七不思議の一「入学できない主人公」
王都への道すがら、勧誘部隊の面々とともに、馬車に揺られてご機嫌なミケ太郎。衛星よろしく飛び回るフンコロガシくん達もゴキゲンだ!
(みさきちゃん、みさきちゃん)
「余程うちの娘に惚れているようだな。先に言っておくが娘はもう十五歳だし、貴様なんぞに娘はやらんし、第一あの子は虫嫌いだ! 今すぐそのクソ虫をしまえ!!」
ミケ太郎は「おじさん分かってないなぁ」と思った。美咲ちゃんはだんごむしとかちょうちょとかが大好きで、芋虫がいろんなものを食べたりする絵本をよく読んでいたのだ。フンコロガシくんの良さも分かってくれるはずだ。
「虫をブンブン言わせとる内は娘には会わせん!!」
そう言われてはミケ太郎も魔法を中断せざるを得ない。ミケ太郎は反省し、今度魔法の練習をするときは【欺くもの】を併用しようと思った。
馬車は何事もなく、平穏無事に進んでいく。たまに現れる魔獣は隊員が威嚇するか、ミケ太郎が《スカラベ・ストリーム》をけしかけると泡を食って逃げていった(対応しようと腰を浮かしかけた隊長には不満げに舌打ちされたが)。
公的機関の管轄であることを示す紋章が車体に刻まれているので、関所や検問は軽いチェックで素通り。積荷を狙う賊の類もおいそれと手を出せない。
先の誘拐犯のように、転生者をつけ狙う不届き者の襲撃は懸念されたが、ダミーの馬車を別日程で出発させるなどの工作が功を奏したのか、その兆候はない。
唯一、イベントと呼べるものがあったとすれば、中継地点の街や小都市で、ミケ太郎が興味津々に身を乗り出したくらいだろうか。
「こら、むやみに顔を出すな。動く人形はただでさえ悪目立ちするのだからな」
(おそと、みたい)
「なんだ、人形にも都会は珍しいか? ふふん、まぁそう急くな。王都に着けばもっとすごいものを見せてやる」
◆
隊長の宣言通り、王都の景色はもっとすごかった。
なんと美しき石造りの街並み! 行き交う人々の装いと喧騒! 色とりどりの垂れ幕や洗濯物。そして、彼方に見ゆる王城の威容!
大興奮のミケ太郎は、アメリカとヨーロッパの違いがわからない五歳児並みの知識で最高の褒め言葉を放った!
(がいこくだぁ!!)
「違う、ここもサンティス王国だ! むしろ首都だ、クソが!!」
一行は馬車を所定の場所に預け、徒歩に切り替えた。ミケ太郎も隊長の腕に抱えられ、都の景色を見せてもらった。時刻はちょうど夕刻にさしかかった頃、街に魔法の明かりが灯され始め、文字通り幻想の光に包まれていく。ミケ太郎は盛んに頭を動かし、キョロキョロ、キョロキョロ。
「ぬうぅ、視線を感じる。いい歳こいて人形遊びをしとる中年オヤジだと思われている……!」
「いっそのこと新型の自動人形で押し通したらどうでしょう?」
「それはそれでおかしいわ!」
自動人形――魔法の仕掛けで動く人形。ミケ太郎のような自我は持たないけれど、人工知能である程度「自ら判断して動く」ような振る舞いを見せる。高級品ゆえペット代わりに連れ歩く変人は滅多にいないが、王都には専門の研究開発機関もあり、存在自体は普通のものだ。
ただし、多くの自動人形は生活や戦闘場面を想定してヒト型をとっており、小動物モチーフのぬいぐるみ型をした製品は少なくとも一般に流通していない。
「ふおおおお! そ、それは、もしや新型の自動人形。柔らかい布地で骨格を覆っているとは、一体どういう技術なのですかああああ」
「ええい、寄るな、騒ぐな。これは私の腹話術で動いとるのだ!」
案の定、途中でその筋の有識者に絡まれた。技術もクソもなく謎の呪いパワーで動いているので聞かれても説明のしようがない。万が一「自我がある」なんてバレた日には技術者どころか宗教家・法律家も巻き込んだ生命倫理大討論会だ。せめて転生者ミケタロウが一人前になるまでは、正体を暴かれるわけにはいかない。
「貴様も大人しくしていろ。またズダ袋に放り込むぞ!」
「アレ嫌がってボコボコするから逆に目立ちません?」
「ぬあー! どうしろと言うのだ!」
みんなが困っている様子だったので、ミケ太郎は【隠密】と【欺くもの】を起動。自らの存在を通行人に気取られないようにした。というか始めからこうすれば良かった。ミケ太郎のスペックをいまひとつ把握しきれていなかった大人たちの完全敗北である。
ところで――ミケ太郎最大の魅力ポイント、いや呪怨ポイントというべき「血の跡」。動かなくても死ぬほど目立つ赤黒い友情の証は、すでに隠す方法が発明されている。
スキル【幻影魔法】。スキル化して以降も毎日熟練度を積み重ね続けているミケ太郎の得意魔法は、自分の容姿をごまかす用途にも使える。まだ全身を透明化させるような使い方は難しいが、模様を隠してマッシロ太郎に変身するくらいなら常時発動しても大きな負担はない。
今やミケ太郎は何色にも染まれる名俳優。渋いブラックに身を包むも、可愛いユニコーンカラーに大転身するも自由自在なのだ!(ユニコーンカラーは隊長にめっちゃ気味悪がられたので最近は控えている)
さらに使っている内に気付いたが、どうやら【幻影魔法】は【欺くもの】と相性がいいらしい。感覚的なものだが、スキル同士が「仲良ぅしようや」「よろしゅうお願いしますわ」と不敵な笑みを交わしている……ような気がする。今後の工夫次第ではもっと面白いことができそうだと、ミケ太郎は密かに思案していた。
「幻影魔法で何もかも隠せたらよいのだがな……ん? 待てよ」
「どうしました?」
「幻影……隠す……何か引っかかる。そう……私は何か……あの村に、大きな秘密を残してきたような、そんな気が……」
いつ訪ねてもバッチリメイクで客を出迎えてくれるママの化粧事情はそっとしておこう。
◆
都がすっかり夜模様に変わった頃、一行は王都最初の目的地に到着した。
「着いたぞ。『グスタフ魔法学園・初等部』――貴様の引き受け先だ」
グスタフ魔法学園は約二百年前、優れたる魔法戦士として名を馳せたグスタフ・マクスウェルによって設立された魔法使いのための学園である。グスタフ自身が転生者ということもあり、魔法系のユニークスキルに目覚めた転生者の学び舎としての役割を果たすこともあった。ミケ太郎のユニークスキルが魔法系でなく、知覚強化系または認識阻害系のスキルであることは国も把握しているが、暗殺者やペテン師の学校は存在しないし、魔法に限らぬ一般常識を学ぶにもグスタフの初等部はちょうどいい。
「今日は顔見せと……検証も兼ねた下見だ」
一行は敷地に入る寸前で立ち止まった。下校時間を過ぎているようで生徒の姿はなく、行く先に障害となるものは見当たらない。ミケ太郎は「入らないの?」という視線を隊長に向けたが、隊長は境界線を緊張の面持ちで睨んだまま動かない。後ろに控える隊員たちも同じ反応だ。校門の警備を担当している職員も出てきて、固唾を飲んで見守っている。
「……行くぞ」
隊長はふたつ、みっつ深呼吸をしたのち、ミケ太郎を抱く力を強め、ついに一歩を踏み出した。
――ビイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
瞬間、けたたましい警報音。学園の敷地に張り巡らされた守護の魔法が、危険物の持ち込みを感知して唸りを上げる。
――ビイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
「やはりか! クソッ!」
隊長は三つ目の警報音が鳴る前に素早く後方へ飛びのいた。その直後、隊長が立っていた場所に大魔法級の雷が降り注ぐ。悪しきものを浄化する戒めの雷だ。石畳が真っ黒に焦げ付き、見たことない色彩の煙を立てる。
「ミケタロウ。たった今確認されたことだが」
ミケ太郎は驚きに目を白黒させながら(幻影の制御が狂うとこうなる)、隊長の言葉を聞いた。
「貴様は魔法学園に入学できない」