会いたい
8
どうしてこうなったんだろう……?
部屋には、吉高さんと、私、そして何故か…………ベッドで眠る隼人。
なんて重苦しいんだろう。この部屋は、まるでGがかかったように重い空気だった。
私が吉高さんの前にコーヒーを置くと、吉高さんが口を開いた。
「瑠璃、この前どうして先に帰った?」
「えっと……その……急に……用事を思い出して……。」
「病院には本当に行ったのか?」
なんだか怖くて、吉高さんの方を向けなかった。
「……行きました。」
「突発性難聴、だったか?」
「え?」
どうしてそれを?
「治療は?仕事はどうするんだ?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。どうしてそうだって決めつけて話すんですか?」
「違うか?」
吉高さんの圧に、嘘がつけなかった。
「そう……でした。」
「やっぱり。梨理もなった事がある。その時は運良く1週間以内に病院へ行って、すぐに治療が始められた。」
知らなかった。梨理も、同じようになった事があるんだ……。
「耳が慣れてからだと完治しにくい。だから瑠璃に………………」
吉高さんの話の途中で、隼人が目を覚ました。
「……ん?」
「あ、隼人、気がついた?」
私が隼人に声をかけると、隼人はゆっくりと起き上がった。
「え?瑠璃ちゃん?ここは………………えぇ!?」
隼人は慌ててベッドから降りると、こっちが驚くほど驚いていた。
「何で、なんで僕はここにいるの!?」
自分の格好にも気がついた。
「何!?何なのこの格好!!」
そして、頭を抱えてしゃがみこんだ。
「えぇええええ!?何だこれ~!?」
どうやら、隼人にはどうしてこうなったか記憶が無いみたい。それって結構………………ヤバくない?
女装に目覚めたのかと思ったけど……そうじゃないの?
そんな事を思っていると、隼人は突然立ち上がって叫んだ。
「梨理だ!!」
梨理………………だ?
隼人の意外な一言に、一瞬恐怖を感じた。
「梨理だ。って…………何だ?」
すると、ソファーに座って黙って様子を見ていた吉高さんが隼人にそう訊いた。隼人はその問いに答えないまま、私にこう訊いた。
「瑠璃ちゃん、もしかしてこの人…………吉高さん?」
私が頷くと、隼人は血の気が引いたように、顔が青ざめていった。
やっぱり………………どうしてこうなったんだろう?
それは、私が次の休みの日に、実家近くの病院へ行った時の事だった………………
実家の方向から、明らかに女装した男の人がやって来た。その男は私の顔を見ると、突然、親し気に話しかけて来た。
「あ!瑠璃~!久しぶり~!」
「え?は?」
それは、良く見たら……隼人だった。
それは確かに久しぶりだけど……。
「どうしたの?私、何かおかしい?」
隼人は、自分の格好を見て、クルリと回って私にそのワンピースを見せて来た。
私は突然の事で、思考が止まった。どうしていいか、わからなかった。正直、反応に困る。
「る…………」
隼人が私の名前を呼ぼうとした瞬間、私は先に怒鳴りつけた。
「何考えてるんですか?」
「え?」
「何考えてるって……どうしたの?久しぶりに会ったからって、その態度はないんじゃない?」
冷静に隼人にそう返されて、愕然とした。
「…………そうですね。すみません。」
もう、すみませんとしか言えなかった。
ここを離れよう。何だか怖い。隼人が隼人じゃないみたい。私はそう言ってその場から立ち去ろうとした。すると……
「ちょっと待って!」
「まだ何か?」
「いや、あの…………」
何故か隼人は私を引き止めて、何かを言いたそうにしていた。
「あれ?瑠璃、制服は?どうしてスーツなの?まさか高校辞めて働いてるとか!?」
「はぁ?」
何言ってるの?高校生だったのは10年近く前でしょ!?本当に……どうしちゃったの?隼人?
「あの、ハッキリ言わせてもらいますけど、梨理がいなければ、私達はただの他人ですから。」
「梨理がいなければ…………?」
それ、どうゆう意味?という顔をしていた。
理解できない?どうして?
「何言ってるの?私ならここに……瑠璃、悪い冗談は止めてよ。」
悪い冗談!?冗談をやってるのはそっちでしょ!?梨理みたいな格好して、実家の周りうろついて、完全に不審者だよ!!
私は思わず後退りして言った。
「そっちこそ!悪い冗談は止めてよ!気持ち悪い!!」
「気持ち悪い…………?」
そう言った瞬間、隼人はふと花屋のガラス張りの自動ドアの方を見て、突然倒れた。
とっさになんとか隼人を支えた。隼人が華奢で良かった。私は重い隼人の頭をゆっくりと置いて、道の端に横たわらせた。
どうしよう……。もうすぐ病院の時間……でも今はそれどころじゃない。
救急車?救急車を呼ぼう。
そう思って携帯を見たら、隆人から着信があった。そうだ隆人!!隆人に来てもらおう!!
隆人に電話をかけても、隆人は電話に出なかった。仕方なく電話を切ると、ちょうど吉高さんから電話があった。
「もしもし?吉高さん?えっと、あの今……そう、私、救急車呼ばなくちゃいけなくて……」
「救急車!?」
吉高さんは驚いて、様々な質問をしてきた。今どこにいるのか、何があったのか、警察は必要なのか……。
私はいつしか、吉高さんに助けを求めていた。
「吉高さん……助けて……。」
その一言に、吉高さんはすぐに車で駆けつけてくれた。
そして、隼人をこの部屋に運んでくれた。
そして、現在………………
吉高さんと隼人の対峙に至る。
「俺が、吉高 礼於です。はじめまして……じゃないか……葬式の時、一度拝見してます。あなたが、大森 隼人さんですよね? 」
「え、あ…………はい…………。」
「で?梨理が?どうしたんですか?」
吉高さんの隼人への敬語が、何だか怖かった。
すると、隼人はこうなった理由を話始めた。
「梨理の幽霊が出て」
「ゆ、幽霊!?」
真顔で幽霊とか言う人初めて見た……。
「梨理と半分こしたんだ。」
「は?……半分こ?」
言ってる意味がわからない。
「多分、僕達、僕の体を……意識をシェアしてるんです。」
「意識のシェアって何?」
「それは……つまりは………梨理にとりつかれてるって事だと思います。」
本当の所は隼人にもわからない。だけど、昼間に意識の無い時間が増えたらしい。それは、梨理が隼人の体を使っているからではないか。という訳だった。
梨理の幽霊?今さら?
「別に、梨理には僕が特別とかそうゆうんじゃないんです。ただ……」
隼人は何だか言葉を詰まらせながら、言い訳していた。
でも、どうフォローしても、幽霊の梨理が隼人の所に行った事は変わらない。死んでもなお、会い行ったのは吉高さんの所ではなく、隼人の所だった。
「すみません。これで失礼します。」
それから隼人は、逃げるように帰って行った。
隼人が帰った後、私は吉高さんに訊いてみた。
「吉高さん、隼人の話、どう思います?」
こんな話、信じられる訳がない。
「………………。」
隼人の話を聞いた後、吉高さんは黙ったまま冷めたコーヒーを眺めていた。
「でも、もし………もう一度梨理に会えるなら、それが梨理の姿をしていなくても……会いますか?」
「………………。」
吉高さんが答える前に、思わず言葉が出ていた。
「ダメですよ……。」
私は慌てて自分の出した言葉をごまかそうとした。
「え、あ、そんな……そんなの簡単に信じちゃダメですよ~?そんなのすぐ信じたら、霊感商法とかに騙されますよ?」
それでも、吉高さんは小さな声ではっきりと言った。
「それがもし、本当に梨理だとしたら……たとえ幽霊の姿でも、俺は会いたい。」
会いたい。
その言葉は…………私の胸に深く深く突き刺さって、抜けない刺のように胸を傷める。それは……
痛い。
吉高さんを想うと……
苦しい。
梨理を想うと……
悲しい。
私には何もできないと思うと……
辛い。