一目で見抜いたよ、尋常ではないもふもふは(倒置法)
隊員たちは大した怪我もなく、一晩もすれば調子を戻した。事の成り行きに気を揉んでいた村民たちも、すぐに落ち着きを取り戻した。ミケ太郎の一家には元の平和が戻ってきた。
犯人の目的は何で、捕まった後どうなったか、ミケ太郎は知らない。ミケ太郎自身に興味がないし、それは大人の仕事だからだ。
そして、これもまた大人の仕事だ。
「ミケタロウの処遇が決まった」
後日。責任者として何らかの処分を受けたらしく、制服からいくつか勲章を減らした隊長が、国からの通達を家族に伝える。
「これまでの転生者同様、王都でしかるべき教育を受けさせる。人ならざる存在ではあるが、知性ある者として迎え入れ、相応しい場を用意しよう」
ママは口を開きかけて、しかし、潤んだ目で俯いた。パパも黙って妻の肩を抱く。
初めて勧誘部隊が訪ねてきたあの日から、いつかこんなときが来ることは覚悟していた。
「優れた教師がつく。食う寝るところにも不自由しない。転生者は早く育つから、迫る危険に対しても、まぁ……我々よりは強くなるだろう」
隊長は自嘲も込め、両親の不安を取り除くよう言葉を選んだ。
パパとママも頷いた。それが結局のところ我が子のためになることは、皆の共通理解だったから。
誘拐事件ほど極端でなくても、転生者は否応なく社会の荒波に晒される。強く、賢く、広い世界で生きる術を学ばせることが不可欠なのだ。
「望めば、肉親を王都に招くことも……」
「いや、いい。隣の婆さんのこともあるからな」
家族がひとつ減ることは、小さな村に少なくない影響を及ぼす。力自慢の木こりがいなくなって森が荒れたり、器用な魔法使いの不在を魔獣が狙ったりすれば、最初に火の粉をかぶるのは村の老人や女、子どもだ。
隣人たちは普通でない赤子に寛容でいてくれた。必要ならば手も貸してくれた。彼らに必要があれば自分たちもそうするつもりだ。
村を離れることはできない。
「でも……ああ、パパ。やっぱり少し……最初の何年、何か月だけでも」
「言わないでくれ、俺まで揺らいでしまう。……俺たちに都会暮らしは似合わんよ」
パパとママ、隊長が囲むテーブルの上で、ミケ太郎は静かにみんなを見上げていた。もう思念を読まなくても、言葉はおおかた理解できる。話の主役が誰なのか分かる。
そして、求められている決断も。
「ミケタロウ。きみはどう思う」
隊長はまっすぐミケ太郎を見下ろした。
「もはや形だけとなってしまった建前だが、最終的に勧誘を受けるかは転生者の意思に任せることになっている。断ると言ったら……私の権限が及ぶ範囲まで、国の定めに逆らうことも不可能ではない」
転生者をおびき出し、サンティス王国への不信を煽るような言葉を並べ、人質まで使って思い通りに動かそうとした怪しい男。彼と同じことを逆の目的で実行すれば、国を信じさせ、自由を奪い、思い通りにさせることもできる。
「逆らうのは複数の意味で茨の道だ。できれば波風立たぬ選択をお願いしたいというのも、偽りがたい本音ではあるが……」
とある他国の独裁者いわく、「国家ぐるみのそれは犯罪と呼ばれない」。隊長は祖国が基本的に善良な手段をとることを信じているが、強引な顔を知らぬわけでもない。
「……やはり、きみ自身から答えを聞きたい。ミケタロウ。我々とともに王都へ来るか?」
ミケ太郎は迷っていた。けれど、事件以降の日々を経て、天秤はどんどん傾いていた。
つまり、村の外へ出たい。
パパとママは、ミケ太郎のパパとママだ。美咲ちゃんが自分の両親をそう呼んでいたときの気持ちも、今ならわかる。
パパとママは、ミケ太郎がいなくなったら気付いてくれるし、何かあったら悲しんでくれる。胸を張ってパパ、ママと呼べる。離れ離れなんてありえない。
でも、だからこそ思ったのだ。テレビか何かで聞いたことのあるような、ないような、決まり文句。
離れても繋がっている。
例の発信器魔法は、事件のあとしばらくして効果が切れてしまった。それでも自信を持って言える。パパとママは、ミケ太郎がどこへ行っても、パパとママでいてくれる。
しかし、ミケ太郎にとって一番大事な人は、そうではないのだ。その子は、自分がいないと寝られない。その子は、ひとりぼっちで泣いている。
村にいても、近くの森を飛び回っても、【美咲感知】は反応しなかった。もっと遠く、もっと色んな場所を探さなければ、美咲ちゃんのところへは行けない。
道草は十分に食った。
ミケ太郎は、隊長……より先に、まずパパとママの方を向いて、ずっと考えていたことを、思念に込めてその胸に届けた。
(あいたいひとがいる。)
(いいたいことがある。)
(ないてるひとがいる。)
(みせたいものがある。)
(だから、ぼくは いきたい……。)
パパとママは揃って目元を拭った。我が子がここではないどこか、親の知らぬ何かに想いを馳せている様子はなんとなく察していたからだ。ときどき窓の外を見て黄昏るのは、元の世界を思い出しているのか、まだ見ぬ異世界に夢を見ているのか。ともかく、いつまでも手元に縛りつけておけない事実に、心の準備をする時間があった。
声を押し殺して涙を流す二人に、そっと手を差しのべるように、隊長は言った。
「まぁ、心配ご無用。私はこう見えても一児の父。身寄りのない転生者の子を養子に取り、育て上げた実績があるのだ――」
隊長は制服の第一ボタンを外し、首にかけていたコンパクト――パカっと開いて家族の写真を入れたりするタイプのネックレス的なアレを取り出した。
「――これはその子が五歳のときの肖像だが――」
隊長が写真を見せようとコンパクトを開いた瞬間、
(!!!!!!!!!!)
【美咲感知】が凄まじい反応を見せた。
「ぬおッ!?」
ミケ太郎は全速力で隊長のコンパクトに飛びついた。隊長は大きくのけぞったが、なんとか踏みとどまって豪速のぬいぐるみを受け止めた。
食い入るように覗き込んだ肖像画は、小さくて、年月で少しくすんでいて、でも、確かに――
(なまえ)
「は?」
(なまえ!!)
「騒ぐな、脳が痛い! 娘の名前か? ミサキだ。前世名にうちの家名をつけて、ミサキ・ホーリー。なんだ、何をそんなに興奮している?」
ミケ太郎はジェット風船のように家中を飛び回った。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、飛び狂った。
これには隊長ばかりか、パパとママも呆気にとられた。
「お、おい、産みの親ども。この反応は何だ、何の儀式だ。まさかうちの娘を邪神の生贄に見定めたというわけではなかろうな!」
「うちの子がそんなことする訳ないじゃろ! しかし、そうですな。あの反応は初めて見るが――」
「恋でもしたのかな?」
「な、な、な、こ、恋だと。というか、あやつは男だったのか!?」
「さあ?」
もはやミケ太郎に迷いはない。
いざ、王都へ!
【第1章 終わりを始めるための道草】
完
こんなのを一章完結まで読んでくださりありがとうございます。もろもろの理性と知性と整合性そして倫理を犠牲にして書きたいことだけ書いた思考停止自己満足小説に、一ミリでも面白さを感じてくれる人がいたら、それは複数の意味で「有り難い」ことと思います。
二章以降の展開はまだ固まっていませんが、魔法学校編か冒険者編か人形師ギルド動乱編か聖女様総選挙編、あるいはその全部を書きたいです(全部書かないかもしれません)。
エタったらミケ太郎が永遠に美咲ちゃんと会えないことになるので、彼(?)のためにも頑張って書きます。
よろしくお願いします。