15 使えるものは使います。たとえそれが家であろうと
なんとか気を持ち直し、商店街で食品を大量に買ってきた。
食材はキッチンの冷蔵魔庫と冷暗所にしまう。根菜類は日持ちするものが多くて助かる。玉ねぎは紐で縛って窓の近くに吊るしておいた。
大きめの鍋に水と刻んだ野菜を入れて弱火で温めておく。
「木の家さん、もし火が危なくなったり、日が落ちるくらいの時間になったら教えてくれる?」
ザワザワ!
任せろ!と言っている感じだったのでお願いする。
火をかけたまま離れるなんて本当はするべきでは無いけれど……早く薬作りをしたい。
木の家さんに意思があって助かった。
火事になったら木の家さんも大変だから、きっと真剣に見ていてくれるだろう。
私は買ってきた薬草を手に取り、調薬室へと向かった。
薬草は作る物に合わせて買ってあるので、作る薬はもう決まっている。
胃薬、目薬、整腸薬、解熱鎮痛薬、総合感冒薬、軟膏、湿布薬。それぞれ一〜三種類。
基本的な薬をとりあえず揃えようと思った。
持ってきていた薬草と合わせて、それぞれ五つは作れる。
乳鉢と乳棒を丁寧に洗って乾かし、早速作ろう。
「ふんふんーふんふふふーん、ふーんふふんふんふんふんふんー♫」
古代人の本に書いてあった曲を鼻歌で歌いながら、薬草を潰していく。
この薬達は師匠に教えてもらったもの。魔力を使って作るものではない。
魔力を使った成分の抽出方法は、私のオリジナルだ。
成分を抽出するので、消化に時間がかからず、普通に作ったものよりも吸収が早い。効果も強く出来る。ただ、それに慣れるのはあまり良くないかもしれないと師匠が言っていた。だから魔力を使った薬を作るのは緊急の時だけにする事にしている。
今作っている薬の種類は……。
胃薬は胃液の分泌を促すものと抑えるもの。目薬は疲労を取るものと潤いを与えるもの。整腸薬は瀉下薬と止瀉薬と長期服用で調子を整えるもの……。
二種目の整腸薬を作っているところで肩を叩かれた。
「!?」
家には誰もいないはずなのに……と、びっくりしてふり返ると、肩を叩いていたのは木の枝だった
「あ……そうか。お願いしていたんだった。……木の家さん、ありがとう。」
ちょっとだけ邪魔をされた気分になったけれど、頼んだのは自分だ。この新しい調薬室で気分が高揚したのか、かなり夢中になってしまっていたみたいだけれど、一度休憩した方が良いだろう。
木の枝の反応は急いでいるような様子ではなかったので、危ない状態ではないと判断した私は、道具を片付けてキッチンへと戻った。
鍋を覗くと、野菜達は柔らかくなって溶け始めている。いい感じだ。
そこにベーコンと香草を足してスープにした。
夕飯を食べながら、この後の事を考える。
もう一度調薬室に戻って残りを作るか、今日はもう寝て明日朝早くから作業するか……。
……作りたいけれど……無理して今日作ったら、明日の朝起きることはできないだろう。そうするとお店を開けられないし、夜更かしする意味はない。
今日はもう寝て、明日朝から開店しつつ薬作りをするかな……。
明後日には師匠のところに行かないといけないし……。あ、師匠のこと考えた途端とてもめんどくさくなった。師匠はなんだかんだ生命力強いし、後二日くらい遅らしても死なないような気がする……。
……さすがに鬼か。
鬼というのは古代人の本に書いてあった架空の魔物の事だ。筋肉がムキムキでトゲトゲの付いた金棒という武器を振り回す極悪な魔物らしい。酷い行いをする者を比喩して言うと書いてあった。
私も魔力を体内で巡らせれば、大体の武器は振り回せると思うけれど、鬼という魔物になるのは嫌だ。
などという事を頭で巡らせて、その日は寝ることにした。
翌朝、鳥の魔物に見守られるのもだいぶ慣れて普通に目覚め、朝ごはんに昨日のスープの残りを食べていると、ドアがノックされた。
私は朝にそこまで弱いわけではないつもりだけれど、魔族の皆さんは朝早い人が多いのだろうか……。
「どちら様ですか?」
「おはようございます。朝早くにすみません、レイです。」
ドアを開けると、良い笑顔のレイさんが立っていた。
「おはようございます、レイさん。どうされましたか?」
「主人からこちらをお持ちするようにと。」
そう言って出してきたのは、魔道具……?
片手で持てるほどの四角い物体。正面には黒い板が貼ってあって、側面には指を引っ掛けられそうな穴がある。
「……これはなんですか?」
「こちらは魔道通信装置です。こちらに魔石を嵌め込むと、登録してある相手と会話ができます。魔石に含まれている魔力の量によって会話時間が変わるのでご注意ください。」
レイさんが渡してくれたものは魔王様がおっしゃっていた、何かあった時の連絡手段なのだろう。
魔王様とレイさんが連絡を取り合っていたのを思い出す。あの時と同じ状態ができる物だとしたら、会話している時は相手に自分の姿が映るのだろうか……。
「私のように魔力が多ければ相手に自分の姿を映す事もできますが……ヴィリア殿はそこまで魔力があるように思えませんので……。魔石を使用する形ですと、会話だけになってしまいますが、プロフィール映像は相手に見せることができますよ。こちらから好きな画像を選んでくださいね。」
レイさんが側面の穴に指をかけて引っ張ると、そこには魔石を入れる穴があった。
レイさんが魔石を入れて締める。すると正面にあった黒い板が光っていくつかの絵が浮かび上がってきた。
レイさんに促されて、並んでいる絵の中からテキトーに木の絵を選ぶと、それが私のプロフィール画像?になったと説明された。
「一応、私と魔王様、それからヴィリア殿のお師匠様のサーテル殿も登録してあります。浮かんできた名前の中から、会話したい相手の名前に触れるとその人と会話ができる、という感じですね。」
レイさんが説明をしながら、魔王様の名前に触れる。
すると箱の中に入れた魔石が箱の上部から飛び出して、少し開けていた窓からどこかへ飛んで行ってしまった。物凄い勢いで……。
「……窓など開いていなかった場合どうなっていたのでしょうか?」
「まだ開発途中でして……ガラスなどの薄い場所を突き破って行きます……。」
えぇぇ……。
「転移を発動させるには魔石の動力だけでは無理なんです……私が使う時は一緒に転移の魔法を組み込んで使うんです。一般の人が使うとなると、こうなってしまうんですよ。なんとかならないか色々考えてはいるんですけどね……。」
レイさんは考え込むように俯いてしまった。
魔道具を便利にするというのは難しい事なのだろう。
この前見たレイさんと魔王様の会話の時、魔石が突然現れたように見えたのはレイさんが転移の魔法も一緒に使ったからという事だろうか……。
そして、私が使うとしたらどこかしら外へ出られるように開けておく必要があるのだろう。
そんな注意点を考えていると、魔道通信装置の黒い板がまた光だした。
『あー、聞こえるか?』
魔王様の声だ。
「おはようございます。魔王様。」
『ああ、おはようヴィリア殿。……そこにレイがいるだろう?』
「はい、います。」
「魔王様!なんでしょうか!」
突然話しかけられて、嬉しそうに返事をするレイさん。
けれど、次に発せられた魔王様のお声はだいぶ重低音だった。
『……なぜお前がそこにいて転移の魔法をかけなかったんだ。何のためにお前を遣わしたと思っている……。おかげで執務室の窓が粉々だ……。お前の給料から天引きしておくからな!』
「……!も、申し訳ございませんーーー!」
緊急の連絡でなら構わないけれど、試しで窓ガラスを割られるとは思わなかった、と魔王様はお怒りのようだった。
レイさん、何も考えずに魔王様に試し発信したのか……。この人、意外とポンコツなのだろうか……?
通信が終わるまで、レイさんはペコペコと頭を下げて謝っていた。魔石を使った通信だから相手に姿が見えるわけでもないのに……。
通信が切れて、溜息を吐いたレイさんは顔を俯けていた。やらかした事が余程ショックだったのだろうか。
慰めるのも面倒だなぁと思っていると、レイさんは急に勢い良く頭を上げて拳を頭上に上げた。
「ま、ま、魔王様に『お前』って言われてしまったーーー!あの魔王様に、お前って……お前ってーーー!あああああーーー!心が震えるーーーー!!!」
……師匠と言い、レイさんと言い……私の周りには変人が集まるのだろうか?
喜びに体と、恐らく心を震わせているレイさんに呆れて何も言えなかった。
とりあえず早く帰ってくれないかな?薬作りしたいんだけどれど……。
好きな人にお前って言われると、ちょっとキュンと来ますよね。レイさんはそんな心情です。恋する男子状態です。
今日のどうでもいいお薬の話 4
今日は生薬と漢方薬のお話。
生薬は草や鉱物、動物の一部などあまり加工されていない、天然物で体に効果のあるものを指します。
薬草はもちろん、キノコや牛の胆石、鹿のツノなんかも生薬に入ります。
漢方薬は東方医学に則って、定められた生薬を定められた分量内で配合した物を言います。
漢方や生薬と言うと体に優しいというイメージを抱きがちですが、一概にそうとは言えません。
例えば、動悸息切れめまいの症状に飲まれる生薬のお薬には、カエルの毒である生薬が入っています。
この生薬、センソと言われるのですが、体内に入れる事で心臓が強く動いてくれる、強心作用があります。もちろん用法容量を守らないと副作用が出る恐れがあります。
他にも、色々な漢方薬に入っている甘草と言われる成分は、西洋医学のグリチルリチンと同じで、多くの量を長期間取る事で副作用が出たという報告があります。偽アルドステロン症という病気です。
漢方薬の内容を見てみると、結構いろんなものに甘草が入っています。
グリチルリチン、甘草は消炎作用があり、風邪薬やトローチなどにも入っていたりします。
さらに甘草は名前の通り甘味があるので、その甘味目的に入っていたりもして、薬の飲み合わせによっては気付かぬうちに結構摂取していたりするんです。
なので、市販薬は漢方でも漢方じゃ無い市販薬でも、登録販売者や薬剤師に相談する事をオススメします。
自然のものは優しい、と思いがちですが……生薬も漢方薬も薬です。薬は体に変化をもたらす異物です。用法容量を守って正しくお使い下さいね。
ここからはさらに漢方薬の選び方のお話。
漢方薬は、症状はもちろんですが、その人の体質に合わせて選びます。
例えば、胃腸が弱い、強い。寒がり、暑がり。体力がある、無い。などです。
胃腸が強い人向けの漢方薬を胃腸が弱い人が飲むと……お腹を下しやすくなったりして、逆に体に負担がかかってしまったり……。
漢方薬の用法が書いてある場所にどのような体質の人向けかも書いてあるので、そこも是非チェックしてみてください。
今日は以上です。




