初陣イベントだ受け取れッ!!
それから、事故や事件に巻き込まれた恐れのあるスミス隊員を案じて、村の住民総出で捜索が開始された。部隊と住民たちの間に直接の主従関係はないが、国家機関から来た役人さんに何かあったら一大事である。最終的には隣り村の親戚まで参加して「山狩り」に近い規模になったが、結果は芳しくなかった。
そればかりか捜索の途中、ヘイズ隊員とイグ隊員も消えてしまった。使い魔経由で報告を受けて王都からとんぼ返りしてきた部隊長は憤怒の形相で"パパ"にまくし立てた。
「それ見たことか! 貴様のところの悪魔の仔が隊員たちを消したのだ、クソが! やはりここで始末してやる!」
「やってみろ! ミケタロウに手を出せば貴様こそただでは済まさんぞ!」
「貴様、貴様と言ったな!?」
「何度でも言ってやろう! 貴様貴様貴様貴様!!」
「貴様ァ!!」
「やるか!?」
「あー、だめです! ケンカはだめですー!」
一触即発の空気は"ママ"が間に入ったことで霧散した。何だかんだで隊長も乳児の母(?)に強く当たるほど鬼ではなく、妻に逆らえない"パパ"同様、もごもご言いながら引き下がった。ママは夫より二十近くも若いが、嫌味でない程度に化粧もしていて、田舎者とは思えない凛とした風格を感じさせる。
当の乳児はフンコロガシを飛ばして隊長にけしかけていた。目の前を飛び回って鬱陶しいけど幻影なので叩いても潰せない。隊長は再びキレ散らかしそうになったがギリギリ耐えた。最近実家に帰ってこないワガママ盛りの義理の娘に比べれば、物言わぬ人形など屁でもなかった。
("パパ"……"いじめるな"……)
「脳に直接語り掛けるな、クソがぁ!!」
◆
翌日。ついに最後のタイナー隊員まで消えてしまい、一人ぼっちの隊長は怒ることすらできず消沈した。ひどすぎる不手際で厳しい処分がほぼ確定したから――というのもあるが、何より失踪した隊員とその家族に申し訳ないと思ったからだ。隊長は捜索から帰ったきり泣きくずれ、隣のお婆さんに慰めてもらっていた。
ミケ太郎は隊長のことなど眼中になかったが、"パパ"と"ママ"が困っているのは放っておけなかった。失踪事件の犯人が我が子でないとしても、実際周りで不吉なことが起こっていれば気にせずにはいられない。自分たち夫婦のせいで、神が何らかの呪いを我が子に与えたのではないか。二人は悶々としていた。
ミケ太郎は"パパ"と"ママ"を助けたいと思った。ミケ太郎は神に呪いをかけられてなどいないのだ(※呪いがかかっていないとは言っていない)。二人のために、自分が良い子だと証明しなければならないと奮起した。考えた結果、自分も隊員たちを捜索することにした。
家の外に出ようとすると"パパ"か"ママ"に連れ戻されるので、深夜にこっそり動く。二人が寝静まったのを確認し、スキル【隠密】を起動。気配を隠して移動すること自体は元の世界における十五年の旅で慣れっこだ。
加えて、ユニークスキル【欺くもの】を起動。ユニークとはどういう意味なのかミケ太郎は知らないが、単体でも普通のスキルより効果が高く、普通のスキルと併用すれば更に効果が高まるらしい。隙あらばミケ太郎を洗濯しようとしてくる隣のお婆さんから逃げ隠れしている内に、スキルの使い方はなんとなく分かった。
【隠密】と【欺くもの】のコンボを使えば、たとえ目の前を通っても、抱かれている腕から抜け出しても、気付かれることはない。ミケ太郎は自由の身となり、【念動力】で寝室の窓から外へ飛び立った。ミケ太郎は広範囲を見渡すため、徐々に高度を上げていく。屋根を超え、物見やぐらを超え、視界の上半分が三百六十度の夜空に包まれたとき、ミケ太郎はふと気付いた。
自分はその気になりさえすれば、"パパ"にも"ママ"にも気付かれず、どこへでも行くことができる。
気付かれなければ、"パパ"や"ママ"を悲しませることはない。
夜風に揺られて、綿の身体はふらふらと漂う。
ミケ太郎はいい加減気付いていた。こちらの世界において「あの二人」を呼ぶために使っている単語が、日本語における「父」や「母」を意味するものであることに。そして、自分にとっての"パパ"や"ママ"が、美咲ちゃんにとってのそれとは何かが違うことに。
自分は何をしている?
どこで道草を食っている?
空は静かだった。木々のざわざわも含めて。
いろんなことを――ミケ太郎にとっては難しいことを考えていると、たったひとつの目的のために十五年も続けてきた旅が、否定されるような気がした。だからといって、"パパ"と"ママ"に愛された時間を否定するのは、いけないことだとも思った。
頭の中で、"パパ"と"ママ"と、美咲ちゃんが、つぎつぎ浮かんでは消えていく。答えの見えない問いに思考を支配されそうになる。
ミケ太郎は頭を振って思考を打ち切った。そこに脳みそは無いが、少し息苦しさが消えた感じがした。早く、人探しを再開しないと。
ミケ太郎は村はずれの森へ飛んでいく。
きゅぅっと綿をつかむ、葛藤を振り切るように。
◆
なお、"ママ"たちは五分でミケ太郎の失踪に気付いた。我が子につけていた魔法の目印とでも言うべきものが、急速に遠ざかっていくのを感じ取ったからだ。
ミケ太郎は無生物であるが、一度は母の子宮に入ったことで「血の繋がり」を得た。もともと血に染まっていた身体に、へその緒を通じて母の血が混じったのだ。これは適切な魔法的処理を施すことで、生後間もない期間に限り、親子間の発信機――現代風に言うなら位置情報共有サービスになる。双方向通信であるため子の魔力を隠しても親は気付ける。何らかの事情で魔法が解けても「反応が消えた」ことを感知できる。
【欺くもの】は気配をごまかしたが、家族の絆を欺けなかったのだ!
「うおーッ、待ってろミケタロウ。パパが助けに行くからな!!」
「わたしも行く!!」
"パパ"は家じゅうからありったけの斧やナタをかき集めた。"ママ"は昔若気の至りで購入した「旅の魔法使い装備セット」を引っ張り出してきた。
「貴様ら監督責任というものを知らんのか、クソが!!」
転生者の失踪を聞きつけた隊長も、激しく自分を棚に上げながら駆け付けた。隣のお婆さんに優しかった実祖母の面影を見出した隊長は完全復活。戦闘用のフル装備でピンチに立ち向かう!
「きっとミケタロウは隊員さんたちを襲ったのと同じ誘拐犯にさらわれたんじゃ!」
「ハッ、どうだか! 案外黒幕はヤツ自身かもしれんぞ!」
「うるさい! 元はといえばアンタらが情けないからここまで大事になったんだろ!」
「ぬあー! わかっとるわそんなこと! 部隊始まって以来最大の不祥事だ! クソが!!」
転生者を丁重に国へお迎えするべき勧誘部隊が、転生者もろとも失踪した。誘拐にしろそうでないにしろ大損失。隊長はもう逆ギレに近いテンションで無理やり自身を動かしていた。
「ミケタロウの反応は北です! 隊長さんも挽回したいならクソクソ言ってないでキリキリ走って!」
「くそぅ、正論だ。道案内頼むぞぉ!!」
そもそも隊員が自分含め五名しか連れてこられなかった状況にも不満があった。もっと頭数がいれば他にやりようもあったはずだ。「五人いれば十分でしょ」「十五年に一度しか働かないのに予算だけはいっちょまえに取るねぇ」とか言って資金提供を渋っていた上官の憎たらしい顔が目に浮かぶ。走りつつクソクソ言うくらいでしかこの鬱憤は晴らせない。
「クソ、クソ、クソッ!!」
努力は半分しか報われないのに怠惰は確実に祟られる。努力も怠惰も関係なく理不尽は突然やって来て五歳の女児をひき殺すし人形を転生させる。現実という物語はクソクソのクソである。
だけど、もし、登場人物に良心があったなら。そこに善意があると信じていいのなら、物語は少しだけマシになる。十五年前、突然義理の娘ができて、成長を見守ってきた経験のあるがゆえに、隊長は強くそう思う。
だから隊長は誓った。絶対現実なんかに負けたりしないと誓った。「負けないもん!」って王都に残してきた三つ年上のカミさんにも言った。カミさんには半笑いであしらわれた。クソが。
隊長は夜空に向かって吐き捨てる。
「ミケタロウ! 貴様が神の子だというのなら! 無事でいてみせろ、クソが!!」