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3 師匠、殴りますよ?

 まぶたをゆっくりと持ち上げる。


 目に入ってくるのは夜の森の中よりも少し明るいくらいの狭い部屋。

 足元には何かの魔法陣が書いてあって、それがぼんやりと青白い光を放っている。

 壁や床は汚いとかいうこともなく、清潔にされている。ただ、薄暗くて狭い部屋はなんとなく圧迫感があった。


「魔王国に到着しました。……と言っても、ここは転移魔法の着地用の部屋ですので、何も見るものがなくて申し訳ないのですが。」

「いえ、いきなりたくさんの人がいる場所とかに出るよりもよっぽど安心です。」


 薄暗さに若干の不安が出たけれど、たくさんの人に囲まれるよりはマシだろう。


 それにしても、魔族の住む土地かぁ……。私、遠くに来たんだ……よね?

 どんな場所なのかなぁ。師匠の借金とかなければ観光気分でいられたんだろうけれど。……あ、でも師匠が借金しなければ、私は魔王国に呼ばれることもなかったのか。ぐぬぬ……。


「とりあえず、すぐに主人(あるじ)に連絡をしますので、それまで隣の控え室でお待ち下さい。」

「はい。」


 レイさんは転移魔法の着地用部屋から、扉続きの部屋に私を案内してくれた。


 さっきの部屋よりも広くて、ソファやテーブルが設置されている綺麗な部屋だ。

 ……うん。さっきの部屋と比べると、急に高級感増している。ソファに置かれたクッションとか四隅に金色のフサフサ付いてるんだけど……。なにあれ。村にはあんな飾り無かったぞ。


 部屋のあちらこちらに、それとなくある高級そうな飾りを見て回りながら待っていると、すぐにレイさんは戻ってきた。


「お待たせしました。ちょうど主人の仕事がひと段落着いたそうなので、お会いになると。ヴィリア殿の師匠、サーテル殿も一緒ですよ。」

「わかりました。」


 レイさんの主人さんが待つ部屋に案内される。

 ……さっきは続きの部屋だったから見れなかったんだけれど、廊下も凄いな……。

 高い天井、広い横幅……。これ、五人くらい横に並べるよね。


 ……あまり思い出したくない記憶の建物が頭を過ぎる。こんなに豪華な建物って言ったら……。


「お城……みたいですね。」

「ええ。ここはお城です。魔王城になります。」


 わーお。

 ……ってか、師匠どこで借金こさえてんの?……え?まさか……。



「失礼します。」

「入れ。」


 考えている間に着いてしまったようだ。レイさんがドアをノックして声をかけると、中から男性の

声が返ってきた。


 開けられたドアから見える執務室。正面の机には書類がたくさん乗っている。椅子に座っている人が、きっとさっきの声の人。レイさんの主人さん。


 血のような赤い瞳と、サラサラの黒い髪。長い髪は後ろで縛って右肩に流れている。灰色と黒のシックな服は、品の良さを際立たせているように感じた。


「初めまして、ヴィリア殿だったかな?私はこの国の魔王、アズロだ。」

「ま、魔王様……。」


 いきなりやべー人に会っちゃったな……。っていうか師匠、やっぱり魔王に借金したのか……。


 私は息をゆっくり吸って、少し吐く。心を落ち着けようと頑張りながら自己紹介をした。


「初めまして。サーテルの弟子、薬師のヴィリアと申します。」


 十年ぶりくらいのカーテシー。久々すぎて手が若干震える。スカートも膝丈だし、本当に形だけのものだけど、許されるだろうか……。あ、厚手のタイツ履いているから生足を見せるような失礼は無い。


「うむ。」


 満足そうな顔で微笑まれても……。

 少し困惑していると、視界の端から何かが迫ってきているのを感じた。


「ゔぃいいいいりいいいいあああああああぁぁぁぁぁ!」


 三年ぶりの声を聞いて、思わず拳を固く握る。

 満足そうな笑顔だった魔王様に、私もニッコリと笑顔を返そう。


「少し、失礼いたします。」

「ん?」


 疑問を持っているような声の魔王様を少し置いておいて……。

 近づいてきたバカ師匠に、振り向きざまに拳を振る。


「ふんっ!」

「ぐぼふげぅあぶ!」


 寄ってきた時の速さと同じくらいの速度で吹っ飛ぶバカ師匠。


 よし!まずは一発。


「こんの、バカ師匠が!どんだけ迷惑かけてると思ってんだ!ゔぃりあああああじゃない!まずは言う事があるだろうが!!」

「ごべんなざいいいぃぃぃぃ!」


 殴られたお腹を抱え、蹲りながらもこちらを見て謝る師匠。うん。少しスッキリしたわ。


「素晴らしく体の捻りの加わった一撃でしたね……。」


 私の斜め後ろでレイさんが引き気味な声で褒めてくれた。私はレイさんの方を向く。スッキリしたので、良い笑顔になっている事だろう。


「ありがとうございます。」

「落ち着いたか?」

「はい。魔王様の前で、大変失礼をいたしました。」


 魔王様に声をかけられたのでそちらに向き直り、改めてカーテシーをする。


「いや、構わんよ。サーテル殿の事、心配していたのだろう?」

「……。」

「ヴィ、ヴィリア……!」


 蹲りながらも嬉しそうに名前を呼ぶバカ師匠。なんだろう、師匠の期待するような声にイラッと感が増した。


「私の、不肖な師匠が大変ご迷惑をお掛けしたようで……申し訳ありません。」

「不肖って普通、弟子に使われる言葉だよねー?なんで師匠の僕の方に付いてるの!?」

「バカ師匠は黙ってて下さい。」

「バカ……!弟子にバカって言われたぁ……。」


 おいおいと泣く師匠を放っておいて、私は魔王様に謝罪を入れると、魔王様は説明してくれた。


「サーテル殿は、街で借金取りに追われていてな。事情を聞いたところ、何かの情報を聞き出すために借金をしたらしいのだが……。気付いたら金貨千枚を超えていたそうでな。調べたのだが、金貸し屋自体は問題が無かった。情報を売った方は我が国の者では無かったようで、もう逃げた後だった。たまに出るんだ。そういう詐欺をしに来る者が……。」

「そして、借金だけが残った……と。」

「うむ。そのままだとサーテル殿は借金返済のために色々と売られるところだったので、私が借金を肩代わりし、保護したという感じだ。なので返済は私に。利息も必要ないから、少しずつ返してくれたら良い。」


 色々と売られるってところに深い闇を感じた……。

 それにしても魔王様、金貨千枚の借金肩代わりしてくれたって、なんでそんな親切を……。


「なぜ魔王様がそこまでしてくださったのでしょうか?」

「実はな、サーテル殿がこの国に来た時に、サーテル殿から薬草を譲ってもらっていたんだ。」

「すごく顔色悪かったもんねー。アズロさんにはフェドミ草が必要だと思ったんだよー。」


 師匠はお腹の痛みが治ったのか、立ち上がりながら魔王様に渡した薬草の名前をあげた。

 っていうか魔王様の事、アズロさん呼びかい……。


 フェドミ草か……。体の過剰な反応を抑えるのに使われる薬草だ。その作用としては、副交感神経を優位に立たせる……だったかな。


 話を聞くに、たまたま街で見かけた魔王様の顔色を見て、ピン!ときた師匠がこれどうぞーって感じで渡したようだった。


「師匠、タダであげたんですか?」

「え?うん。深刻そうな顔してたから、必要なんだろうなぁーって。」

「……師匠、この三年で何件くらいそんな風にタダで薬草あげたんです?」

「えー?何件って、そんなのわかんないよー。みんな必要そうな顔していたしー。声をかけて来た人達も、困っているっぽかったからねー。」

「……。」

「あー、その……私が街の噂を聞いてサーテル殿を再び見つけた時には、かなりの数、薬草を皆にあげていたようでな……。それで保護する事にしたのだ。私も譲ってもらった一人だったからな……。」


 なるほど……。

 魔王様が師匠を助けたのは少しの罪悪感もあったのだろう。


 師匠、甘すぎるんだよなぁ……。絶対魔王様に薬草あげる現場を見ていた人が自分も欲しいとか言って来て、ホイホイあげたんだろう。めっちゃ想像出来る。

 いや、対価もらえよ!一応薬師だろうあんた……。


「そして、情報を買うためのお金も無く、借金していた……と。」

「金貸しもな、あれだけの薬草を渡せるような人だから、お金を返す術があるものだと思い込んでいたらしい。」

「えへへー。」


 照れたように笑う師匠。褒めてないからな?今この場でもう一発殴ろうか、本気で考えてしまった。


 ……とにかく、ご迷惑は魔王様にかかっている。弟子として、師匠の借金を返済しなければならないよね。そのために来たんだし。

 手っ取り早く返済するには……。


「話はわかりました。魔王様には肩代わりしていただいて大変感謝しております。もしよろしければ、この不肖の師匠の体の臓器、いくつでも持って行ってくださって構いません。」


 これが一番楽なんだけれど……。


「ヴィ、ヴィリア!?そんなこと言わないでー!助けてーー!」


 すがりつく師匠を足蹴にする。

 はぁ……。小さい頃私を助けてくれた恩、ここで返さないとね。


「まずは出来るだけ返済してみます。しかし人族の寿命は短いので、金貨千枚という大金、返済に間に合わないかもしれません。しかし魔王様のお金という事は国民の血税。それを払いきれずにダメでした、で終わらせることもできません。もし、払いきれずに寿命で終わりそうな時は、どうぞ師匠の体で賄って下さい。」


 私が丁寧に三度目のカーテシーをすると、魔王様の笑い声が聞こえて来た。


「ふっふ……。師匠を売り飛ばすのかとビックリした。完済出来るよう頑張ってくれ。」

「はい。」




 こうして私は、バカ師匠の借金を返済する事になった。


 最後の体で賄うと言うのは、普通に考えれば無理な話だ。師匠の方が私よりも十歳も年上だから、完済出来ないとなった時にはヨボヨボの老人だ。そんな老人の臓器など売れやしないだろう。だから魔王様は笑っていたのだ。たぶん、魔王様はその時はその時、とお許しになるつもりだ。

 ……まぁ、ヨボヨボの老人の体でも、養分として使えば大金になる人族では違法なキノコとかあるけどさ……。


「ヴィリア!?今、めっちゃ恐ろしい事考えてなかった!?」

「なんの事ですか?師匠?」

「怖い!その笑顔怖いよ!?絶対良からぬ事考えてたでしょ!?」

「さぁ……どうでしょうねぇ?」

「ひぃーーー!」


フェドミ草は抗ヒスタミン剤のジフェンヒドラミンから名前をとりました。


最後に出てくる人を栄養にして出来るキノコは、冬虫夏草をイメージして作った、創作キノコです。

昆虫を栄養にして生えるキノコ……。恐ろしや……。

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