10 私がご飯を作るようになってからずっとです
ちょっと説明回です。
家の前で立ち止まる。
木の家が何か言いたそうな……いや、何か言って欲しそうな顔?をしている気がする。
「……ただいま?」
ザワザワッ!ザッワワワワ!
……うん。どうやら正しかったようだ。
ずっと誰も住んでくれなかったから……ただいま、と言われるのも久々だったのだろう。
とても嬉しそうに葉を揺らす木を見ると、私も言って良かったと少しだけ思えた。
帰り道の途中で買ったパンとミルクを夕飯に食べて、寝る支度をする。
この家には冷蔵魔庫もあるし、明日は食品を買い出しに行くか……。
ふと、冷蔵魔庫を見て思う。
昔、魔力が無かった時代には冷蔵庫という物があったそうだけれど……人と物、技術が大量に失われて魔力が世界中に満ちてから、見た目は似ているけれど、動力が魔力になった物が出来ていったらしい。
魔力を動力にする技術が出来たなら、昔の物も再現出来そうなものだけれど……新しい物を作り出す方が楽しかったのだろうか?
魔力を使った発明が盛んに行われたのも、興味の為せる技だったのかもしれない。
師匠が住んでいた村にはそんな大層な物は無かったし、使えなかったから、今までどうとも思わなかった。けれど、いざ目の前にするとやはり便利な物があるのはありがたい。
……師匠は古代人の末裔だから使えないけれど……。
うーん。この家では私が魔力を使えばいいから大丈夫だけれど、薬草園には井戸を掘らないとダメだな。水を出すのにも魔道具が使われているから、薬草園もおそらく同じ仕様だろう。使われていないって言っていたから、今は薬草園の水は止まっているかもしれない。……師匠死んじゃうや。買い出しの前に師匠の元に顔出しに行くかぁ……めんどくさいなぁ……。
明日の予定を考えながら、ベッドの縁に座る。
スプリングなどはお城に戻っている間に運び込まれたらしい。至れり尽くせりだ。
こんなに親切にされてしまうと、借金だけではなく、恩もお返ししないといけなくなるな……。一生かかっても返せるかわからない借金なのに、それ以上とかどうしろというのか。
バッグから中身の無い魔石を取り出してベッドの周りに撒く。
撒いてから気が付いた。木の家は意思があって魔力がある事。
「……木の家さんは魔力があるからわかっちゃうかな……。一応魔石を撒いておくけれど……臭かったらごめんね。」
先に謝っておこう。
私は師匠と違って古代人の末裔じゃない。進化した方の人族だ。
だから、私には魔力がある。……それも普通の人族とは少し違う、特殊な魔力が。
……匂うのだ、私の魔力……。魔香と言われる珍しいものらしい。
私に現れた魔香の匂いは、だいぶ……いや、とんでもなく臭いらしい。自分じゃわからないのだけれど……。
初めて私が魔力を発現させた朝、私を起こしに来たメイドは不意打ちで魔香の臭いを嗅いでしまい、ぶっ倒れた。
その後、私に仕えるのを辞めさせてくれないなら死ぬとまで言っていた。よっぽど臭かったのだろう。成長と共に魔力量が増えると、臭いもどんどん威力と範囲を広げていき、誰も私に近寄らなくなっていったのだ。
……臭う意外にも効果があって、そのせいで死にかけた。いや、今思えばあれは、魔力のせいと言うより国のせいであると思う。
国のせいで結果として死にかけ、師匠に助けられた。私はもう死んでいてもおかしくない人間なのだ。
妹がよく言っていた。『なんでまだ死んでいないの?』と。
妹は私の死の運命を信じて疑わなかった。あの状況で生きている方が奇跡だと思うから、変では無いけれど……なぜあんなに私の死に固執していたのかはわからない。
師匠に助けられて、私は自分の魔力を体外に出さないようにコントロールする事を覚えた。
師匠が連れていってくれたあの村の人は、みんな古代人の末裔だったから、私の魔香の臭いなどわからなかったのだけれど……。
そして、ひっそりと村の近くの森の中で暮らしてきたのだ。
こうして、魔力を感知出来る人がたくさん暮らす場所に来ることになるとは思ってもみなかった。
眠ると魔力のコントロールが甘くなるから、漏れてしまう。魔石の外まで行くことは無いと思うけれど、木の家にはわかってしまうかもしれない。
「大丈夫かなぁ……。」
しかし、私も疲れたので眠らないと明日がつらい。師匠の元まで行かないといけないし……。
心の中で木の家に謝りながら、私はベッドの中へと潜った。
朝、鳥の鳴く声で目が覚めた。
窓を見ると、すぐ近くの枝に鳥が止まっていた。……物凄い数で。しかも何故か全羽こちらを凝視している。あんな鳥見たことないし、少し魔力を感じる。……魔物なのだろうか?害のない魔物なら街中にいても不思議はない。魔力を持った木の家もあるのだし。
それにしても、かなりの数、その全羽がこちらを見ているというのはたとえ小さな鳥でも恐ろしい。
「こわ……。早くカーテンを買わないと……。」
私はすぐに魔力を体の中に押さえ込み、ベッドの周りに散らした魔石を確認した。
……あれ?思った以上に満たされた魔石が少ない。昨日、日中に魔力を使って香り袋を作ったから?でもあの程度じゃ影響しないと思ったのだけれど……。
考えてもわからない。わからないものは放っておこう。気にしない事にして、朝の支度を始めた。
木の家に出かけてくる事を伝え、朝食用のパンを街中で買い、師匠のいる薬草園へと向かった。もちろん、師匠の分も買ってある。あの人が自分で朝食を用意するなんて想像できない。
木の家は、魔香の臭いについて何も言っている様子はなかった。あまり臭いには敏感でないのか、気にしないでいてくれたのか……。
レイさんに貰った住人証明書を見せて街から出て、師匠のいる薬草園へと歩く。
……なんだろう……鳥が多い?
道の左右に並ぶ木々に鳥が止まっている。朝見た鳥と同じだ。……こっちを見ている気がする。襲ってくる様子はない。
薬草については、師匠のいた村に残っていた古代人の書物で勉強出来たが、魔物についてはほとんどわからない。……調べたいとも思わなかった。
でも、これからは少しずつでも知らないといけないかもしれない。ここは原初の魔力に満ちた場所。魔物も多いだろうから。
結局、師匠の元に着くまで鳥はずっとついてきた。木の上から見ているだけで近寄っては来ないけれど。
可愛いとは言えないフォルムだけれど、瞳だけはつぶらだ。そんなつぶらな瞳でも、数がこうも多いと不気味にしか感じない。
「変態ダメ師匠、朝食を持ってきましたよ。」
「……うーん。ゔぃりあー、おはよぉ……。」
「まだ寝ていたんですか……。」
テントの外から声をかけると、テントごとゴソゴソと動いた。きっときちんと設置出来ていないのだろう。
一度、眠そうな師匠の声が聞こえてきて、また静かになる。
……師匠の水の心配をして、わざわざ朝食まで持って来てあげたというのに二度寝とはいい度胸だ。
私は努めて優しい声音でテントの中に問いかけた。
「変態寝坊助ダメ師匠、今すぐ自分で起きるのと、私に殴られて気持ちよく起きるの……どちらが良いです?」
「……起きます!起きるからやめて!殴らないで!!……ってもう構えてる!起きたから!殴って気持ち良くなるのってヴィリアだけじゃん!やめてーーー!」
ちっ……。殴るのはまたの機会にするか。
師匠は起こしたし、魔力で水を出して顔を洗わせたら、朝食を口に突っ込んでおこう。
薬草園の周りを見てみると、やはり水は魔力を使って出す仕様だった。止まってからだいぶ時間が経っているように見える。水が進むように掘られている溝はカピカピに乾いていた。
乾いているけれど、汚くはないし一度水を貯めてから薬草園全体へと流れていく形だった。
この魔道具に私の魔力を大量に込めておけば一週間くらいは大丈夫だったりして。そうしたら井戸を掘らなくても済むか……。街からは離れているし、魔道具に魔力を込めてしまえばそこまで臭いも広がらないだろう。何にしても試さないと。
一週間に一度か二度、師匠の元に行かなければならないというのがちょっと不服だけれど……。
「これで師匠が脱水で死ぬことは無いか……。」
「……僕、ヴィリアに命を握られてた!?」
「……今頃知ったんですか?」
次回は新たな患者さんと出会う予定です。




