思わぬ依頼
私の家、貴族エルバルク家の屋敷があるのは、アガル王国の城下町、その中の一等地だった。
深夜に抜け出した私は、その足で城下町の中心にある冒険者ギルドへと向かう。
夜中とはいえ、道中には往来があったが、赤い全身ローブを着てフードを深く被った私の正体に気づく人はいない。
冒険者ギルドまで、誰にも見咎められることはなかった。
あまり嬉しい話ではないのだが、私の家は王国内ではかなり有名な家柄だ。
もちろん、私の顔を知っている人も多く、深夜にローブなしで歩いていたら、連れ戻されてしまうだろう。
だが、勘違いしてはいけない。
有名なのは、あくまで「家」だ。
実家のエルバルク家が有名なため、私のことも知られているだけであり、自分は別に特別な人間じゃない。
貴族の中には、自分は一般王国民とは違う高潔な身だと驕る人も多くいる。
けれど、私はそんな風には考えられなかった。
王国民も貴族も自らに与えられた役割をこなし、必死に働き、生活をおこなうことでこの王国社会は成立している。
私は貴族として暮らしているが、特別な地位にいると思ったことはない。
だが、私や実家に近づいてくる人間たちはそう思っていないようだ。
私は貴族の令嬢として振舞うことを求められ、それに応じてきた。
貴族の窮屈な暮らし。
そんなものに嫌気が差していたから、私はある出来事をきっかけに冒険者になろうと思ったのだ。
「着いた。今日は何か面白い依頼あるかな」
冒険者ギルドの、古い木でできた両開きの入口扉を開くと、待ち合い場所と横長のカウンターが目に入る。
「あ! 赤フードさん、いらっしゃいませ!」
正面にあるカウンター越しに、受付の顔馴染みの女性が声をかけてきた。
時間が時間だ。待ち合い場所には誰もいない。
夜に持ち込まれる緊急依頼に対応するため、受付に彼女一人がいた。
「……何か仕事はある?」
私は淡々とした調子でそう聞いた。声のトーンも少し低くしている。
正体がバレることを避けるために、なるべく地声で話すことは避けていた。
「うーん、赤フードさんはうちのギルドの中でも、トップクラスの実力の持ち主ですから、どんな依頼でも紹介できるんですが、どれがいいでしょう?」
少し考えるように唸った受付女性は、数秒してから、手をパン! と叩いた。
「そうだ、思い出しました! 結構難しい依頼が今朝持ち込まれたんです。受けられる技量の方が見つからなかったので、明日にはお断りの連絡をする予定だったんですが」
「どんな依頼?」
「城下町周辺の洞窟に現れた、突然変異モンスターの討伐です。なんでもその周辺に生息するモンスターのレベル平均を数倍は超える個体だとか」
モンスターの戦闘技量はレベルという形で可視化される。
初歩的な魔法を使うことで、誰でも確認が可能だった。
その場所に生息するモンスターのレベル平均を数倍も超えるモンスターの存在は非常に危険だ。
そのことを知らない新人冒険者や商人が襲われたら、大きな被害が出てしまう。
「じゃあ、その依頼を受ける」
だから今日は、その討伐依頼を引き受けることにした。
「あ、この依頼には、実は続きがありまして……その内容を了承してもらえれば、ぜひご紹介させていただきたいと思います」
「続き? どんなものなの?」
受付女性は答える。
「実はこの依頼、王国騎士団からの援護要請でして。実際の依頼遂行は騎士団長アルレアさまと共同でおこなっていただきたいんです」