8 何のお肉だったのか……聞くのは少し勇気がいります
なんとか馬車内での魔王様絶賛の嵐をやり過ごし、魔王城に戻ってきた。
「では一度部屋に戻ってゆっくりしていてください。主人の手が空いた時にお呼びいたしますね。お昼は部屋にお持ちします。」
「ありがとうございます。ゆっくりさせていただきます。」
どっちが素なのかわからないが、元に戻ったレイさんがキビキビと仕事に向かっていった。
きっと、魔王様の前では馬車の中のようなキャラは出さないのだろう。
私と師匠は昨日から使わせてもらっている部屋に戻って、お昼ご飯を食べた。
朝はわからなかったけれど、とても美味しいご飯だった。
……ただ、このお肉、初めて食べる食感なんだよなぁ……。今まで食べた中でもダントツにトロけて、旨味で口の中がいっぱいになって幸福感に包まれるんだけれど、牛でも豚でも鶏でもない……。
……まぁ美味しいから、いいか。
「ヴィリア、この後何するの?」
「魔王様の不眠症を解消するために、アロマを作ろうと思っています。」
「あーいいね。あの眠くなる香りのやつね!そうかーじゃぁ……。」
師匠はアロマに使う香りの強い薬草を数種類挙げ、魔王様に合いそうな物を選んでいった。私よりも魔王様といる時間が長い師匠の方がわかるだろう。この香りは、基本はみんな一緒だからそこまで変化は加えないけれど。
私は師匠が言った薬草をメモに取り、頭の中で香りの強さを思い浮かべながら、師匠が考えている香りに近い物を想像する。……うん。アレンジ分の材料は、調理場で分けて貰う事が出来れば作れそうだ。
「師匠、それでいいと思います。早速材料を揃えて作成しようと思います。」
「うん。頑張ってねー!」
「……師匠は、何をする予定ですか?」
「え、僕?僕はー……。」
私が文句を言う前に、師匠は扉へダッシュして逃げていった。
「おさんぽーーーーーー……!」
……まぁ良いでしょう。後で泣く姿を思えば、このくらい我慢出来る。師匠には薬草園でみっちり働いてもらおう。
メイドさんに聞いて調理場へ。
レモンやオレンジを分けてもらう。
「一体何に使うんだい?」
「……お薬の味付け、ですかね?」
「疑問形?変な子だねぇ。」
ある意味、味付けだろう。
魔王様の不眠症の事、あまりみんなに知られて良い話ではないだろうから、思わず変な答えになってしまった。
元々、患者の情報を安易に広げてはいけないという教えを師匠から受けている。……あの頃の師匠は真面目だったなぁ……。なんであんなサボり癖がついたんだろう?
師匠がポンコツになった原因を考えながら部屋に戻り、窓をしっかり閉めて机の周りに中身が空の魔石を散らした。
机にはアロマに必要な材料が並んでいる。
古代人の本の作り方を真似するには時間が足りないので、ここは魔力でゴリ押し時短作戦だ。
「……あまり人がいるところで使いたくは無いけれど……。」
仕方ない。
机の上の材料に集中する。普段は体の奥底に押し込めている魔力を、腕の血管に沿うように流していく。
掌から魔力を放出して材料を包み、全神経を魔力に向ける。
魔力を通して材料の中に入り込む。細かく、細かく……さらに微細に。
細かい粒子の中を、魔力と共に私の意識が走っていく。粒子を分類して、それぞれに違う色の印をつけていって……。
粒子の分類が終わったら、今回必要のない物を抽出する。
水分、栄養、味、薬効……。
印をつけてあるから、その色を思い浮かべて材料から引っ張り出すように魔力で出していく。
「……よし。」
机の真ん中には香りだけが残った、カラカラに乾いた材料たち。
端っこには魔力で抽出した栄養、味、薬効部分が粉末になって散っていた。粉末は、見ている今も空気の流れで舞ってしまっている。窓をしっかり閉めても、空気の流れは出来てしまう。そのわずかな流れに乗ってしまうほどの細かさ。うん、今回は必要のない部分だけれど、仕上がりは良い感じかな。
水分は抽出と共に空気中に散らしているので、周りが濡れる心配もない。
私は机の上の粉末をかき集めて、紙の袋に入れてから捨てた。
窓を開けて、取りきれなかった粉末は空気と共に出て行ってもらい、散らした魔石を回収する。
「ふむ。あまり周りには漏れなかったかな?上出来上出来。」
私の魔力は周りに多大な迷惑をかけるから、細心の注意をしなければならない。
どんなにコントロールしていても、微量に体から漏れてしまう魔力。それを吸って貰うために、魔石を撒いている。寝ている時は特にコントロールが上手くいかないので、人が近くにいる場所で寝る時には欠かせないのだ。
さて、材料は出来た。これを粉にして……っと。
乳鉢と乳棒で細かくなり過ぎないように砕き、紙で包んでおく。
メイドさんにお願いして、使わないシーツとお布団を一枚ずつ貰った。
お布団を丸めて三箇所紐で縛っておく。シーツはサイズをお布団に合わせて裁断して、袋状に縫う。
チクチクと縫っていると、師匠が戻ってきた。
「ヴィリアー、できたー?」
「サボり魔ポンコツ師匠、今仕上げ中です。匂い袋にしてみました。」
「また変なあだ名になってるー。」
師匠は、呼び名に若干の反応を見せつつも、出来上がった匂い袋の方に興味があるのか、部屋に入ってくると一直線に机へと向かった。
「くんくん……。うん、良い匂いだね。さすがヴィリア、丁寧な仕上がりだと思うよ。」
「ありがとうございます。」
「まぁ、相変わらずの無機質さを感じるけどねー。もう少し気持ちを乗せてもいいと思うんだよー?」
「そう言われましても……よくわからないので……。」
「そっかー……。ま、そのうちわかるよ。うん!」
作る物に気持ちがこもっていない、というのは昔から言われている。師匠はどこでそれを感じ取っているのかわからないが、きっと私の作る薬はそうなのだろう。
しかし、言われてもわからないのだ。どう気持ちを乗せればいいのか、……どんな気持ちを乗せればいいのか。
そのうちわかる、のだろうか?師匠が頭を撫でてくれるのを黙って受け入れながら、わかる日が来たらいいな、と少し思った。
師匠が横から何か言っているけれど、私は無視して無心でチクチクし、抱き枕を完成させた。
丸めたお布団の中に匂い袋を入れれば完璧だ。
「出来た。」
「即席抱き枕だねー。良いんじゃない?」
香り袋入り抱き枕。これだけでは効果は薄いだろうけれど、他にも色々と生活習慣を変えて行けば睡眠の質も変わるはず。
「じゃぁ、魔王様のお手隙まで待ちましょうか。」
「うんうんー。ヴィリアもお散歩しよう?」
「師匠……。」
はしゃいでるなー。魔族の住む国に私がいる状況は、師匠にとってはしゃぎやすい環境なのだろう。何かあったら私が止めるから……あ。
これがポンコツの原因か……。
私のせいで師匠がポンコツになった事に気が付いてしまった。
……これは弟子として、責任もって師匠を止めなければならないだろう。これ以上魔族の国にご迷惑をおかけするわけにもいかないものね。
そう、例え……全力で殴る事になろうとも……ふふふ……。
「ヴィリア?なんか怖いよ?」
「なんでもないですよ、師匠。うふふふ。」
「その笑い方、絶対良くない事考えている時だよね……うぅ、怖いなぁ……。」
やっとこさ、ファンタジーなお仕事しましたね。
次は魔王様の生活習慣改善です。