ホラホラーみんな集まってー!主人公の誕生シーンだよー!
建国暦四百十五年、ルナティア正教会の聖女クリスターヤは新たな転生者が誕生するとの神託を受けた。建国四百年祭での勇者誕生から数えて、実に十五年ぶりのことである。
これを受け、サンティス王国は転生者勧誘部隊に命じて神託にあった村へ向かわせた。両親が愛着を抱かぬうちに赤子の身柄を引き受けるためである。前世の記憶と強力なユニークスキルを持って生まれてくるとされる転生者は、幼い内から然るべき教育と訓練を受けさせ、国の象徴として育て上げなければならない。
村にはちょうど出産を間近に控えた妊婦がひとりいた。勧誘部隊は夫婦に事情を説明し、生まれるまで村で待機することにした。夫婦は初めて授かった子を国に預けることを渋ったが、今生の別れというわけでもないので仕方なく了解した。
やがて妻が産気づくと、隊員たちは夫とともに出産に立ち会った。途中、隣に住む老婆が産婆を務めると言って乱入してくる些細な事件はあったものの、特に害はなかろうと老婆込みで出産は続行された。
周囲が固唾を飲んで見守るなか、緊張を引き裂くように、するりとその子は産まれてきた。
「こ、これは……!?」
夫と隊員たちが目にしたのは、女の腹から這いずり出てくる血塗れの不気味な人形だった。
◆
「悪魔の仔だ! 今すぐ殺せ!」
「違う、人形神ピグマの遣わした神の子だ!」
「ピグマが人間を孕ませるものか。そこをどけ、クソが!」
「いやだ! 国が育てんならわしが育てる!」
部隊長と夫がやり合い隊員が仲裁するやかましい空間で、ミケ太郎は誕生した。生前そのままの記憶と肉体を保持した呪われぬいぐるみボディで。
人形が女の腹から産まれてくる地獄絵図の製作者は言わずもがな転生トラックだ。意図的にそうしたわけではなく、単に「生物向け」の転生プランしか用意していなかった不備による不幸な事故である。転生トラックはあとからそのことに気付き「やべぇどうしよう」となったが巻き戻しは効かなかった。転生トラックは全能の神などではなく、理不尽暴走&異世界輸送以外に下界に干渉する術を持たないのだ。
「た、隊長落ち着いて。ここで騒ぐと母体に障ります」
「では、あの悪魔の仔を放置せよというのか!」
「悪魔なんかじゃない! わしのかわいい長男……長女……あー、長子だ!」
「貴様も正体が分かっとらんではないか! クソが!!」
ミケ太郎は異世界語を知らないし大人たちが騒いでいる理由も分からなかったが、スキル【思念授受】の効果で周囲の考えていることは何となく把握できた。物騒なことを考えている制服のおじさんには近付きたくないので、平和なことを考えているお婆さんに近付くことにした。
「あらまぁ、元気な子だねぇ。よしよし、洗ってあげようねぇ」
老婆は耳が遠く、目も悪いので、自分が何を取り上げたのかよく認識していなかった。特に疑問を抱くこともなく、これまで村の赤子たちにしてきたのと同じように、ぬるま湯で洗ってやった。ミケ太郎は桶の中でもみくちゃにされた。
出産時についた汚れやぬめりが落ちるのは有り難いが、元々ついていた美咲ちゃんとの思い出汚れまで落とされてしまったら堪らない。ミケ太郎は新しい汚れがあらかた取れると、産湯もそこそこに【念動力】で老婆の手から脱出した。
男たちは相変わらずギャーギャーうるさかったので、ミケ太郎は静寂を求め、すぐそばに横たわっている若い女性のところへ向かった。女性はミケ太郎が胸元に飛び込んできたのを見て、恐る恐る手を伸ばした。
「これが……わたしの赤ちゃん……?」
一夜にして正体不明の何かを産んでしまった女性は、困惑して何も考えられないでいた。出産の緊張と興奮が抜けきらない頭で、しかし、ひとつの結論をひねり出し、それを腕の中に抱きしめた。
「神でも悪魔でもいい。あなたはわたしの子よ」
ミケ太郎は異世界でパパとママをゲットした。
◆
聖女クリスターヤの神託は「どこそこで転生者が生まれる」という文言だけで、その正体が生物であるか否かの言及は無かった。当たり前である。
転生者勧誘部隊は対象となった妊婦の取り違えを懸念し、王都から取り寄せた様々な検査器具・魔道具を用いてミケ太郎を調べた。結果、間違いなく転生者であるという恐ろしい確証を得てしまった。
ユニークスキルの存在もあるが、決定的なのは「名前」だった。矛盾するような話だが、転生者は名付けられる前から個人名を持っている。それは前世から引き継いだ名前であり、大魔道具『神授の名札』に表示される正式な名前だ。
ミケ太郎の場合もサンティス王国の公用語で「ミケタロウ」と発音される文字列が魔道具に表示され、生まれながらにミケタロウであることが判明した。
どう見ても転生者じゃない無生物が何回確認しても転生者である事実に部隊長は頭を抱え、国の指示を仰ぐため隊員を残し一旦王都へ帰還した。当の無生物本人は全然無生物じゃない動きで手を振って隊長を見送った。隊長は頭がおかしくなりそうだった。
「ミケタロウ、"パパ"だぞー。ほーら言ってみろ、パ・パ」
「もう、パパったら。生まれて十日も経たないのに喋らないよ」
対照的に喜色満面の反応を見せたのはミケ太郎の両親(?)だった。夫が四十歳を超えてから初めて授かった子どもということもあってか、彼らは赤子にするのと同じようにミケ太郎を可愛がった。泣くことも表情を変えることもしないし何を食べるのかすら分からなかったが、果物を口元に寄せてやると食べるまねをするので両親はひとまず安心した。ちなみにミケ太郎的には美咲ちゃんとおままごとで遊んでいるのと同じ感覚である。
(パ……パ……"パパ")
「おい聞いたか!? いま直接脳内に!!」
愛情の甲斐あってかミケ太郎もすくすくと(?)育ち、現地の言葉を用いて【思念授受】でコミュニケーションを図れるようになり始めていた。
一方、ミケ太郎は複雑なきもちだった。一刻も早く美咲ちゃんを探しに行きたいが、この人たちのもとを離れるのはダメだという思いもあった。いま自分が出て行ったら、この人たちを悲しませてしまう。
そうでなくても、久しぶりに誰かに抱っこして、撫でて、遊んでもらう時間は、相手が美咲ちゃんでないとしても、非常に甘美で捨てがたいものだった。
「この子は天才だ。今すぐにでも言葉を、読み書きを教えよう」
「そんなに急がなくてもいいんじゃない? とりあえず今日はもう遅いから寝よう」
「おお、そうだな。赤ん坊は早寝遅起きに限る」
……そして、夜ごとに想う。今このときも、この異世界のどこかで、美咲ちゃんがひとりで寝られずに泣いているかもしれない。それなのに、自分は何をぐずぐずしているのかと。
ミケ太郎は生まれて初めて、迷いを感じていた。
◆
ミケ太郎は「ぐずぐず」している間に、色々なことを覚えた。
読み書きだけでなく、異世界の"パパ"と"ママ"のこと、それから、隣のお婆さんのことも少し。
"パパ"は木こりだ。ミケ太郎には商売というものは分からないが、木を切り倒し、それを運んで、売ったお金で暮らしている、らしい。スキル【剛力】や【斧術】を習得しているお陰でふつうの木こりより力が強く、たまにクマとオオカミが合体したような獣を仕留めて帰ってくる。そういう獣は、この世界では「魔獣」というらしい。
"ママ"は魔法使い。文字通りの魔法使いだ。アニメの中の魔女がするように、"ママ"は杖の先からキラキラ光る煙や幻のちょうちょを出してみせる。スキル【幻影魔法】のなせる業らしい。美咲ちゃんに見せてあげたら喜ぶだろうなぁと思って、ミケ太郎も見様見真似でやってみたけれど、不格好なフンコロガシの幻影しか出せなかった。それでも"ママ"は手を叩いて褒めてくれた。
"パパ"も"ママ"もこの村で生まれ育ち、赤ん坊の頃には隣のお婆さんに取り上げてもらったらしい。二人だけじゃなく、村の大人たちの大半はお婆さんにおしめを替えてもらったか、自分の子どもの面倒を見てもらったことがある。お婆さんには誰も頭が上がらない。住民たちは奇妙な赤子を訝しがりながらも、まぁあの婆さんが取り上げた子だから……と経験から来る一応の信頼を寄せていた。ご近所さんたちは一定の距離を置いているものの、概ね親切にしてくれる。
ミケ太郎は、ここが異世界であるという認識をいまひとつ持てなかった。変わった姿の獣はいるし、魔法もあるけれど、それはテレビの中にも存在したものだ。ミケ太郎にとって、テレビで見たものは「どこかにあるもの」。同じ世界の中の、テレビで映されるくらい遠い国に、ちょっと旅行でやって来た、と言われてもミケ太郎は納得する。
ユニークスキル【美咲感知】にも、今のところ美咲ちゃんの反応はない。距離が遠すぎるのか、それとも、来る世界を間違えたのか。
転生トラックの行き先間違いなんかも疑い始めた頃、事件が起きた。
◆
「スミス隊員が?」
「ええ。今朝から見当たらないんです」
村に残った四人の隊員のうち、一人が行方不明になった。昨晩、部隊に貸し出された民家の一室で就寝したところまでは皆確認しているが、朝にはもぬけの殻になっていたという。
「戸は閉まっていて、でも、窓は開いていて。外出するにしても窓からはおかしいですよね?」
「ふむ、確かに心配ですな。手分けして探しましょう」
隊長はともかく、穏健で協力的な隊員たちとは、"パパ"と"ママ"もすぐに打ち解けていた。出産疲れの残る"ママ"を除き、"パパ"と残りの隊員たちの五人体制で、村全体を探し回ることになった。
「ミケタロウはママとお留守番ねー」
("おるすばん")
「そう、お留守番。ママも行きたいけどねー」
どれほど戦力になるかは分からないが、"ママ"をサポートすべく、隣のお婆さんも駆けつけてくれている。
"パパ"の行き先が林かそうでないかという違いだけで、これも日常の一ページか。そんな風に思い、また一日をぐずぐず過ごしたミケ太郎のもとに、夕方、"パパ"が帰ってきて言った。
「隣り村まで探し回ったが見つからん。こりゃあ一大事かもしれんぞ」