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夢に降る雨  作者: りっく
4/8

 侍女に連れられて、浴場へ入っていく。

 しかしそこには、お湯はためられていない。

 大きな石のライオンが口を開けている。


「最近は水不足でねー、お風呂なんか入れないのよ?」


 ヨウがちゃかすようにそう言うと、ハルは少し笑った。


「ま。それももう昔の話か」


 それを見てヨウは首をすくめながらそうつけたした。

 外では今も、雨が降っている。

 シンは嬉しくて仕方がない。

 窓の外へ気を取られていると


「シン」


 とハルに呼ばれた。

 ライオンのそばで、手招きしている。

 たたた、と駆け寄ると


「ライオンの頭を撫でて」


 と言うので、手を伸ばして頭を撫でた。


「お湯でろー。って考えて」


 お湯が出る、というのがいまいち理解できなかったが、その通り考える。

 しかし、何もおきない。


「あれー?」


 ハルが首をひねりながらそう唸る。

 シンはわけがわからずライオンを撫でていた。


「シン、お湯が出たら何するか知ってる?」


 ヨウがそう話しかけるので首を振る。


「お風呂は?」


 もう一度首を振る。

 すると、ハルは驚いたように目を丸くした。


「あんたが寝ていた間に、世界はこういう事になってたわけ」


 ヨウがそう言うと、ハルは困ったような顔をした。


「そのライオンの口からはね、お湯が出るんだ。それがこの浴槽にたまってね。お湯に浸かって身体をあたためる。それがお風呂だよ。」


 その説明をきいてシンはびっくりする。

 水は、貴重なもので。

 飲み水にすら不自由する事だってあったのに。

 このライオンの口から出る。この広い浴槽にたまるほど。

 それが昔は当たり前だったのだ。


 水のドラゴンの不在が、世界に与えた影響はあまりにも大きい。


「これからは、水に困るような事はなくなるの?」


 シンは、涙が出そうな気分だった。


「そうなるよ」

「この国だけじゃなく、世界中で?」

「そうだね」

「そう、なんだ」


 もう一度、ライオンに向き直る。

 ライオンの口から、豊かなお湯が出てくる。

 イメージして頭を撫でる。


 お湯が出るのと、シンの目から涙が一滴流れるのと、同時だった。






 ごしごしと2人がかりで身体を洗われ、シンはぐったりしてしまった。

 あたたかいお湯に身体を浸したのも初めてだし、白い泡を頭につけられたのも初めてだった。

 最初はちっとも増えなかった泡が、今ではもこもこと頭の上に乗っている。

 その様子を見て、両側からハルとヨウは満足げに肯きあった。

 最後にざっぱざっぱとお湯をかけ泡を流し、もう一度ゆったりと3人でお湯に浸かった。

 3人とも柔らかい布を頭に乗せて、実に満足げに浸かっている。


「やっぱりお風呂はいいよね」

「そうだねー」


 とハルとヨウがシンの頭を通り越して会話をしている。

 シンは少しだけ眠たくなりながら、お湯を両手にすくって覗き込んでみたりしていた。

 両手の境目から、細く湯が零れ落ちていった。

 しばらくするとさざめくようになっていた湯面はまた平らになり、何かを映し出した。


 なんだ、これ?


 声に出す事はせず、シンはじっと見つめる。


 どこかの広い場所で、大勢の人が戦っている。

 その中で、一番早く強く動いている赤い髪の男。

 背は大きくはないが、背中に大きな太刀を背負っている。

 その太刀を使うまでもない、とでも言うように敵を素手のまま倒していく。

 戦う事が楽しいとでもいうように、口元にはうっすらと笑みを浮かべている。


「だれ?」


 シンが思わず声をかけると、水の中の男は声が聞こえたかのように一瞬動きを止めた。

 それでも無様に敵に切られるような事は無かったが。

 ふ、と男が上を、「こちら側」を見ようとした瞬間。


 ぱしゃり、と水面を手がはじき、全ての画は消えた。


「シン、平気?」


 ゆっくりと声を掛けられた方をむくと心配そうなハルの顔がそこにあった。


「ああ・・・、なんでもない」


 シンはそう言って、目をぱちぱちとさせたのだった。





 ぼんやりとしたままのシンを心配そうにヨウが覗き込む。

 覗き込んでもまだぼんやりしたままなので、ハルを見るがハルはのんびりとしたようすでお湯をかき混ぜている。


「何が見えた?」


 ぱちゃ、とシンの前で水面から手を出しながらハルはそう問いかける。

 何か、見えたのは確実に知っている、と。

 あまりにも当たり前に聞かれて、シンは不思議にも思わないまま見えたものを口にする。


「赤い髪の、戦う人」

「ふうん」


 ハルはのんびりと肯く。

 ヨウは驚いた顔で「それって」と口を開く。

 ハルはそれをひとつ肯いただけで流し。


「その赤い髪の人は、剣を抜いていた?」

「ううん。素手だった。すごく、強くて。見とれてたら、こっち向きそうだった」

「目が合った?」

「ううん。その前に、消えてしまった」

「そう。うん、わかった」


 ハルは身体の前でパチンと両手を鳴らし。にっこりと笑った。


「のぼせちゃうね。あがろっか」


 言われてシンも肯く。

 お湯から出ると、だいぶ頭もすっきりとしてきたように思う。

 ごしごしと大きな布で身体を拭き、少し身体をさますためにそこにあった椅子へ腰掛けているとハルが身繕いを終えてよってきた。


「頭も拭かないと、又濡れちゃうよ」


 少し笑みを含んだ声でそう言って、楽しそうに拭き始めた。


「シンの髪は真っ黒だね」


 そう言いながら、いつの間にか長くなってしまっていた髪を丁寧に拭いてくれる。

 ハルの髪は柔らかい茶色で、ひと房だけ長く伸ばしている。

 その髪もすでに乾いていて、シンは少し不思議に思う。


「何でもう乾いてるか不思議?」

「・・・おん」


 心を読まれたかのようなタイミングでそう聞かれ、少し驚く。


「じゃあ、シンに秘密を試してみよう」


 ふふ、と笑ってハルは立ち上がると、ヨウと一緒に戻ってくる。

 ヨウもすっかり乾いて着替えも済んでいる。

 手には大きな葉っぱのような、ウチワのようなものを持っている。


「じゃあ、じっとしててね」


 ヨウはそう言って手に持った物でシンを扇ぐ。

 5回も扇ぐと、いつの間にか濡れているところはすっかりなくなっていた。


「すごいな。それ、どんな仕掛けになってるの?」


 素直に驚きそう聞くと、ヨウは嬉しそうに笑った。


「これには何の仕掛けもないよ。俺が、扇ぐから風が助けてくれる」

「ああ。ヨウ君風のドラゴンだから?」

「そういうこと」

「すごいなー」


 もう一度そう言うと、ヨウはくすぐったそうに笑った。


「さ。シンはさっさと着替えようね。そろそろルカがイライラしはじめるから」

「俺の着物は?」


 先ほどからきょろきょろと探しているのだが、確かにここで脱いだはずの着物がない。


「洗濯してくれてるんじゃない?これ着なさい」


 軽くそう言われ、着ろとすすめられているものは、どう見てもシンには死ぬまで縁が無さそうだと思っていた、着たらさらさらと音がするほど柔らかい布で作られた美しい着物だった。






「ちっ」


 赤い髪のドラゴンは舌打ちをひとつした。


「どうか、されましたか」


 近くにいた男が聞く。

 逞しい体格の男。

 それにちら、と目をやりながら。


「この戦いも終わりだ」


 と答える。

 言われた意味がわからない、と首をひねる男に


「すぐにわかる。足りなかったパーツがそろった。この国は安定に向かう」

「それでは・・・!」


 感極まったような声をあげる男に肯いてみせる。


「水争いをしなくても良くなる。雨が、降る」


 そう言って、早々と戦場から立ち去ろうとする。


「ゴウ様!」


 慌ててそれを呼び止めると、ドラゴンは面倒そうに振り返った。


「今までの働きの報酬を今・・・!」


 お持ちします、と続けようとした言葉にニヤリ、とドラゴンは笑う。


「何もいらねぇよ。向こうの奴らと先に会ってれば俺は向こうについた。ただ、ちょっと暴れたかっただけだからよ」


 もう一度、ニヤリと笑い空を見上げる。

 ポツリ、とその顔を冷たい水が打った。

 隣の男も何か感じたらしく、手のひらを身体の前に出し雨を受けようとしている。

 少し離れた、陣営にも雨は届いているらしく、遠くからも歓声が聞こえてきた。


 これでしばらくは争いもない。


「さて、どうしようかねぇ」


 雨は強く降り注ぐ。


「うひょ。久し振りにうぜぇな」


 顔に張り付く髪が張り付く。

 手のひらを顔の前にかざすと手の平からボッと音をたてて火が出た。

 瞬時に体温が上がり身体が乾く。

 もう一度空を見上げる。


 久方ぶりに皆揃う。


「少しはマシな国ができるかね」


 そうつぶやき、また歩き出す。

 もう身体が濡れる事はなかった。



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