3
ハルに抱きついていた少年は、ひとしきり咆え終わると満足したのか急にシンに興味を持った。
「ハルくん、これ誰?」
少しだけ失礼である。
シンは真正面から急に見つめられ少し後ろに下がった。
「彼は、シン。おれの連れだよ」
「そうなんだ!ハルくんのお友達なら歓迎するよ。ようこそ、『華』の国へ」
両手を合わせるようにしながら足を折り丁寧にお辞儀をした少年にシンは驚く。
「シンです。よろしくおねがいします」
ペコっと大きく弾みをつけてお辞儀をしながらそう言うと少年は
「俺はルカ。属性は緑。よろしくね」
と、にっこーと笑った。
「緑、の・・・」
「そ、俺もドラゴン。得意技は植物を育てる事。でも、ちょっと苦戦中だったんだ」
そう言ってちらっとハルを見る。
見られたハルは苦笑し、その様子をヨウが楽しそうに見ている。
「ハルくんがいなかったから、まともに雨が降らなくて」
「ごめんね~」
暢気にハルは遠くから謝る。
「・・・ハル」
何か言いかけてシンがそう呼びかけると畳み掛けるようにルカが
「ハルくんの事呼び捨てなんだ?俺の事はルカって呼んでね?」
「ルカ、くん?」
「俺の事は君付けなの?!」
「や、なんとなく。なんでだろ?」
「・・・ハルくん、この子?」
ヨウがハルに目を向ける。
ハルは首をかしげながらゆったりと笑う。
「おれを起こしてくれたんだ。あの石の呪文を解いた、って事になるのかな」
「それって・・・」
「シン、お前人間?」
まじまじとヨウとルカに見られシンは助けを求めるようにハルをみる。
ハルは何の説明もないままにやり、と悪戯を考え付いた子供のように笑う。
「ここにいる中で、ルカが一番長く生きてるんだよ」
衝撃の一言だった。
「緑の属性は成長が遅いんだよ。子供の時代が長いんだ」
ルカが面白く無さそうにそう言う。
「そうだね。風の属性は成長がはやいから、よっちゃんあっというまに大きくなっちゃったもんね」
「本当だよ、俺なんかまだ本当に子供の身長しかなかったから、こいつ生まれて10年しかたってないのに俺をルカちゃん扱いだぜ?」
今度はヨウがへらりと笑った。
「だってさー、ルカちゃんかわいかったんだもーん」
「うるせえな!俺は今も可愛いんだよ!」
「あははは~。本当だー」
ぽかん、とシンは3人を見ていると。
それに気がついたルカは
「シンもいい顔してるよね、ちょっとデコでてるけど」
「デコでてるはよけいだ!」
からかわれる口調に思わず反射で言い返すとルカは嬉しそうに笑う。
「本当に歓迎するよ、シン。ゆっくり見て行って」
「ありがとう」
シンは、ルカが心からそう言ってくれているのがわかったので、肩に少し入っていた力が抜けた。
下にご飯の準備をしてあるよ、と言われ3人は城の階段を下りる。
下りながらハルはルカに話しかけていた。
「ねぇ、ルカ。ルイは?」
ぴく、とルカの肩が震えたのがシンにもわかった。
「わかんない」
ふるふると首を振りながら、ルカは答える。
一番前を歩いているので、誰からも表情は見えない。
「そっか。」
ハルはそれ以上聞く気はないらしく、そう小さく呟いた。
ルカについて歩いていく。
天井の高い建物は、豪華なつくりで細かい彫刻が施してある。
天井には大きな絵が描かれていて、美しい。
特に念入りな細工が施されたドアが並んでいる通路を歩いていくと、正面にひときわ美しい扉があった。
その扉の前でルカがチリン、と鈴を鳴らすと扉が開いた。
扉が開くと、広間があり両脇にずらり、と人が並び顔の正面辺りで両手を組みながら深くお辞儀をしていた。
シンは驚いてハルに捕まる。
その様子をヨウが面白そうに見ていた。
「ご飯の準備はできてるよね?」
ルカが有無を言わさぬ様子で問いかけると、恭しく頭を下げていた一番近くにいた男が
「整っております」
とだけ言うと、ルカはにっこりと笑って、
「よろしく。大事なお客様だから」
と言った。
人に指図し慣れている様子のルカに、シンは感心してしまった。
「ねえ、ルカ」
そんなルカには慣れっこの様子のハルは気軽な様子でルカに話しかける。
「なに?」
とルカは答える。
「着替えさせてもらってからでもいいかな?ずっと歩いてきたから、なんか誇りっぽくて。」
「そうする?ねぇ、お風呂の用意はできてる?」
そう言われて、先ほどの男は少しだけうろたえたように視線が泳ぐ。
雨が降らないこの国で、風呂の用意などなかなかできるものではないのだろう。
「それは・・・」
と口ごもる男に、
「いいよ。それは、勝手にやるから。ルカ、場所だけ教えて?あと着替え貸してね」
うん、と返事してその辺にいた女に衣装を持ってくるように指示を出す。
その女が行こうとする前に、ハルがすっ、と一歩前に出た。
シンの背中を押しながら一緒に。
「皆さん、お世話になります。どうぞ宜しくお願いします」
ひょい、とハルに覗き込まれてシンも慌てて
「よろしくおねがいします!」
と頭を下げる。
その様子を見て、シンににっこりと笑いかけてから
「この国に水の恵みがありますように」
と、ハルが言った瞬間、ざわり、と広間が揺らいだ。
次の瞬間、サーっと言う音が外から聞こえはじめた。
皆が、何の音かしばらく気がつかないほど久し振りの雨が、降り始めたのだった。