③
部屋に入るとなんだか金曜日より荒れていて、雑然としているように感じられた。
課長はソファの上に散らかった部屋着を捨てるように片付けて、そこに座るよう促した。
「……なにか淹れる」
「いえ、結構です。 それよりも……シャワー、浴びてきて良いですか」
「そんな!……つもりで、呼んだんじゃ、ない」
声を荒げた事に気付いてか、一呼吸分置いて言葉を紡ぐ。辿々しく。
酷く滑稽だ。
金曜より荒れた部屋も、口調も。
積もる苛立ちを静めるように、電車の音に耳を澄ます。
──ガーッ
新幹線か、特急か……激しい音が過って、すぐ消えた。
「金曜日は……悪かった」
「いえ、悪くありません。 合意、ですから。 誰かに言われると心配してるなら安心してください。 言う気もないし、そんな話をする人もいませんから」
「そんなこと、思ってない」
『じゃあ何のために呼んだんですか?』
聞きたくもない質問が口をついて出そうになって……飲み物を用意しようと立ち上がった彼の腕を掴んだ。
背伸びして、唇に触れる。
身体を預けようとした私の肩にそっと触れた彼の右手は、ほんの少し躊躇いをみせてから私を押し戻した。
「話がしたい」
──イヤだ。
「……しないなら、帰ります」
背を向けた私を、今度はちゃんと抱き締める。どこか確認でもするかのように少しきつく腕を締めると、溜め息を漏らしながら呆れた様に言った。
「君は……いつもこうなの?」
「そう見えるならそうなのでは?」
「見えないよ」
「…………」
私を後ろ向きに抱き締めたまま、彼はソファに座った。
彼の方を向こうとして気付く。
身体が動かないことに。
「さ、話をしようか」
「!」
……やられた。
抱き締められたのではない、捕縛されたのだ。
これでは反撃のしようがない。
「しないなら……」
「するよ、話をね。 仕事の話がいいならそれからにしようか?」
──仕事の話?
「……なんです」
「本社に移動する気、ある?」
それは、唐突な話だった。
課長曰く、コンプライアンスの改訂や、優秀なオペレーター、SE等の専門職に外国人スタッフを採る事から、グループ全体のマニュアルを製作する事になったらしい。 その製作につき、支部の全てで契約社員という形の本社に移動するスタッフを集めていると。
「特別な知識は必要ないが、勤勉で真面目な事務スタッフが必要なんだ。 契約は2年縛りだが派遣という形を希望すれば2年後には今の職場に戻れる。……給与も悪くない。 少なくとも今よりは」
社外秘なので、口が固く、真面目であることは絶対条件……まぁ、ウチの職場には確かに私以外いないだろう。
「……本当は金曜日に話す予定だった」
そう言った後でなにやらもにょもにょと口にしていたが、小声過ぎて聞き取ることは出来なかった。
──ガタン、ゴトン
何本目かの電車が行き交う音で、漸く課長の方が口を開いた。
それまでふたりともただ黙っていて……後から考えれば意味のわからない空間だったと思う。
「……送っていく」
「……あ……」
「ありがとうございます」、とだけ小さく告げる。
もうなんだか脱力してしまっていて、それ以上の事は聞く気になれなかった。
閲覧ありがとうございます。
……なんの会社なんすかね?(ボソリ)
だがそこは突っ込んではいけない。
オフィス恋愛モノあるある。