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転生しても呪いの人形は憑いてくる  作者: おサボりにゃんこ軍師
第1章 終わりを始めるための――
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精神攻撃なんて卑怯だぞ!

 ミケ太郎に美咲ちゃん以外を感知するスキルはない。動物ほど優れた嗅覚や聴覚もない。隊員探しは完全に目視で行われた。

 ミケ太郎の視覚は目――正確には目を(かたど)った黒い丸形の刺繍に依存している。この目はどういう原理か人間の目と同じように働き、同程度の性能を持ち、暗所ではヒト同様に見えなくなる。そもそも黒く縫いつぶされた状態で視界が生きているのに暗くなったくらいで見えなくなるなんておかしな話だが、結論として「暗いところではよく見えない」。元の世界では街灯を頼りに旅をしていたが、電気系統のインフラが発達していないファンタジー異世界ではそういうわけにもいかない。

 これを解決したのは"ママ"から教わった魔法である。幻影魔法は主に「光を操る術」と「五感をだます術」の二種類で構成されている。前者が使えるなら光量を調節して照明代わりに使うことも可能である。

 ミケ太郎はぴかぴか光るフンコロガシくんを複数匹放つことで視界を確保し、空から捜索にあたっていた。障害物を気にしなくてよい分、二本の足で歩き回るより遥かに効率的である。邪魔な木の葉や茂みは【念動力(テレキネシス)】で押しのけ、奥をフンコロガシ・ライトで照らす。


『スキル【幻影魔法】を獲得しました』


 熟練度が規定量に達し、脳内アナウンスがスキル化を告げる。魔法がうまくなった証拠であり、これからもっと魔法が使えるようになるお墨付きでもある。喜ばしいことだが、今のミケ太郎はなんだかそういう気分ではなかった。黙々と飛び、淡々と捜索する。余計なことを考えずにいれば、人探しには十五年の経験があるから慣れたものだ。

 そうして、高輝度フンコロガシを従え飛び回ること一時間足らず。ミケ太郎は怪しい人影を発見した。


「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒ」


 ミケ太郎からして確実に怪しいと判断できるその人影は、森のど真ん中に手ぶらで突っ立っていた。何が楽しいのかニタニタ笑い、ミケ太郎と目が合った途端、わざとらしい動作でスキップしながら逃げていく。


「ヒヒヒアハハハハハ」


 先行して目の前まで飛んできた光のフンコロガシを気にも留めず、怪しい男は踊るように深い茂みの中へ飛び込んで消えた。【念動力(テレキネシス)】で引き裂くように茂みをかき分けると、地下へと続く大穴が姿を現した。ミケ太郎はフンコロガシの光を強め、闇の底へ突入した。



「ヒヒ、来た、転生者が来た」


 穴は人間が複数往来しても不便がないほど広く深く、何のひねりもない一本道だった。迷う余地もなく進んだミケ太郎は、最奥で待ち構えていた男と正面から向かい合った。


「何も知らず。疑いもせず。偽りの神を信じて」


 男の足元には、四肢を縛られた大人が四人寝かされていた。ミケ太郎は顔をよく覚えていなかったが、それらは行方不明になった隊員たちだった。

 ミケ太郎は拙い現地語で思念を送った。


("かえして")

「この者たちを解放しろと? ヒヒヒ。構いませんが、それに何の意味があるというのです」


 男が構わないというので、ミケ太郎は意識のない隊員たちを回収した。体重七十キロを超える大人でも一人ずつなら【念動力(テレキネシス)】を使い、丸太を転がす要領で近くに引き寄せられる。


「勧誘部隊について行っても、サンティス王国の飼い犬になるだけです」


 生死の概念を知らないミケ太郎にも生者(ヒト)死体(モノ)の区別くらいはつくので、隊員たちが無事であることは分かった。男の意味深な発言は意味がわからないのでスルーである。


「あなたも輪廻の神とやらに(そそのか)され、この世界へ来たのでしょう。しかし、アレは世界という泉に石を投げ入れ波紋を楽しんでいるだけの、単なる観測者に過ぎません。スキル・システムへの干渉も限定的です」


 輪廻の神も何もミケ太郎の前に現れたのは一糸まとわぬ姿の大型トラックだ。唆されるまでもなく自ら飛び込んで来た。神でも観測者でもなんでもいいのだ。


「強力なスキルを得て勇者になれると期待しましたか? 前世の知識を生かして大賢者になろうとでも夢想しているのですか? いいえ、不可能です。サンティス王国の奴隷に甘んじる限りはね」


 用が済んだのでミケ太郎は隊員たちを連れてお家に帰ろうとした。しかし、入ってきた地下道はいつの間にかせり出してきた土壁に塞がれていた。


「ヒヒ、逃がしませんよ。手間をかけて折角招待した転生者殿にすぐ帰られては困りますからねぇ。おっと、破壊しようとしても無駄です。この部屋にはスキルを封じる結界が」


 ミケ太郎は念力で壁を掘り始めた。


「ヒ!? スキルは使えないはず!」


 ミケ太郎の念力は転生前から自前で持っていた呪い由来の能力だ。たとえ"スキル・システム"なるものの恩恵を受けられずとも、使うこと自体はできる。何やら策をめぐらせていたらしい男の目論見は外れた。流行りの台詞で表すなら「俺なんかやっちゃいましたかね?」というやつだ。ミケ太郎はそんなイヤミな新人冒険者みたいな性格はしていないが。


「くっ、計画変更だ! 無理にでも一緒に来てもらいましょう!」


 男は念力でえっちらおっちら壁を掘っていたミケ太郎に掴みかかった。攻撃自体は飛んで避けたものの、作業は中断させられた。軽く砂場遊び気分になっていたミケ太郎はちょっとムカっとした。

 男は隠し持っていた縄や網を駆使してミケ太郎を捕獲しようとしたが、前世で未確認生物ハンターと死闘を繰り広げた経験のある空飛ぶぬいぐるみは完璧な回避を見せた。

 しびれを切らした男は袖口から鋭い針を取り出し、近くに横たわっていた隊員の首筋に突き付けた。


「動くな! こいつらがどうなってもいいのですか!」


 それは一般に「人質をとる」と呼ばれる動作であったが、ミケ太郎は「あ、追いかけっこ終わったんだ」と解釈して壁掘りを再開した。

 悲しきかな、ミケ太郎はヒトとモノの違いを判別できても、ヒトがモノに成り果てることの悲惨さは理解していない! このまま男が隊員を刺し殺したとしても、ミケ太郎は変わり果てた隊員を"パパ"と"ママ"のもとに連れ帰り「ぼくがんばったよ、ほめてほめて」と甘えるだろう。薄情とか冷酷とかじゃなくそもそもそういう価値観なのだ!


「こうなったら!」


 男は転生者を無傷で捕縛するのでなく、死なない程度に痛めつける方針に切り替えた。そして作業に集中するミケ太郎の隙をつき、その柔肌に針を突き刺した! 何度も、何度も、何度も、何度も!

 それはミケ太郎にとって懐かしい感覚だった。ずっと昔、美咲ちゃんのママに、ほつれた箇所を縫い繕ってもらった記憶だ。ぬいぐるみにとって針と糸は絆創膏のようなものである。

 とはいえ補修するわけでもなく無意味に穴を開けられるのは気分のいいものではない。たとえ多少の損傷は周辺の布がウゾウゾと動き自動的に修復される便利な呪われ体質をしていても、知らないやつに好き勝手刺されてやる義理もなし。

 ミケ太郎は念力で雑に男を突き飛ばした。


「ぐっほァ! お、おのれェ……!」


 みぞおちの周辺をしたたかに打撃された男は憎々しげにミケ太郎を睨んだ。もはや手段は選ぶまい。男はスキル封じの結界を解除し、自身の持つスキル【火炎魔法】を行使する。


「我らが主に背くなら……浄化の炎に焼かれて消えるがいい……!」


 男の手の中で勢いを増していく火種を見て、ミケ太郎は初めて危機感を覚えた。その様子がテレビで見た怪獣の火炎放射の予兆とそっくりだったからだ。ミケ太郎の肉体を構成するのは主にポリエステル、耐久性はそこそこだが乾きやすく火に弱い! 生まれ持った素材の特性は呪いパワーでもどうしようもない。ここに来てミケ太郎、史上最大のピンチ!!


「塵と成せ! 《フレイム――」


 そのとき、派手な音を立てて土壁が崩れた。


「ミケタロウ!! 助けに来たぞ!!」


 振り向くと、パパが土まみれの斧を握りしめて立っていた。ママはかっこいい服を着て杖を構えていた。ついでに騒がしいおじさんもいる。

 ミケ太郎は焼かれていないのに身体のなかが熱くなった。


「《ファントムペイン》!!」

「ヒギッ! ウグアアアアアーッ!」


 ママの魔法が敵を襲う。男は存在しない激痛を錯覚して悶え苦しみ、魔法の火は消え去った。ミケ太郎もママを援護すべく、出せる限りのフンコロガシを敵に向けて飛ばした。


『幻影魔法《スカラベ・ストリーム》がシステムに承認されました』


(《スカラベ・ストリーム》!)

「ヒィ、虫、虫!? 虫いいいいいいいい」


 魔法の名前を唱えると、心なしかスッキリ気持ちよく魔法が発動できる気がした。蜂のように舞い蟻のように殺到する無数のフンコロガシが男の顔面にまとわりつく。今のところミケ太郎しか使用者がいない世界初の魔法は、攻撃力こそなかったが、気持ち悪い見た目とクソうるさい羽音で敵に追い討ちをかけていた。


「おお、スミス! ヘイズ! イグ! タイナー! みな無事か!」

「ん……あ……隊長……」

「いつまで寝ぼけておる、クソが!」

「うう、狂信者にやられ……申し訳……」

「気にするな! そいつは今、クソ虫まみれだ!」


 一歩間違えばミケ太郎に見殺しにされていた隊員たちは、無事に隊長と再会を果たした。


「ミケタロウ、怖かったね、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

「うちの子に手ぇ出しやがってごるぁ! おるぁしてぼるぁしてどるぁするぞごるぁ!!」


 ミケ太郎はママの腕に抱かれ、甘えるようにすり寄った。視界の端では、パパが悪いやつを縛りあげている。その姿が誰よりも頼もしくて愛おしい。二人はもう、正真正銘のパパとママだった。


 かくして、村を騒がせた失踪事件は収束した。

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