綺麗な百合には裏がある
【表】
わたしことリーラはソロの冒険者だ。
別に好きでソロでやっているわけではない。
ただなぜかわたしとパーティーを組んだ人たちがことごとく不幸な目に遭い、仕方なくソロでやっていかざるをえなくなっただけだ。
ここで冒険者について説明しておこう。
冒険者はクエストを受けたり魔物を退治したりしてお金を稼ぐ職業だ。
危険な目に遭うことも多く、それゆえよほどの実力がない限りはソロでやっていくのは無謀とも言える。
誰もパーティーを組んでくれなくなったとき、わたしはギルドの受付嬢に転職を勧められた。
当たり前だ。なぜならそのときのわたしの実力は駆け出しをようやく抜け出したというレベル。
とてもじゃないけどソロでやっていける実力じゃない。
だけどわたしは冒険者を辞めなかった。
わたしには夢があったから。
≪百合騎士≫フローレンスの隣に並び立つという夢が。
≪百合騎士≫フローレンス。
透き通るような銀髪が腰まで伸び、街で出会えば十人中十二人が振り向くほどの美貌の持ち主。
その美しさと圧倒的な実力からついた二つ名が≪百合騎士≫。
彼女は最高ランクのSランク冒険者にして、わたしの命の恩人でもある。
わたしが冒険者になる数年前、住んでいた村が大量の魔物に襲われた。
わたし以外の村人は全滅。
わたしもあわや殺されるというところで、当時たまたま近くに来ていたフローレンスが助けてくれた。
そのとき見た彼女の圧倒的な力と凛とした後ろ姿は生涯忘れることはないだろう。
天涯孤独になったわたしはフローレンスに連れられて王都にやってきた。
最初はわたしはアルバイトでもしてひとりで生活していくつもりだったけど、フローレンスはそれを許さなかった。
なんと彼女はわたしの命を救ってくれただけでなく、わたしの面倒を見るとまで言い出したのだ!
さすがにそこまで迷惑はかけられないと一度は断ったが、結局わたしの方が折れて、わたしとフローレンスは一緒に暮らしていくことになった。
本当にフローレンスには頭が上がらない。
とまあそんな経緯があって、どうしてもフローレンスに恩返しがしたくて、あといつか彼女と一緒に冒険してみたいという想いから冒険者になったのはいいけども、現状は厳しいと言わざるをえない。
一応Sランクとパーティーが組めるAランク冒険者にはなれたけど、どう考えてもわたしの実力じゃないんだよね。
ソロでここまでこれたのは幸運に幸運が重なったからだ。
例を挙げると討伐対象がなぜか瀕死の状態でわたしの前に現れたり、ダンジョンのトラップが故障したのか知らないけど全く発動しなかったり。
先日もAランク昇格の条件だったアースドラゴンが、わたしが戦おうとした瞬間ポックリ逝った。
あれ、わたしって魔眼の持ち主だったっけ?
そんなはずがないのできっとたまたま病気か何かで死ぬ直前にわたしの前に現れたのだろう。
ここまできて、さすがにおかしいと思ったわたしはあるひとつの仮説を立てた。
それはわたしは「自分を幸運にする代わりに周囲に不幸をもたらす」能力の持ち主だってこと。
今思えば住んでいた村にいきなり大量の魔物が現れたのも、パーティーを組んだ人たちが不幸な事故にあったのも、討伐対象が瀕死だったのも、トラップが発動しなかったのも、そう考えれば辻褄が合う。
無機物まで不幸にしてしまうとは、わたしは自分の力が恐ろしくなってくる。
だからわたしはあるひとつの決断をした。
「リーラ。話ってなにかしら?」
「フローレンス。わたし……」
駄目だ。言葉がこれ以上出てこない。
わたしはフローレンスに別れの言葉を告げるつもりだったのだ。
わたしと一緒にいれば、いつかフローレンスにも不幸が降りかかってしまう。
命の恩人に、最愛の人には不幸な目に遭ってもらいたくない。
だと言うのに……。
「う、うぇっ」
「リーラ!」
駄目だ。涙が止まらない。
「リーラ。落ち着いて」
泣きじゃくるわたしをフローレンスは優しく抱きしめてくれた。
「何か嫌なことでもあったの?」
「グスッ。ち、違うの、そうじゃなくて……」
わたしはポツリポツリと自分の仮説およびフローレンスを不幸にさせないためにこの家を出るつもりだということを話した。
そうしたらフローレンスのわたしを抱きしめる力が強くなった。
「馬鹿なことは言わないでリーラ。少なくとも私はあなたと5年近く暮らしているけど、不幸な目に遭ったと感じた事なんて一度もないわ」
「でもこれからどうなるかわからないし……」
「ならこうしましょう。あなた確か今日Aランクに昇格したわよね? 明日から一緒にパーティーを組みましょう。それでもし私に不幸が訪れるようなことがあったら、そのときはパーティーは解散、あなたはこの家を出て行く。この案どうかしら?」
フローレンスと一緒にパーティーを組む。
わたしの夢がひとつ叶うのだ。
でももしわたしのせいでフローレンスが大けがでもしたらと考えると素直に喜べない。
「そんな悲しい顔しないで。大丈夫よ。あなたは決して≪疫病神≫なんかじゃない。私がこの身を以てそのことを証明してあげる」
「フローレンス……」
≪疫病神≫というのは冒険者の間で密かにつけられたわたしの二つ名だ。
冒険者の嫌われ者。それがわたし。
そんなわたしをフローレンスは見捨てないでくれた。愛してくれた。
「ほんと、フローレンスには頭が上がらないよ。愛してる」
「私もよ」
わたしたちの間にこれ以上言葉はいらない。
そのままわたしとフローレンスの影がひとつになった。
☆☆☆
後日談。
フローレンスとパーティーを組んで以降、わたしの周りが不幸になることはなくなった。
結局は私の勘違いだったのだ。
ただ偶然が重なっただけ。
もう討伐対象が瀕死の状態で現れることも、パーティーメンバーが不幸な目に遭うこともない。
宣言通り、フローレンスは身を以てわたしが≪疫病神≫なんかじゃないことを証明してくれたのだ。
ますますわたしが彼女のことを愛するようになったのは言うまでもない。
わたし自身もフローレンスの指導のもとにメキメキと実力をつけ、とうとうソロでも十分にやっていけるレベルになった。
まあわたしとフローレンスがパーティーを解散するなんて、天地がひっくり返ってもありえないけどね。
これから先も、わたしとフローレンスは同じ道を歩み続けるだろう。
【裏】
その少女を一目見た瞬間、私に電流が走った。
パッチリしたおめめにふっくらとした唇。街で出会った十人中十二人が頬を緩めるであろうかわいらしい顔をしている、栗色の髪の毛を持つ小柄な少女だ。
彼女は父親であろう男性と手をつないで王都を散歩していた。
話の内容から少女の名がリーラであること。彼らは王都出身ではなく、ここから馬車で数日かかる距離にある村の出身であることがわかった。
つまりこの機会を逃せば私は一生この少女と会えなくなるかもしれないのだ。
私はリーラをさらって自分のモノにしたい欲望にかられたが、そうしてしまえば私はこの少女に一生恨まれてしまうだろう。
一瞬調教すればいいんじゃないかとも考えたけど、私に人形を愛でる趣味はない。
どうせならありのままの彼女と愛し合いたいものだ。
そこで私は一計を案じた。
私が天涯孤独になったリーラを魔物の魔の手から救い出せばいい。
そうすればリーラは私を頼らざるをえなくなるし、あわよくば私を好きになってくれるかもしれない。
同性同士なのでいきなり恋愛関係になるのは難しいだろうが、それは一緒に暮らしていく中で教育していけばいいだろう。
さっそく私は親子の跡をつけて彼らの住んでいる村を突き止め、それから魔物を集めることにした。
誰も知らないが、私には剣と魔法だけでなく魔物使いの才能もあるのだ。
つくづく私の才能が恐ろしくなってくる。
まあそのおかげで計画を実行に移せるわけだが。
やることはとっても簡単。
調教した魔物たちに隠ぺい魔法をかけ、村に放ってそれから隠ぺい魔法を解除するだけ。
当然リーラを襲うフリをしてもらう魔物以外はリーラに危害を与えないよう命令しておく。
リーラ以外の村人?
私の知ったことではないし、そもそもこの計画はリーラを天涯孤独にしないことには始まらない。
よってリーラ以外の村人は全員死んでもらう。
計画は無事成功し、私とリーラは王都で一緒に暮らしていくことになった。
彼女が最初ひとりで生きていくつもりだと知ったときは少し焦ったが、なんとか説き伏せて事なきを得た。
どうやら目論見どおり私に好意を抱いたようで、時折私を見るまなざしに熱がこもっていることに気づいたときは笑いを抑えるのに一苦労した。
これなら数年もせずに私たちは恋人同士になれるだろう———
☆☆☆
誤算だったのはリーラが冒険者になりたいと言い出したことだ。
本音ではリーラには冒険者なんて危険な仕事はさせたくない。
ただリーラは私が家に帰ってきたときに「おかえり」と言ってくれるだけでいい。
私を愛してくれればそれ以上は何も望まない。
でもリーラの私と同じ立場に立ちたいという気持ちが痛いほど伝わってきたから許すことにした。
大丈夫。彼女が危険な目に遭わないようずっと見守っておけばいいだけの話だ。
幸い貯金は一生使い切れないほどあるし、私はソロの冒険者だから全く支障はない。
唯一厄介なのは指名依頼があった場合だが、そのときはあれこれ理由をつけてリーラには留守番をしてもらおう。
それから私はリーラを危険から遠ざけるため、あらゆる手を尽くした。
リーラがパーティーを組んだら不幸な事故に見せかけてパーティーメンバーを始末し、魔物に襲われそうになったらその前に処理しておく。
ダンジョンのトラップを解除しておくことも忘れない。
ある日リーラが帰ってくるなり大泣きしたことがあった。
なんでもある受付嬢と冒険者に陰で≪疫病神≫と呼ばれていたらしい。
私はリーラを慰め、彼女が寝静まったころを見計らって、リーラの悪口を言ってたギルドの受付嬢と冒険者をこの手で始末した。
フフ。馬鹿な人たち。
私がずっとリーラを陰から見守っていたことを知らなかったばかりに死ぬことになるなんてね。
まあ私のリーラを馬鹿にした当然の報いだから同情はしないけども。
☆☆☆
とうとう私のリーラがAランクにまで登りつめた。
これでやっとパーティーを組める。
ちなみにリーラを襲おうとした愚かな緑のトカゲは私が心臓凍結の刑に処した。
いつも通りに瀕死にさせてリーラにトドメを刺させてもよかったけど、厄介なことにアースドラゴンは外皮がとてつもなく硬いからね。
今のリーラがこいつにトドメを刺すのは不可能だろう。
リーラのAランク昇格祝いをするため私は一足先に家に帰り、ごちそうを用意してリーラの帰りを待っていた。
「……ただいま。フローレンス」
リーラが帰ってきたけど様子がおかしい。
Aランクに昇格しためでたい日のはずなのに、彼女の顔は一様に暗い。
どうしたというのだろう。また陰口でも言われたのだろうか?
私が困惑していると、リーラはその口を静かに開いた。
「ねえ、フローレンス。ちょっと話があるんだけど……」
そこまで言ってリーラは口を閉じた。
私の経験則上、こういう場合はただ待つより私がリーラを誘導した方が早い。
「リーラ。話ってなにかしら?」
「フローレンス。わたし……」
あの日のようにリーラが突然涙を流し始めた。
誰? 私のリーラを泣かせるクズ野郎は。
そいつはただ殺すだけでは生ぬるい。
徹底的に痛めつけて生まれてきたことを後悔させないと。
私がほの暗い決意を抱く中、リーラはポツリポツリと自分の考えをしゃべり出した。
え、リーラがいると周りが不幸になる?
どうしてリーラはそんな考えに至ったのかしら?
ああ、きっとリーラは陰で≪疫病神≫と言われていることをずっと気にしていたのだろう。
そんな有象無象の言葉なんて聞く価値ないのに。
さらに私を不幸にしないためにこの家を出るなんて話まで出てきたので私は慌てて反論した。
「馬鹿なことは言わないでリーラ。少なくとも私はあなたと5年近く暮らしているけど、不幸な目に遭ったと感じた事なんて一度もないわ」
「でもこれからどうなるかわからないし……」
「ならこうしましょう。あなた確か今日Aランクに昇格したわよね? 明日から一緒にパーティーを組みましょう。それでもし私に不幸が訪れるようなことがあったら、そのときはパーティーは解散、あなたはこの家を出て行く。この案どうかしら?」
うん、元からパーティーは組む予定だったし我ながらいい案だと思う。
まあ仮に私が大けがをするようなことがあってもリーラと別れるつもりはさらさらないけどね。
でもここまで言わなければリーラは決して納得しないだろう。
んー。まだ顔が暗いな。
もうひと押しかな。
「そんな悲しい顔しないで。大丈夫よ。あなたは決して≪疫病神≫なんかじゃない。私がこの身を以てそのことを証明してあげる」
「フローレンス……」
よし。やっとリーラの顔に輝きが戻った。
リーラの泣き顔もそれはそれでソソるけど、やっぱりリーラには笑顔が一番似合う。
欲望に負けずリーラを無理やり連れ去らなかった過去の私をほめてやりたい。
それから私たちは愛の言葉をささやき合い、口づけを交わし、ベッドに行こうとしたところで———
「ねえ、フローレンス。その前にまずは食事にしない?」
あ、ごちそう用意してたことすっかり忘れてた。
☆☆☆
後日談。
結局、私とリーラがパーティーを組んでから私が不幸な目に遭うことは一切なかった。
一応警戒はしてたけど、私の予想通りリーラの考えすぎだったのだ。
「ほら、私の言った通りだったでしょう?」
「そだね。わたしは≪疫病神≫なんかじゃなかったよ」
リーラの≪疫病神≫という不名誉な称号はなくなった。
そのことが自分事のように嬉しい。
「でも不思議なんだよねー」
「なにが?」
「他の冒険者に嫌われることはなくなったけど、その代わりになんか畏怖の目で見られるようになった気がする。わたしなんてフローレンスに比べたらまだまだなのにね」
そう言って苦笑するリーラはやっぱりかわいい。
「でも気にしてないんでしょう?」
「うん。昔のわたしは陰口で傷ついていたけど、今思えばあんなどうでもいい有象無象なんて気にする必要なかったんだね。わたしは———」
「私は———」
「「フローレンス(リーラ)さえいればいい。他の人間なんてわたし(私)たちの世界には必要ない」」
顔を見合わせて私たちは笑う。
ああ、この時間が愛おしい。
時が止まってくれればいいのに。
「時よ止まれ。君は誰よりも美しいから」
「あはは。いきなりどうしたの?」
「この前読んだ本の一節にあったのよ。まさしく今の私の気持ちを代弁したセリフね」
「へー。フローレンスはもの知りだね」
こんな何気ない会話が愛おしい。
本当にリーラと出会えてよかったと心から思う。
「ところでフローレンス。話は変わるけど、この前無謀にもフローレンスをナンパしてきた連中いたじゃん」
「ああ、あのうっとうしいゴミ虫どもね。あまりにもうざかったから実力行使で追い払ったけど、そいつらがどうしたの?」
「それが今朝死体になって出てきたらしいよ。しかも拷問されてたみたい。怖い世の中だよねー」
そのセリフとは裏腹にリーラの顔は明るい。
褒めて褒めてという顔で私を見上げてくる。
まったく、この子は……。
「リーラ。そんなどうでもいい人間、わざわざあなたが気にしなくていいのよ」
「だってわたしのフローレンスに色目を使ったんだよ! 当然の報いだと思うけど」
「……そうね。天罰が下ったのね。せいせいしたわ。さて、この話はおしまい。もっと楽しい話題にしましょう」
そんな会話をしながら、私たちは今日も今日とて共に歩み続ける。