七不思議の七「遏・縺」縺ヲ縺ッ縺?¢縺ェ縺
何度も言いますが、ジャンルはホラーではありません。念のため。
先制の《スカラベ・ストリーム》は、何の効果もなく悪霊の身体を突き抜けた。
「駄目だミケタロウ! 悪霊は幻を恐れない!」
いくら「光」とはいえ、攻撃力ゼロの魔法では時間稼ぎにもならないらしい。イクリプスはみんなを背中に乗せ、図書室から脱出した。悪霊は二角獣の走りにも負けない速度で空中を滑るように追ってくる。
「《リジェクション》!」
駆け抜けざま、イクリプスは後方に【闇魔法】の障壁を生成。敵を拒絶する漆黒の壁に、悪霊は頭から突っ込んでいき、一瞬の間を置いて、染み出るようにこちら側へ抜け出してきた。イクリプスにもわかっていた結果だが、闇に近しい性質を持つ悪霊に、闇属性は相性が悪いのだ。
(《スカラベ・ストリーム》!)
「ミケタロウ、何度やっても――あれ? 効いてる?」
エイミーは肩越しに、二度目の《スカラベ・ストリーム》が悪霊を怯ませるのを見た。エイミーはフンコロガシたちを観察し、一度目とは何かが違うと感じた――と錯覚した。カラクリは【欺くもの】の効果だ。
幻影魔法は幻と看破されれば何の意味もない。虫を飛ばしても無視されるだけ。しかし【欺くもの】をうまく併用すれば、魔力を誤魔化して効果を偽り「本物が混ざっている」あるいは「実は殺傷力がある」と相手に誤認させることができる。抜群のリアリティで迫ってくる幻を相手は無視することができず、回避するなり振り払うなり、何らかの対処を強いられる。
これは本来ママのように幻影魔法を極め「五感をだます術」を体得しなければ成し得ない業であるが、ミケ太郎はユニークスキルの力を借りて擬似的にその境地へ達していた。
「チャンスだ! ナナ、【付与魔法】を頼む」
「がってんにゃ! 《フェザーブーツ》!」
イクリプスの蹄を柔らかな魔力が包み、敏捷性を強化する。イクリプスは一気に加速!
「このまま職員室へ向かう! 舌を噛むなよ!」
イクリプスは中央階段――二角獣や一角獣も不自由しない緩やかな坂道――を一気に駆け降りる。職員室に行って攻撃魔法の使える先生に助けを求めれば、悪霊はあっと言う間に爆発四散。ゲームセットだ!
職員室の扉が見えてきたあたりで、ミケ太郎は叫んだ。
(せんせー! せんせー!!)
ミケ太郎の【思念授受】は壁一枚程度なら貫通して向こうに届く――はずだが、職員室から応答はない。
「あたしが!」
ナナは走るイクリプスから飛び降りて鮮やかなローリング受け身を決め、ぴったりと職員室の出入り口前に着地。
「センセー助けて悪霊が出た!!」
人生最高の勢いで扉を開け放ったナナが見たのは、そこにいるべき先生たちが、
一人残らず悪霊に変わっている光景だった。
「ぎにゃあああああああああああ!?」
ナナは飛び上がって仲間のところに戻った。そこには同じくびっくり仰天している仲間たちしかいなかったが、一人よりはマシだった。
「え、え、な、何これ。先生たちはどこに行ったの?」
「分からん……どうしてこんなことに……!?」
「きっとみんなやられちゃったにゃあぁ、絶望にゃあぁ」
気付けば一行は校舎の四方八方から迫ってくる悪霊に退路を断たれていた。改良型《スカラベ・ストリーム》もダメージがないことを学習され、嫌がらせにしかなっていない。
「何か……何か手はないのか……!」
「そ、そうにゃ! "契約"にゃ! ミケタロウと"契約"してさいきょーの人形術師になってにゃ!」
「えぇ!?」
ナナは半泣きで妄想を語った。もうそんなものにしかすがれないのだ。
「はよせーにゃ! にゃごにゃごすんにゃ! とっととしにゃーと引っ掻くにゃ! 引っ掻いて傷口をベッロンベロンに舐めつくすにゃ!」
「わ、わかったから爪しまって! ミケタロウ、お願い。突然で悪いけど、あなたの力を貸して!」
ミケ太郎はお願いされたので快諾した。エイミーの手から伸びてくる赤い糸を抵抗せずに受け入れた。ミケ太郎のぽてっとした手の先に、魔力の糸が触れたとき――
――ミケ太郎は覚醒した。
◆
糸を通じて、意識が、魔力が、情報が、すさまじい勢いで駆け巡る。
綿の身が膨張と収縮を繰り返し、湧き立つように力が満ちる。
「う、あ、これ、なんて適合率。高すぎて、制御が」
いつもより【念動力】の出力が大きい。
いつもより【思念授受】の感度が高い。
いつもより【隠密】も調子がいい。
いつもより【幻影魔法】もうまくできそう。
「ちょっと待って、ミケタロウ。私、追いつけ、な」
身体は軽く、想いは重い。
今なら何でもできる気がする!
「速――!?」
ミケ太郎は一瞬で悪霊の顔面に肉薄した。ちいさな拳をめいっぱい引き絞り、振り下ろすとともに最大出力の念力を解放した。
瞬間、爆風が吹き荒れた。悪霊の全身が刹那のうちに吹き飛ぶ。
『スキル【武術】を獲得しました』
『武術《念功颶風拳》がシステムに承認されました』
煙でできた身体は徐々に寄り集まって再生していくが、関係ない。再生するそばから殴ってやればいいだけだ!
(ぱんち! ぱんち! ぱんち! ぱんち!)
覚えたての【武術】、編み出したばかりの《念功颶風拳》が敵を蹂躙する。一度に三体以上の悪霊が巻き込まれ、ホコリのように散っていく。武術の熟練度なんて溜まっていなかったはずだけれど、突然の行動が、その場の思いつきが、想いのままに実現してゆく!
「凄まじい性能! まさか、これほどとは――!」
「いけいけミケタロウ、やっちまえにゃー!」
気分はお掃除! 仲間たちの応援を受け、右へ左へ飛び回り、四方八方の悪霊を、手当たり次第に吹き散らす!
「これって、ミケ太郎の記憶? 流れ込んで――」
エイミーは魔力的繋がりを通じて、ミケタロウの一生を追体験する。意思持つ存在と"契約"した際まれに起こる、対象から術者への記憶の流入。本来は【精霊術】の使い手くらいしか体験しない珍しい現象が、見習い人形術師の少女に襲いかかる。
「だれ、この子、"美咲ちゃん"? 知らない街、あ、だめ、"トラック"が。やめて来ないで行かないで、あ、あ、血が……い……いや……嫌ああああああああああああああああ!!」
エイミーは耐えきれず"契約"を切断した。途端、ミケ太郎を満たしていた全能感がさっぱりと消え去った。異常な加速が失われ、ミケ太郎はゆっくりと廊下に着地する。
酷い精神的ダメージを負ったエイミーは姿勢を維持できず、イクリプスの背中から落下した。
「エイミー、大丈夫か!?」
「頭痛いのにゃ!?」
「う……ううぅ……」
夢から醒めたようだった。でも、悪夢は終わっていなかった。
「ヒッ。さ、再生してるにゃ!」
盛大に吹き散らされた悪霊たちは、いつもより時間がかかっているようだけれど、ゆっくりと、ゆっくりと、形を取り戻していく。
ミケ太郎は《念功颶風拳》を使おうとした。が、できなかった。【念動力】の出力がぜんぜん足りなかった。ふつうの念力で散らそうとしても、箸でスープをかき回しているみたいに、ほとんど手ごたえがない。「面」での制圧力が絶望的に足りない。
「ワッケわかんないにゃ……ワッケわかんないにゃ!!」
ナナは絶望を通り越して怒っていた。この理不尽に、理不尽を生み出した環境に。
「にゃんだこの状況! にゃんで学園に悪霊がいるにゃ! センセーたちはどこ行ったにゃ!? 普段お説教ばっかりで、こういうときこそオトナの出番にゃのに。オトナは、オトナどもは、一体何やってんにゃあああああ!!」
「やあ、遅れてすまない。大人が来たよ」
そのとき、光が弾けた。まぶしくて、暖かな光。悪霊たちは悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「よくぞ、ここまで持ちこたえてくれた。……あとは、大人の仕事だ」
ナナは、イクリプスは、エイミーは、ミケ太郎は、光差すほうを見た。輝く廊下の向こうから、ゆったりと、まっすぐと、大人の影がやってくる。
光が晴れたとき、そこにいたのは、
「ぼくに任せなさい」
太った身体にパツパツの体操着を着たおじさんだった。