七不思議の二「女子更衣室の黒い影」
ところで獣人の女の子を出すとき「耳と尻尾だけ生えた美少女」として描くのか「全身モフモフのケモノ感あふれるメス」として描くのか、どっちがいいと思います?
私はねぇ……「あえて描写せず想像の余地を残す」が最適解だと思います(曇りなきアルカイックスマイル)
さて、多忙につき不在の学園長に代わり、一行を出迎えてくれた教頭いわく。
「なまじ魔法を学んだガキんちょはね、調子に乗って学園に魔道具や呪いの品を持ってくるんです。大抵は他愛もないジョークグッズなんですけど、初代学園長の時代に生徒が悪魔のハサミに突き殺されかけて以降、結界に危険物持ち込み防止機能を追加なさったんです。雷まで撃ち込むのは私もやり過ぎだと思いますけどねぇ」
魔法の雷はあれで非殺傷らしい。隊長は応接室のソファに深々と座り込み、汗を拭ってため息をついた。
「それで、登録された職員が教材として持ち込むしかないというわけですな」
「ええ、そういうことになります」
応接室の長テーブルの上でガタガタ暴れている包みを担当職員が解くと、中からすこぶる不機嫌なご様子のミケ太郎が姿を現した。ミケ太郎が身体をぶるぶるさせると、貼りつけられていた魔法のお札が枯葉のようにいくつも落ちた。こうでもしないと校門すら突破できないのだ。
グスタフ魔法学園には人間以外にも、獣の血が混じった獣人族や、ユニコーンなどの理性ある幻獣も受け入れている。そのことも異端者たる転生者を受け入れうる理由のひとつだ。ミケ太郎が呪いの品でさえなければ、新種の妖精か何かと偽って入学させる手も――それにしたって無理のある言い訳だが――ないわけではなかった。だが結果はあの通りだし、そもそも出生時検査でしっかり呪い反応が検出されている。
学園を守る結界はたとえ最上級の隠密系スキルを使っても欺けない。いらぬ疑惑や詮索を避けるためにも、呪いの人形が生徒に交じって毎日校門を行き来する状況は作れないのだ。
「ホーリー隊長の手前、転生者の方をモノ扱いするなんて、恐縮ではありますが……」
「いらん気を遣わんでください。ミサキのときも学園が色んな苦労をしてくださったのはよーく知っとります。我々も未だにコレが転生者だと信じきれんぐらいですから、モノ扱いで大いに結構」
入る前から出禁を食らったミケ太郎が魔法学園に裏口入学するための筋書きはこうだ。
普通に入ると警告と雷を食らうため、教材として薬学授業用の毒物なんかと同じ扱いで敷地内に入る。薬品棚に並べられてしまうとミケ太郎自身が教育を受けられず本末転倒なので、行き先は生徒と同じく通常教室。生徒に疑念を抱かせないよう、「王立研究所から提供された試作の新型自動人形」ということにする。動いたり空を飛んだりする仕組みを聞かれても企業秘密で押し通す。
クラスで生き物を世話したりする要領で「みんな仲良くしてあげましょうねー」とでも言ってクラスの一員に加えさせる。みんなと同じ教室で授業が受けられてミケ太郎はハッピー! なんかよくわかんないけど超技術と触れ合えて子どもたちもハッピー……ハッピー……? というわけである。
「転生者や貴族の子を素性を隠して預かるのは慣れっこですから、安心してお任せください」
「ありがとうございます」
なお「安心して」の範囲に学園職員は入っていない。詳細は省くが、国からの命令に近い無茶振り要請に先生方はてんやわんやだ。ありもしない超技術を隠し通す責任を負わされるより、まだ妖精として入学させる方が楽だった。無生物じゃなかったらもっと良かった。
それでも彼らは要請を快諾してくれた。グスタフ・マクスウェルの全盛時代以来、綿々と受け継がれた教え「子に貧富あれど貴賤なし」にのっとり、意味不明の塊を受け入れる方策を必死でひねり出してくれた。かつて娘が世話になったこともあり、隊長は感謝してもしきれなかった。
「では帰るぞミケタロウ。来たときと同じように――おい待て逃げるな大人しくお縄につけクソが!」
校門突破用の封印処理を嫌ったミケ太郎を捕らえるのに、職員総出で小一時間かかった。
◆
その後、校門を出たところで部隊は解散。隊員たちはそれぞれの自宅に戻り、ミケ太郎は隊長とともにホーリー家の屋敷に向かった。
隊長の屋敷は「屋敷」と呼ぶにふさわしい立派な建物だった。きゅっと縮められたお城のようだった。隊長いわく自身の財産というより転生者ミサキ・ホーリーへ与えられたものという属性が強いようだが、ミケ太郎にはどうでもよかった。
ミケ太郎はお城で待つお姫様に会いに行く気分で屋敷の門をくぐった――が、期待に反して【美咲感知】は弱い反応しか示さなかった。つまり、転生者ミサキはそこにいなかった。
隊長は「娘には会わせない」などとミケ太郎に言ったけれど、実情は違う。ミサキとの面会を設定する裁量は、その養父にすら与えられていないのだ。十五歳となり王国法上で「成人に準ずるもの」と扱われるようになったミサキは、訓練を終え成熟した転生者として西に東に大忙し。一部では「勇者」などと呼ばれもてはやされる時の人は、一か所にとどまるということがなく、王都の自宅にも滅多に帰らない。
ミケ太郎は隊長が見ても一瞬でわかるほどガックリと落ち込んだ。刺繍で縫い付けられた顔のパーツは動かないはずだけれど、念力の抜けた骨抜きボディと雑に解除された幻影魔法も手伝って、まるで刑期を十年残した囚人のような哀愁を漂わせていた。歓迎のごちそうを用意して待っていたホーリー夫人は「食事も喉を通らないなんて」と心配したが、隊長は「もともと食わん」と一蹴し隣の席でチキンソテーを貪った。ミケ太郎は片付いていくお皿をお誕生日席でぐったりと見送った。
隊長は「年に二度くらいは帰省するだろう」と一応フォローして娘のおさがりのベビーベッドにミケ太郎を放り込んだが、ミケ太郎はもはや何のために王都へ来たのかわからなくなっていた。美咲ちゃんに会えると思えばこそ馬車のなかでも学園でも良い子にしていられた(ミケ太郎の主観)。美咲ちゃんに披露するために一生懸命練習して《スカラベ・ストリーム》のフンコロガシ発射数も増やした(毎分三百匹)。それなのに、それなのに……
今すぐ王都の空に飛び出せば美咲ちゃんを探しに行けるが、バレたらすごく怒られるだろう。窓から覗く異世界の青い月明かりも、ミケ太郎を慰めることはできないまま、ずるずると翌朝を迎えた。
◆
「新しい仲間を紹介します! 自動人形のミケタロウです!」
わあっ、と沸く魔法学園初等部・特殊系統魔法クラスの小さな魔法使いたち。彼らの表情はキラキラと輝いていて、ミケ太郎も少しは悲しみが和らいだ。
グスタフのクラス分けは年齢によるものではなく、火・水・風・地など魔法属性ごとに分かれていて、特殊系統魔法クラスの場合、上は十三歳から下は三歳まで幅がある。特殊系統には光・闇など希少属性のほか、幻影魔法や治癒魔法といった無属性系の魔法使いの卵たちが数十人規模でひとまとめにされている。言ってしまえば最もカオスで、ごった煮で、だからこそ異端者を放り込む余地のある場所なのだ。
「ミケタロウは高度な知能を持っていて、ヒトの区別もつくそうです。みんなで自己紹介しましょう!」
「はーいはーい! あたし、ナナ。猫人だよ!」
「俺はイクリプス。二角獣だ」
「エイミーです。え、え、これ、種族言わなきゃいけない感じ? 私は人間」
種族を省くのは多数派たる人間族の悪い癖だ。尻尾も角も生えていない禿げ猿ごときが自己アピールを怠ってはいけない。
ミケ太郎は自己紹介を返した。
(みけたろう。ぬいぐるみ!)
教室内はウワアアアアア喋ったアアアアアと大騒ぎになった。歓喜半分恐慌半分。発声機能を備えた自動人形数あれど、【思念授受】を使いこなす人形はいない。ミケ太郎は開始数分で人気者になった。担任の寿命はちょっと減った。
◆
学校とはどんなものか、幼稚園と何が違うのかミケ太郎は知らなかったが、自分が通ってみれば悪くないものだった。
授業は半分も理解できないけど先生がいろいろ喋っていて賑やかだし、魔獣学なんて教科書の挿絵だけで楽しめる。科目名を聞いて期待の持てなかった教科でも、何かしら楽しめる部分はある。
ただ、一番期待していた教科――魔法の授業だけは予想に反して退屈だった。魔法の授業なのに誰も魔法を使わないのだ。
いまだ未熟な初等部の卵たちは、実技でなく基礎理論を学ぶ段階にある。とりわけ特殊系統クラスはクラスメイトの魔法系統が統一されていないこともあり、迂闊に「さあ魔法を使ってみましょう」と言ったら収集のつかない大惨事になるのだ。その実技指導は火属性クラスの次に難しいとさえ言われている。
ミケ太郎は感覚派の魔法使い……という名の座学適性低い系魔法使いだったので、学習内容がスキルの熟練に直結することもなかった。ミケ太郎は安全だけど刺激のない時間を、たいていミーナの席でごろごろしながら過ごした。
「なんか、懐かれちゃった……」
「エイミーにはぴったりじゃん!」
エイミーにくっついて休み時間の女子トークを聞くのも、ミケ太郎の退屈しのぎのひとつ。
クラス最年長の人間族の女の子エイミーは、スキル【人形術】の使い手。魔力で人形を遠隔操作する希少な部類の魔法系スキルだ。ぬいぐるみの扱いも手馴れており、エイミーに撫でられるとミケ太郎は安らぐ。
「自動人形は専門外なんだけどなぁ」
「自動人形の研究には人形術師が関わり、微調整や動作チェックを補佐するそうだ。案外、"契約"してみれば適合率は高いのではないか?」
初等部らしからぬ知識を並べて助言してみせたのは、三歳のオスの二角獣、イクリプス。三歳といっても二角獣基準では立派な成獣だ。その理性と知性あふれるオトナの振る舞いにより、男子のなかで唯一女子トークに参加することを認められている。
「そういえばイクリプス。この間ナナの体操着がなくなった事件、犯人見つけた?」
「いや、手掛かり無しだ。学園中見回ったが"不純"を感知できない。探していないのは女子便所と女子更衣室くらいだ」
一般に一角獣は清純を愛し、二角獣は不純を愛する。しかし二角獣のなかでも特に誇り高きオスであるイクリプスは、その鋭敏な二本の角を、不届き者を戒めるためだけに働かせている。
「力不足ですまない」
「いやいや、イクリプスでもダメなら誰にも無理だって。また何か見つけたら言ってね」
「承知」
ミケ太郎はイクリプスのことを「黒くてかっこいいお馬さん」ぐらいにしか知らないが、黒くてかっこいいので助けてあげたいと思った。
そこで正午、みんなが食堂に行った頃を見計らい、校内を見回ってみることにした。
◆
いつもの【欺くもの】【隠密】コンボで担任にすら悟られず脱出したミケ太郎は、校舎を飛び回って探検する。昼食どきなので食堂以外は人が少ない。
ミケ太郎はもう字が読める。「女子便所」を意味する単語が記された部屋には誰もいなかった。残るは「女子更衣室」。更衣室が何なのか知らないが、服がたくさん置いてあるのかなぁ、なんて予想しつつ入室した。
女子更衣室に服はなく、人も見当たらなかった。けれど、扉のついた大きな箱が並んでいた。人、それを「ロッカー」と呼ぶ。
ミケ太郎はロッカーを手前から順に念力でパッカンパッカン開けていった。気分は宝探しだった。中身が空っぽでも、次々扉が開いていく感覚が気持ち良かった。そして一番奥のロッカーを開けたとき、
「ひ、ひぃっ!」
見知らぬおじさんが姿を現した。
「ま、待って、待ってくれ! 決して怪しいものでは」
おじさんは太った身体にパツパツの小さな服を着て、丸々とした腹とおへそを露出していた。その服はグスタフの初等部における女子の体操着だった。刺繍された名前は大きく横に引き伸ばされ、ミケ太郎にはよく見えない。
「何も悪いことはしていない。どうか、どうか見逃しておくれえぇ」
おじさんが見逃してくれというので、ミケ太郎はそのままロッカーを閉めた。
「あ、ありがとう。このお礼は必ず」
ミケ太郎は自分なりに調査したが、何も悪いことをしていないおじさんしか見つけることができなかった。
イクリプスがダメなら誰にも無理って本当だったんだ! と納得して、ミケ太郎はみんなのところへ戻ったのだった。
そこには誰もいなかった。いいね?