17 看板のサイズ?……任せます。と言ったら責任者さんは焦っていました
薬草園に着くと、人が倒れていた。
見ると、四日前に見た服装のままの師匠だった。
「なんだ師匠か。良かった。」
「良くない!!」
ガバッと顔だけこちらに向けて叫ぶ師匠。それだけ元気なら大丈夫だろう。
「ほら師匠、ご飯ですよー。」
「わーい!」
持ってきたご飯の入ったカバンを揺らすと、ヨボヨボしながらも立ち上がりこちらに歩いてくる。
その姿は、前に古代人の本に記述されていた、ゾンビというものを想像させる。
体には泥を付け、ふらつきながら両手を前に出してこちらに近寄ってくる。うん、そっくりだ。
今日の朝分のご飯をあげながら、師匠に質問してみた。
「何故そんなにヨボヨボなんですか?パンは四日分あったはずですが。」
「モグモグ……パン?小腹が空いて、食べたら二日で終わったよ。んぐんぐ……。」
「……。」
本当に計画性のない師匠だ。
今回のご飯は毎食分で小分けにしてきたけれど……小腹が空いて食べてしまったら同じ事になるだろう。
注意しても無駄なので、何も言わないけれど。
師匠がご飯を食べている間に、水の出る魔道具を調べてみた。
水が途切れる様子はない。
四日前は魔道具に入れられるだけの魔力を注いだから、この魔道具の持続時間は四日以上なのだということがわかった。このまま魔力の補充をせずに切れるまで待っても良いけれど、それだと師匠が干からびるかもしれない。私はまた入れられるだけの魔力を注いだ。
「師匠、薬草はどうですか?」
「んー?ヴィリアにもらった種はまだまだこれからだよー。芽が出ているものも少ないね。この周辺から根っこごと持ってきた薬草は、少しはここの土に馴染んだだろうからちょっとは持っていけるよ。」
「そうですか。では無理のない範囲で取っていきますね。」
「うんうん。僕も選別するよー。」
たくさん取れたのは、虫除けの香りを放つ花。虫除けにも使える薬草、軟膏の傷薬に使われる薬草だ。
虫除けは人体に塗って使えるものと、お香にしてその周囲の空間ごと虫除けするものがある。
畑仕事が多い人や、外でじっとしていないといけない人、小さな子供が刺されるのを防ぐために使われたりする。
この二つも作ったら売れるだろうか……。せっかくたくさんあるのだし、帰ったら作ってみよう。
師匠にご飯を渡し、空いたカバンに薬草を詰めて帰る事にする。
「では師匠。また四日後かそこらで来ますね。」
「ちゃんと四日後に来てー!そこらって言葉が怖い!また飢えるの怖い!」
「なら計画性をもってご飯を食べてください。足りるように作ってきたんですから。」
「うーん……。頑張る……。」
そうだ、忘れるところだった。
「師匠、お店の名前を考えているのですが、何かいい名前はないですか?」
「お店の名前かー。うーん……。」
顎に手を当てて考えること数秒。すぐに師匠は閃いた!という顔をしてきた。
……ちょっとその顔に腹が立つ。
「ミロディア……デア・ミロディアなんてどう?」
「何か意味があるのですか?」
「んーん。何もないよー!ミロディアってなんか可愛いかなって!」
「そうですか……。」
変な感じもしないし、自分には思いつかない名前だ。
少し考えただけですぐに思いつく、師匠のこういうところは凄いと思う。
「では大工さん達に頼んで看板を作ってもらいます。」
「うんうん!見に行くの楽しみだなー!後二日頑張ったら行っていいんだよね?」
「……忘れてた。」
「ヴィリアさん!?」
「……師匠、帰ってきたときに今のような汚い状態だったらどうなるか……わかっていますよね?」
「……はいぃ……ちゃんと清めてから行きますー!」
恐らく、四日前からほとんど体も洗っていない状態だろう。微妙に臭かったし……。
きちんと釘を刺してから私は街へと引き返した。
門をくぐり街に足を踏み入れたところで大きな音が聞こえてきた。
何かが破裂したような、重量のあるものが壁にぶつかったような鈍い音。連続して聞こえてくる。
何度か聞こえた後、一際大きな音がして、止んだ。
ふと視線の上方に違和感を感じて顔を空に向ける。
……人が打ち上げられていた。
なんだろう既視感……。あ、私が前にウザかった男を打ち上げた時と似ているのか。
ただ、今回の人は私が飛ばした時の五倍程の高さまで打ち上げられていた。でなければここから見ることも出来なかっただろう。飛んている人は影にしか見えない程遠く、人っぽいものが飛んでいるな、としかわからなかった。
近くにいた門番さんが呟くのが聞こえた。
「最近は人を飛ばすのが流行っているのかねぇ……。」
いいえ。私と今回の打ち上げは無関係です。視線を感じるけれど、私は無関係です。っていうかもう私がやった事が広まっているのか。うーん……髪色が特徴的だから特定しやすいのもあるか……。
何か言いたげな視線は無視して……私は何もなかったかのように街中へ進んだ。
家の仕上げをしてくれた大工の店に行って看板を依頼し、残りの時間を調薬室で過ごす。
今日採ってきた薬草で作るのは虫除け。
お香のタイプは火をつけて使う。香り自体に人への害は無く、火の始末だけ気をつければいい。
匂いは柔らかく、刺激は少ないので子供が嗅いでも大丈夫。本当に良く出来た物だと思う。
花を細かく粉状にして、固めるための樹木の粉を混ぜて、水を入れて固めて乾燥させる。基本はこれで終わりだけれど、ここに少し香りのある薬草を足して香りを楽しんでもらえるようにした。
次は薬草の方。こちらは成分を抽出して油に溶かし、液体にする。
希釈して体に塗ると虫除けになるのだ。さらに消臭効果や香り自体のリラックス効果もある。
暑い時に体に塗ると、その清涼感から一時的に暑さを和らげることも出来る。ただし、天候的に暑さが和らいでいるわけではないので、水分摂取は怠らないようにしないといけない。暑くないからと水分を摂取しないでいたら熱中症になった、という事例があったらしい。
二つの虫除けを作り終わった。
お香の方は乾燥待ちだけれど、明日か明後日にはお店に出せるだろう。
調薬室から出てお店の窓から外を見ると、夕焼けで世界がオレンジ色に染まっていた。
今日はここまでにしよう。
夕飯を食べて、寝る支度をして、ベッドに横になる。
眠くなるまでぼぅっと天井を見ていると、今日初めて会った男の子、シス君に言われたことが頭をめぐる。
ーーーそれに、良い匂いがするからね!
子供の頃何度も何度も言われ、傷ついた言葉と真逆の言葉……。
その言葉を思い出すたびに、傷を消毒している時のような……疼痛を胸に感じた。
何度もその言葉を頭で繰り返して、そのたびに昔を思い出していたからだろう。
……その日の夢見はひどいものだった。
話の中に出てきた虫除けの花は除虫菊、薬草はハッカの事でした。
ハッカ油の他の使い方として、夏場の浴槽にほんのちょっと入れる、というものがあります。お風呂上がりがとてもスースーして気持ちいいのだとか……。来年の夏には試してみたいです。




