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夢に降る雨  作者: りっく
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 村を出る、というのは簡単な事ではないはずだった。

 何処へ向かったら、他に人が住む場所があるのかシンには見当もつかなかったし、今まで生かしてもらった恩みたいなものもあるかもしれない。

 しかし、ハルにはそんな事は関係ないようだった。

 少し考えれば、森の中から村の様子がわかるような人なのだ。

 人にはわからないことも、わかるのだろう。


「シンを連れて行ってしまうのじゃ、おれ恨まれちゃうかな。」


 そう言いはしたが、その夜ハルは、シンを村へは帰さなかった。

 この間、随分待たせたことをひっそりと怒っていたらしい。

 もう来ないかもしれないと不安に思っていたのかもしれないと思うと、シンは村へ帰れなかった。

 ハルはシンの為に、暖かな寝床を整えてくれた。

 そこはとても暖かく、幸せな大地の匂いがした。


 次の日の朝早く、ハルはシンを起こし歩き始めた。

 荷物はほとんどなかった。


「シンの村に、神官がいるかな?」

「・・・おん」


 何をするでもないが、朝夕に祈りを捧げる男がいた。

 ハルが眠っていた、森の方角へ向けて。


「じゃあ、大丈夫。多分伝わるだろう。雨も少し降らせて行こうか」

「何が伝わるの?」

「おれが起きたってこと。シンを、おれが連れて行くって事」

「ふうん?」


 父も母も、すでにいない。

 村では働き手が一人足りなくなって少しだけ不自由するかもしれないが、それもすぐに慣れるだろう。

 少しうつむいてしまったシンに、明るい声が降って来た。

 こちらの心まで明るくなるようだった。


「最初は誰に会いに行こうかな」

「何人、いるの?ハルの友達」

「ん?皆と会えたら4人かな。おれをいれて5人。シンをいれて6人」


 シンもいれてと言われて何となく心が温かくなった。

 そこにいても良い、と言われた気分。


「村で、ハルは水のドラゴンだって聞いた。他の人は?」

「ん?緑と火、風。あと闇」

「・・・闇?」

「そ。すごくね、優しいよ」

「闇なのに?」

「闇だから、じゃない?夜は優しいでしょ?」


 納得できるような、できないような気分のシンだった。


 ハルと歩いていると、喉の渇きを覚える事がなかった。

 カンカンと陽が照るのに、うっすらとした膜に守られているように呼吸も苦しくなったりしない。

 どこまでも歩いていけそうだ、と思った頃。

「そろそろ休もうか」

 とハルが言って、2人は岩の陰に隠れるように座り込んだ。

 座ってみて、自分が自覚異常に疲労している事に気付き、シンは驚いた。

 黙って足を揉み解していると、その様子を黙ってみていたハルがぼそっと、「そろそろだと思うんだけどな。」と呟いた。「え?」と聞き返そうとすると、「ああ。やっときたかな。」とハルは空を仰ぎ見た。

 つられてシンも見上げてみる。

 遠くの空から、黒い点がこちらへ向かって来ている様だ。だんだん大きな点になる。

 あっという間に近付いてくるそれは、大きなドラゴンだった。

 迷うことなくドラゴンはシン達の傍へと降りて来る。

 シンははじめてみる大きなドラゴンに身体が震えた。

 長い首、大きな翼。爪も牙もするどく、その気になれば簡単に餌にされそうだ。

 そのドラゴンに、ハルはにこやかに近寄って言った。


「遅いよ。シンの足が棒になったらよっちゃんのせいだからね」


 そう言われたドラゴンは首をすくめたように見えた。

 と思ったらあっという間に人間の姿へと変わる。

 ハルよりも少し背が高い、ひょろっとした青年になった。

 愛嬌のある顔立ちをしている。


「ハルくーん。長いこと寝てたわりにかわんねーなぁ」

「そう簡単にかわんないよ」

「ん。元気そうで安心した。本当よかった」


 そう言って、ぎゅ、とハルを抱きしめる。


「で。そっちのチビは何?」

「ん?可愛いでしょ。あの国の生き残り」

「マジで?あそこまだ人、生きてるの?」

「生きてる。かろうじて」

「・・・へぇ。それで?」

「おれはあそこを、人の住める国に戻したい」

「ふざけんなよ。あんたあんな目にあわせた奴ら俺は許せねーよ」

「おれはまた、みんなと一緒に住みたいだけなんだけどな」


 じっ、と青年の目をみてそう言うと


「あー、もう!俺の負けだよ、わかったよ!」


 青年はそう喚き、ばっとシンに向き合った。


「えらい気に入られたな。お前」

「こ、んにちは。シンです。はじめまして」


 何と返していいかわからずおずおずと挨拶すると、青年は表情を柔らかくした。


「俺は、ヨウ。属性は風。誰よりも早く飛ぶぜ」

「そう。だから、乗せて行ってもらおうね。これで楽になるよ」

「ハルくーん勘弁してよー。」


 ヨウ、と名乗ったドラゴンはそうやって、一行の一員になった。






 

 なんだかんだとブツブツ言うヨウをハルがにっこりと丸め込んで、結局ヨウはドラゴンの姿へ戻った。

「よっちゃんの背中に乗るのが一番早いんだよなー。おれも乗りたいなー」

 と、まさしくおねだり口調でハルが言うと、最終的には少しだけ嬉しそうにヨウは許可をしたのだった。


 シンが、ドラゴンの背中に乗るのを躊躇っているとハルが先に登って行き、落ち着く場所を見つけるとシンを振り返って笑った。


「大丈夫、思ってるより居心地がいいものだよ」


 ドラゴンの表面は硬い皮で覆われているように見えたが、触ってみると薄っすらと産毛のような毛が生えていて柔らかく手触りが良かった。

 尻尾の方からよじ登ってみると、思ったよりも身体も硬くはない。

 背中にはゴツゴツとした突起が縦に並んでいくつもあり、その間に座り込めば後ろへ飛ばされることはなさそうだった。


「柔らかい・・・」


 シンが座り込んでからその辺を撫でていると、ドラゴンはくすぐったそうに身体をゆすった。


「風のドラゴンは、特別柔らかいんだ。攻撃を受ける前に逃げられるからね」

「へえ、そうなんだ」

「そう、だから乗り心地も抜群!さ、そろそろ行こうか、よっちゃん?」


 長い首を後ろへ回して、2人の様子を見ていたヨウはひとつ瞬きすると空へと舞い上がった。

 ふわっと、空へ連れて行かれる独特の感覚にシンはパニックを起こしそうになる。


「ちょっと待って!!」


 やっとの思いで叫んだ時は、すでに周りの温度がかなり低くなっていた。

 あっという間に上空に連れて行かれたらしい。

 怖くて下は見られない。

 右横の方には、白い綿のようなものが広がっていた。

 おそらくは雲なのだろう。

 少し湿っぽい。


「大丈夫。よっちゃんは安全運転だからね。すぐつくよ。」


 しばらくそのまま、前にある突起に抱きつくようにしたまま運ばれていく。

 少しずつ、高度を下げてくれたのか、やっと落ち着いて下が見られるようになったのかふと下を見ると、花畑が広がっていた。

 広大な豊かな土地。

 一面の花畑。

 シンは思わずため息をついた。

 世の中は広い。

 自分の育ったところとはこんなにも違う。


「次はルカかな?」

「そう、ルカちゃん。『華』って国にいるんだ。頑張ってるでしょ」


 ドラゴンの時のヨウの声は、人間の時とは比べられないほど低く響いた。

 シンはびくっと身体をすくめたが、ハルは普通に会話していた。


「うん、綺麗な花畑」

「この花ね、これから実をつけるんだ。すごく美味しいんだよ。国の外では高く売れる」


 花畑の上を旋回する。

 会話も続く。


「へぇ、食べてみたいな」

「飽きるほど食べられるよ。『華』の国の人は、この花の葉も実も根も、全部食べる」

「まさか・・・」

「まだルカちゃん来てからそんなにたってなくてね。ここの土じゃまだこれしかできないんだ」


 あっさりと答えをばらすようにヨウはそう言って、


「さ、そろそろ行こうか」


 とまた真っ直ぐに飛んでいった。

 真正面には、大きな城が建っていた。

 大きな城の、大きな窓から大きなドラゴンは中へ入る。

 石造りの城は、びくともしなかった。


 ドラゴンの背中から、恐る恐る降りる。

 乗るよりも、降りる方が少し不便かもしれない。

 足に力を入れると、ドラゴンが「イテテテ」と低いうなり声をあげる。

 痛さに弱いらしい。

 2人が降りると、ヨウは人間の姿になった。


 それと同時に、たたたたたっと足音がして

 足音よりも高い声が響いた。


「ハルくん起きたの?!」


 現れたのは、紺の服を着た少年。

 ひじょうに可愛らしい容姿をしている。

『華』の国の民族衣装なのか、詰襟に前開きの上着は太ももの真ん中あたりまであり、両脇に切れ目が入っていた。袖は太めにできていて、袖口は折り返して白い生地を見せていてた。

 ズボンはふくらはぎの真ん中あたりまでしかなく、そのズボンの裾も切れ目が入っている。


 たたたたっと、走り寄るとばすっ。とハルに抱きついた。


「よかった!心配したんだからね!」

「ごめんね~」


 とハルは少年の頭を撫でた。


「もうやらないでよね!」

「ん。気をつける」

「気をつけるじゃなくてやらないのっ」

「・・・はーい」


 少年は頭を撫でられながら、きゃんきゃんと怒っていた。


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