には十分だった。
光は明るくて美しいが自分には眩しすぎる。
なくした時に失ったものの大きさに自分を支えきれなくなる。
ふ、と昔を思い出したような夢を見たからだろうか。今日はおかしな事ばかり考える。
この部屋にはほとんど誰も入った事がなかった。
優しい仲間たちは皆自分を受け入れてくれたが、この部屋はお気に召さなかったらしい。
その中でも1人だけ、暗闇を恐れずに自らの光でこの部屋で安らいだものがいた。
今は、いない。
どうして自分はあの時あいつを守る事が出来なかったのかと考える。
何故、あんな事になったのが自分ではなかったのかと。
隣にいたのに。少し手を伸ばして腕を掴んで止めればあんなところへ飛び出していってしまったりしなかったはずなのに。
繰り返し、その場面を闇に見る。
水の竜は人間に刺された。
光の竜はそれを止めるためにまた傷を受けた。
自分は大切な存在を守る事が出来ずに、すべてをただ見ているだけだった。
世界を闇に閉ざしてしまおうかとも思った。
しかしそれでは、あいつの治りが遅くなるから、自分が閉ざされた空間に閉じこもることを選んだ。
誰にも会わず、何も感じずいられればどれだけいいだろう。
本当に、今日はおかしな事ばかり考える。
おかしな事が、おこる。
「めずらしいな。お前がこんなところへ来るなんて?」
うっすらと開いた重い扉からするりと入ってきた者へ声をかける。
にやり、と不敵に笑ったそいつはこの部屋へ一番近付かなかった者。
「相変わらず辛気臭い部屋だな」
「そうだな」
「否定しねぇのかよ」
「本当の事だからな」
「それじゃしょうがねぇか」
「まぁな」
ふ、と少しだけ相手は笑った。
あいつの暖かな柔らかな光とは違う、熱を感じる。
手のひらにぽっと燃える炎。
彼の属性は火。
「ルイ?お前本当に何をしに・・・」
「さすがにこんなに閉じ篭ってたらわかんねぇのか」
「だから何が?」
「外。雨降ってるぜ」
思いがけない言葉に息が詰まりそうになる。
雨。
そんなものが降るはずがない。
あいつがいないのに。
目が覚めるのはまだ先のはず。
もしも目が覚めたとしても、雨は、降らない、はずだ。
「また時間が流れる。あんたはどうする?」
「お前は?」
「ちょっとまだ考え中」
「それで、ここへ?」
「ま、そういう事。ルカとこ行ってもよかったんだけどあいつうるせぇから。」
2人はルカの顔を思い出し頬を緩ませる。
「ちょっと休ませて」
ルイからうっすらと血の匂いがする。
またどこかで暴れてきたのだろう。
「ゆっくりと休めばいい」
今日は本当におかしなことばかりがおこる。
それはお前が起きて、動き出したからだな、ハル。
さらさらしとしと音をたて雨が降っている。
皆が寝静まった夜更け。
窓の外はしっとりとした闇。
思い浮かぶのは1人の男。
闇のドラゴンは、世界を闇に閉ざさなかったらしい。
自分がいないのに。
「ハルくん?」
ゆっくりとハルが振り返ると、ルカが1人で立っていた。
「ん?」
少し首をかしげて返事をすれば、少しだけ躊躇った後
「ユキくんとはもう会ってきた?」
「ううん、まだだよ。ルカは最近会った?」
「ううん、俺もハルくんが眠ってから会ってないんだ」
「ふうん」
「会いに行かないの?」
「うん?そのうち、ね」
「きっと待ってるよ」
「気がついてないかもしれないよ、おれが起きた事」
「気がついてるよ」
「そうかなぁ?」
「……会いたくないの?」
「そんな事はないけど。…怒ってた?」
「怒ってた、のかな」
ハルが眠った後、ずっと一言も口を利かなかった闇のドラゴン。
怒っていたといえば怒っていた。
しかしあれは、どちらかというと。
「泣きそうだった?」
先に、ハルに言われてしまう。
不器用な闇色のドラゴンは人前で泣けないからただ黙って堪えていただけだったのかもしれない。
「かわいそうなことしちゃったな。目の前で」
「そうだよ!俺たちだってショックだったんだからね!」
「そうだよね。ごめんね」
ふわり、と笑う。
本当に悪かったと思っているのだろうか。
「目が覚めたら、世界は闇に閉ざされているんじゃないかと思ってた」
「そんな事しないよ、ユキくんは」
「そうだよね。少し自惚れてた、かな」
自分がいなくたって、あの人は一人でちゃんと立っていられる。
少しだけ、どこか寂しそうにハルは笑う。
それにルカは少しだけ腹を立てる。
「わかってないな。闇なんかで閉ざしちゃったらハルくんなかなか起きてこられないじゃん」
「え?」
「世界を闇で閉ざさなかったのなんか、全部ハルくんのためじゃん」
目を丸くして首を傾げるハルに、ルカはそれ以上言葉を重ねるのは諦めて笑いかける。
「早く会いに行ってあげてよ」
「そうだね。そうしよう」
窓の外は相変わらずの闇。
闇のドラゴンは、また笑いかけてくれるだろうか。
深い闇の色の部屋の中。
部屋の主は落ち着いた深い声で、ルイに尋ねた。
「聞いてもいいか」
「いいけど、何も知らないぜ」
「……そうか」
「聞かねぇのかよ」
「何も知らないんだろう」
「まぁ、な」
1つだけ教えられそうな事は。
「水鏡で覗かれたぜ」
「そうか。…そうか」
「もう、寝る」
「ああ。ゆっくり休んでいけばいい」
うっすらと見える表情が、随分と柔らかくなっているように感じる。
光と影。
まさに二人の事だな。
強面の闇の竜を、ハルは『優しいヒト』と呼んだ。
人々に安らぎを与える事の出来る優しさ、と。
とても分かりづらく、その時は何を言っているか分からなかったけれども、今になってなんとなくルイにも理解できた。傷ついたものも闇の中で、眠りの中で癒されるのだろう。
闇は孤独で、美しく、優しいのだ。