④
結局私は本社に移動することを決めた。
引っ越しを余儀無くされるが……独身寮の空きを優先的に宛がってくれるらしく、寮なので家賃も安いと至れり尽くせりだ。
二年縛りとはいえ、賞与もきちんと出る。今までより貯金はできるだろう。
その先本社配属を希望するにはそれなりに頑張らなければならないものの、転職をするならキャリア的にはむしろおいしい条件だった。
いつまでも地方で燻っているよりは、ずっと。
「……そう」
課長は私の決断に「そう言うと思っていた」そうだ。
あれから彼とはなにもない。
指輪も相変わらずだった。
異動の話の為今度は私から誘った喫茶店で、冷めてしまったブレンドを口に含む。
「……あの」
「なに?」
「…………」
『どうしてあの時、家に誘ったんですか?』
「──いえ、なんでもありません」
聞くのをやめた。
手元のカップに残るコーヒーのように、冷めてしまって苦いだけな気がして。
──ガタン、ゴトン
不思議と柔らかく電車の通過音。
あの時と違って心が凪いでいるのを理解する。
おそらく私は彼に憧れていた。
それは異性という意味合いではなく。
……そして嫉妬をしていたのだ。
月曜の夜、ささくれだった気持ち。
みっともなく、ただその苛立ちをぶつけた。
彼は私のことを、摺れた女だと思っただろうか。
「このあとウチに来ないか」
微妙に違う台詞。
「話すことならありませんが」
「いい、それで」
(……いいんだ)
どういうつもりなんだろう。
考えるまでもない……そういう相手、という意味か。
微妙な心の揺らぎには気付かないふりをして、彼の言葉に従う。
重なった肌の温もり。
確かなモノはそれだけだと思っていたいのならば、拒むのは違う気がして。
(それでいい)
摺れた女だと思われるより、彼に甘えてしまった金曜日の弱い女を私だと思われるのは、もっと嫌だった。
あの夜ふたりの間になにかが生まれていたとしても、そんな不確かなモノを探りたくはない。
繋がりを求めるより、ただ刹那であっただけの方がよっぽどいい。そこに理由を求めて、心が乱れるよりは。
……なのに。
課長は家に入れるだけいれておいて、私を抱く素振りなど見せなかった。
それどころかまるでそんな空気にもならない。
私は私で、金曜日の夜のような心の隙もなければ、月曜の夜のような憤りに似た激情もない。
正直、どうしていいかわからなかった。
…………結局のところ、慣れてないのだ。
──ガタン、ゴトン
ただ時間だけが過ぎていく。
──ガタン、ゴトン
何本もの電車が通過していった。
「そろそろ、帰ります。 電車が……」
「遅いから泊まっていきなさい。 危ないだろう」
「……親戚のおじさんですか?」
あまりにも色のない彼の物言いに、私は呆れてついそんな事を口にする。
課長は「おじさんとは酷いな」とごちりながら私の為に部屋着を用意した。
「ベッド、使って」
「……課長も……」
「俺はいい、ここで」
「…………」
ようやく理解した。
このひとは待っているのだ。
私からの質問や気持ちの吐露を。
「……酷いひとですね」
「何故?」
「…………寝ます。 おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
言い返そうとすると、どうしても質問になってしまう。
してやられた気がして、悔しくて眠れない。
暫く悶々と寝返りを繰り返した後、意を決してベッドを降りると課長の元へ行った。
「あの……」
「なに?」
課長はまだ起きていた。
「………………寒くて、眠れないんです」
ソファに座り、コーヒーを飲んでいた彼の隣に座り、身を寄せる。あざとく迫るも月曜程の勢いはなく、緊張と恥ずかしさで声が震えた。
「………………」
「………………」
長い沈黙。
実際はほんの数秒だったのかもしれないが。
「…………ふっ」
課長が堪えきれずに吹き出したことで沈黙は破られた。
…………本当に酷いひとだ。
閲覧ありがとうございます。
課長の見た目はとりあえず、ノット眼鏡民のフツメン。※(眼鏡描写がないから)
もしイケメンで脳内再生してた方、いらっしゃいましたら申し訳ありませんが、後でどこかにその辺の描写をいれますのでご了承ください。
これはフツメン×地味子の話なんで。(いつの間にか決まった割には譲れない)
まぁ……美男美女設定で面白い話でもないと思うけど。