『痕跡探知』
「盗賊団に、わたしたちの研究所が狙われていると疑うようになったのは、研究所で雇っている警備長のスキル『痕跡探知』にて、不審な人物たちの足跡が研究所周辺から大量に発見されたからです」
エルスは淡々と説明してくれるが、いつもより少し元気がないように見えた。不安なのだろう。
私も事前に『痕跡探知Ⅹ』を使って周辺を調べてみたのだが、確かに怪しい痕跡が残っている箇所が多数あった。
全く関係のない人物が研究所の近くを横切ることは普通にある。
そういう人間の足跡などの痕跡も、低いスキルレベルだと混じってしまうのだが、私のスキルレベルの場合、妙な挙動をしている痕跡のみを抜き出すことが可能だ。
私がざっと調べただけでも、研究所の外周を同じ人物が何度も行き来したり、物陰に隠れて警備兵の様子をうかがうような痕跡が見つかった。
「相手が盗賊団だと予測した理由は何かある?」
私は質問を投げかける。
いつものようにちょっと低い声で、だ。
エルスが騎士団長アルレアのように『幻惑防御』のスキルを持っているとは思えないが、念のためだ。
「スキルによって、痕跡調査をしてくれた警備長が現場に残っていた証拠からそう断言したのです。彼は信頼をおける人物ですので、間違いないはずです」
「……ちなみにその警備長の『痕跡探知』のレベルは?」
「レベルですか? Ⅳだと聞いています」
エルスはそう答えた。
彼女は当然、私がその警備長を上回る『痕跡探知』を持っていることは知らない。
しかし、私のスキルでは盗賊団だと断言できる証拠や痕跡は何一つ見つからなかった。
「もしかして、盗賊団のせいにしようとしている……?」
私はエルスに聞こえないよう、とても小さな声で呟いた。
だとすると――警備長はグルの可能性がある。
そして私ならば、特殊警備として呼ばれた冒険者と犯人を会わせないようにするだろう。
「地下を見させてもらうことはできる?」
「地下、ですか? いえ、警備長の判断で、現在部外者は立ち入り禁止になっているので……」
「なら、そこが犯人たちの侵入経路だね」
「え?」
エルスは目を見開く。何を言われているのか、わからないのだろう。
私の予想はこうだ。
研究所周辺の痕跡は恐らくダミー。
『痕跡探知』を持った人間がギルドから派遣されてくることも考えて、あえて痕跡を作っておいたのだろう。
『痕跡探知Ⅳ』はなかなか取得が難しいスキルだ。城下町の冒険者ギルドでもⅢを持っている人間が最高だった気がする。
派遣された冒険者が研究所周辺で盗賊団の証拠を見つけられなくても、警備長の方がスキルレベルが高いと主張すれば、意見を通すことが可能だろう。
私のように、スキルレベルが通常あり得ないほどに限界突破をしていない限りは。
『痕跡探知Ⅳ』を取得しているというのも自己申告に過ぎないので、警備長はかなり怪しい。そうやって時間を稼いでいる間に、重要な施設である地下を襲う。
大体そんなところだろう。
「それじゃ、仕事を始める」
私は最適なスキルを脳内で探す。
「仕事って、まだ盗賊団は来ていませんが……」
困惑するエルスに私は言った。
「ーーちょっと地面に穴を開けるね」