48 【クロエ視点】もっと……もっと
情報屋ノットの能力はなかなかのものだった
っす、っすよ、というしゃべり方が気にくわないが、そこは耐えるしかないだろう。今、この情報屋抜きでは何も出来ないのが現状だ。依頼してから僅か一日で情報を持って来た時は少し疑ってしまったが、一緒に持ってきたヴィリアの容姿の情報で信じる事にした。
あの女の髪は、昔は私と同じこげ茶色だったが、今は色が抜けて真っ白だ。そして肌を一切出さない格好……あれだけボロボロになっていたのだ。肌を出せるような状態じゃ無いのだろう。
そうして情報屋によって知ったのが、あの女が薬師として働きながらのうのうと暮らしている、という事。
草にまみれて、平民として毎日働いている。
貴族だった頃とは違って明らかに落ちぶれているが、友と呼べる者がいて毎日が充実しているというのが気にくわない。
……私から愛を奪った女が、毎日をのうのうと生きている……というだけで腸が煮え繰り返りそうだ。
だから、ジワジワといたぶってやろうと思った。すぐに殺してしまったら、生き延びたことを後悔させる事もできないから……少しずつ、少しずつ心を削って最後に絶望の顔をしたヴィリアを見るのだ。それを心から嘲笑って……始末してあげる。
「ジワジワっすか?うーん、そうっすねぇ……。」
「何かないのかしら?……貴方、情報屋でしょう?情報を使っていたぶる方法はないの?」
「そうっすね……じゃぁ、使えそうな話使って、嫌がらせ的な噂を流す感じでどうっすか?」
「ふん……最初にしては良いんじゃないかしら?」
「……自分からは何も案出さないくせに偉そうっすねぇ。」
「何か言った?」
「いいえー!なにもっすー!」
情報屋の話では治療院の事務方がヴィリアに良い感情を持っていないそうだ。そこに微妙な噂を流して、真偽がわからない程度に揺らしてやろうという事になった。
「そうね……なら、噂の一つにこれを加えて。」
「ふむっす……?」
人間の国で死刑を宣告された犯罪者が逃げた、というあり得ないような噂。聞いた人はきっとなんの事かわからないだろう。でも、これを聞いたヴィリアはきっと思い出す。檻に入れられて魔物たちの餌にされていた過去を。最後に殺される運命だった事を。そこから逃げて、もう二度と貴族としては生きて行けなくなった現実を。
せいぜい過去の痛い思い出に震えるがいいわ。……ふふふ。
「わかったっす。とりあえずお金さえくれればなんでもいいっすよ。」
「ええ。支払いはこのアクセサリーで。今はこの辺のドレスとかアクセサリーしかないけれど、国に戻ればいくらでもお金で支払うわ。」
「うっひょー。いいお客様に出会えて、幸せっすよー。ちょっと人使い荒いっすけど。」
……この一言余計なのがうざいったらない。
噂を流す依頼を出して数日。クロムダイト王国に帰る事になった。
「もう用事は済みましたの?」
「君に話す事はない。そろそろ君に仕事をしてもらわないといけないだけだ。」
「そう。」
相変わらず素っ気ない、形だけの夫ユース。もうこの人との関係が変わる事はないだろう。完全に冷めた目と口調。きちんと顔を向ける事もしない。
でも、今はそれもどうでもいい。それよりもヴィリアだ。噂を聞いてどう思っただろう?どんなショックを受けているだろう?そう考えるだけで心が躍る……のだが、それを実際に見に行けないのが残念でならない。しかもすぐに国に帰るとなると、情報屋に連絡が取れない。
「明日には出る。人前に出るんだ、きちんとした格好をしておけよ。」
「言われなくてもわかってますわ。」
「……はぁ。」
最後にため息を吐いて出て行ったユース。最後まできちんと目が合う事はなかった。
「やぁやぁ、魔香姫様。お部屋はご満足頂けたかな?僕は頭痛と吐き気が止まらない連日に辛いったらなかったよー!」
「それは大変よろしかったですわ。お部屋は可もなく不可もなく、でしたわね。」
「うひゃー!手厳しいねぇー。」
この魔王と呼ばれている気持ち悪い角の生えたガキに会うのは、この国に来た時以来だ。最初に臭いと言われて喧嘩を売られているのだから、こちらが遠慮してあげる必要も無いと感じて、思ったままを口にした。
肩を竦めて手厳しいと言う魔王の表情は、少し見下すような笑顔だった。
……次に来る時は、もっと魔力を撒き散らしてやろう。……もうやめてと泣いて懇願するほどに。
国に帰って来て二日目の夜。
魔香の力を国全体に行き渡らせる魔道具を使って結界を張り直し、魔力切れから疲れ果ててベッドに倒れ込んだところで、窓がノックされた。
こんな時間に窓をノックするのはあいつだけだ。……そうか、あの情報屋はこの国の位置も、私たちが帰ったという情報も正確に把握していたのか。
怠い体をなんとか起き上がらせて、繰り返しノックされる窓にかかっているカーテンを勢いよく引く。
「うわぁー……せっかく来たっすのに、すごい嫌そうな顔で出迎えられてるっすー。」
「今疲れてるの。」
「魔香姫の仕事っすね。お疲れ様っすー。」
「……はぁ。」
この軽い感じの言葉を聞くのすら怠い。さっさと話を終わらせて、寝よう。
窓を開ける事はせず、そのまま窓ガラス越しで話を始めた。
「流石情報屋ね。この国の位置もこの城に入り込むのも容易なのね。」
「このくらいは普通っすよ。地図は一番重要っすから。……地図の情報は高いっすよ?」
「地図はいらないわ。どうせ一人で移動も出来ないのだから。知っていても意味がないもの。」
「そうっすかー。」
「それより、噂はどうなったの?」
「あー……噂自体は上手いこと広まったっす。」
一番楽しみにしていた話題なのに、情報屋の言い方には含みがあるようだった。
目だけで先を促すと、情報屋は頬をポリポリと掻きながら報告を続けた。
「結構な早さで噂は広まったんっすけどね、当の本人は全く気にしていない様子で……なんか体鍛え始めてたっす。」
「はぁ?」
ヴィリアは基本無表情なのだそうだが、その表情が曇ったり陰ったりする事はなく、何故か体を鍛えて武術を習い始めたそう。
……つまらないわ。まったく面白くない。
「もっと……もっと過激にしてやらないとダメかしらね。」
「まぁ最初は軽くって言ってましたっすし、こんなもんじゃないんすかね?」
「……全くもってつまらないわ。次はもっと抉るような作戦でいくわ。」
「抉るようなっすかー……。あ。」
「何よ?」
情報屋は、何かを思い出したような顔をしてから、ニヤリと笑った。
「そういえば、いい話があるっすよ。治療院の後ろにいる組織を知ってるっすか?」
「……知らないわ。」
「じゃぁ追加で情報料貰うっすね。その組織は特殊な魔力を持つ者を保護……という名の囲い込みをしているっす。」
「お金はいくらでも払えるんだから、さっさと教えなさいよ!」
「まいどー!原初の魔力を崇拝する組織、『原魔教』っす。その組織は噂を聞いて、かの女性にまぁまぁ悪い印象を持ったみたいっす。」
「……へぇ。面白そうじゃない。」
原魔教……。上手いこと操ったら、ヴィリアを追い込めるかもしれない。同じ土地に住む住民から見て、治療院と対立する薬師なんて信頼出来ないだろうし……。
これは、私が接触する価値がある話かもしれない。
「原魔教はこちらにもあるのかしら?」
「支部があるっすよ。原魔教は治療院があるところに必ずいるっす。魔族と人族の貿易は長いことなかったっすけど、宗教は国を越えて広がるっすからね。」
「そう……ふふ。では、こちらの原魔教の人間に会いにいきましょうか。」
……ああ、早くヴィリアの絶望する顔が見たいわ。
次はヴィリア視点に戻りますー!
クロエさん、どれだけ ぼられる のかなぁ……。




