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勝負



私にビリヤードで勝とうなんて、いい度胸だね。その度胸だけは買ってあげる。


隆人に、ビリヤードで勝負しようと呼び出された。


地元の駅の少し離れた雑居ビルの2階に、古いビリヤード場がある。そこは、私が高校時代に入り浸っていた場所だった。ここに来るのは何年ぶりだろう?むしろ、まだ営業してたんだ。その事に少し驚いた。


店の中に入ると、エプロンをつけたおじいさんがいた。店長……?おじさんだった店長が、おじいさんになっていた。


それほど、10年という時間の月日の長さを感じた。私はなんだか、玉手箱を開けたみたいな気分になった。


「瑠璃……?瑠璃か?久しぶりだなぁ~!」

「店長!お久しぶりです。ここ、全然変わらないですね~」

「まぁな。変わらないだけが取り柄だ。」


カコーンと球を打つ音、球がポケットに入る音、グリーンのマットに、白い球。久しぶりにキューに触れた。


「タカ、お前も久しぶりだな。」

「え?隆人もここ常連?」

「え?ああ、まぁ……。」


何故か隆人は空返事だった。受付を済ませた後、キューを選んでいる隆人に一応言っておいた。


「言っとくけど、実家が近いからって寄らないからね?」

「そう警戒しないでよ。あの時は瑠璃の母さんに頼まれただけ。今日は、真剣勝負。」


それならいいけど……。


隆人にはいつも裏がありそうで、警戒を怠れない。


「ブレイクやりたい?」

そう訊かれて、思わず食い気味で答えた。

「やりたい!」

「どうしよっかな~じゃんけん、ポン!」

「え?あ、ちょっ!」


とっさのじゃんけんに対応できなくて後出しで勝ってしまった。


「じゃ仕方がない。ブレイクショットをどうぞ。」

「どうせ譲ってくれるなら、じゃんけんしなくても良くない?」

「良くない。お互い納得できる方がいいっしょ?」


え?それで納得行くの?


全然感覚が取り戻せないけど、とりあえず1番ボールめがけてショットを打った。すると、打った球は左サイドにずれて、7番ボールをかすっただけで、全然崩せなかった。


「嘘…………。」

「おいおい、最初の自信はどこ行った~?」


ショットの力が弱くなってる……。


10年のブランクの重さをひしひしと感じた。


学生時代は、プロを目指そうかと思うほど、ビリヤードにハマった。色々忘れていたけど、ブリッジを組む手の形だけはまだ覚えていた。


ビリヤードは、初恋の人が教えてくれた。初恋の人は、塾の先生だった。


あの時、恋愛なんかにうつつを抜かしてないで、ちゃんと勉強していたら……今の自分にはもっと別の未来があったかのな?と、たまに思う事もある。


いや、勉強不足を他人のせいにしちゃいけない。大学に行かないって決めたのは私だ。


キューにチョークを塗りながら、隆人がこんな提案をしてきた。


「このゲームで、買った方が何でも言う事聞くってのはどう?」

「それ、賭けにならないよ?」


だって、当然私が勝つし。それでも、隆人はやってみなきゃわからないと言って意気込んでいた。


でも、あまりやったことがないようで、フォームはガタガタ。全然ダメ。


結局、普通に私が勝った。


「じゃあ、何でも言う事聞きますよ。姫。何なりとお申し付け下さい。」

「何がいいかな~?」

「何?何でもいいよ。」


何だか嬉しそう?隆人はMなの?


隆人は何故か嬉しそうな顔をしていた。


「うーん、別に隆人に言う事聞いて欲しい事なんてないよ。」

「え?何でもいいんだよ?バッグ買って~とか、どっか連れて行け~とか、何か上手い物奢れ~とか」


7つも年下の学生さんに、そんな要求できないよ。


「じゃあ…………もう1ゲーム対戦して。」

「そっちか!!」

「また賭けてもいいよ?まぁ、多分次も私が勝つと思うけど。」


今度も、当然私が勝つ。と、思ったら………………


さっきとはまるで様子が違う。フォームも驚くほど綺麗になって、スタンスも違う。隆人の打つ球は、吸い込まれるようにポケットに入って行った。私はろくに打たせてもらえないまま、ゲームは進んだ。


実力は、一目瞭然だった。


「あれ?どうしたの?瑠璃、調子悪い?」


隆人は意地の悪い顔をして声を抑えて笑った。

白々しい!!ムカつく!!何が真剣勝負だよ!


やっぱり、さっきは手を抜いてたんだ……。さっきはわざと負けた?


悔しかった。手を抜かれた事に、心底悔しかった。


結局、まさかの逆転負け。


負けた!?隆人に負けた!?あり得ない!!


ショックで呆然とした。


「あんまりやったことないとか嘘だよね?」

「そんな事言ったっけ?」


隆人はもっと嬉しそうな顔をして、私の目の前に寄って来た。


「それじゃあ、言う事聞いてもらおうかな~?」

「何?何なの!?怖っ!不吉!嫌な予感しかしない。」


心して聞いた隆人が言った事が…………あまりに意外だった。


「俺の事、好きになってよ。」

「は?別に普通に好きだけど?」

「いや、もっと。」


もっと?…………もっと?


「……申し訳ございません。追加受注は受け付けておりません。」

「そんなに丁寧に断る!?」

「え、だって…………」


そんな事を話していると、ビリヤード場に1人の女の子がやって来た。雑居ビルには似つかわしくない、綺麗な可愛らしい子だった。

「隆人来てます?」

「ああ、タカなら……」


どうやら、隆人の知り合いのようだった。


「知り合い?」

「ああ、同じ大学の……」


その女の子は隆人の姿を見つけると、隆人に駆け寄って来た。

「隆人、どうして電話に出てくれないの?」

「由奈……どうしてここに?」

「この人は?誰?お姉さん?」


女の子は私を見て言った。そうだよね。そりゃお姉さんに見えるよね。


「姉の瑠璃です。そちらは彼女?」


私がそう自己紹介すると、何故か隆人は焦っていた。


「え?いや、違っ……」

「え?違うの?」

「違うだろ!」


そこに、電話がかかって来た。


携帯の画面を見てみると………………吉高さんだった。


「ちょっと電話してくる!」



私は外に出て、少し気持ちを落ち着かせてから、その電話に出た。


「もしもし?吉高さん?」

「………………。」

何も聞こえない。おかしいな?携帯を耳から外すと、携帯から吉高さんの声が聞こえた。

「もしもし?瑠璃?」


電波が悪かった?もう一度、携帯に耳を当てた。

「………………。」

「吉高さん、聞こえますか?」


おかしい。携帯の調子が悪い?もう一度携帯の画面を見てみた。通話中の画面だった。


「瑠璃?こっちは聞こえるぞ?どうした?」


携帯からは、間違いなく、吉高さんの声がしていた。


何かがおかしい。私は、右耳から左耳に携帯を移して、もう一度電話に出た。


「もしもし?」

「瑠璃、今、大丈夫か?」

「…………はい。」


何となく、何がおかしいのか理解できた。


「瑠璃、病院行ったか?」


確かあの時も、右耳だった。


「…………はい。」

「どうだった?」


私は多分、今、右耳が聞こえないんだ。


「特に、問題はないです。」


問題はない。何の問題もない。


「そうか。それなら良かった。休みの日に悪かったな。」


別に、右耳が聞こえないからって、死ぬわけじゃない。


「…………ごめんなさい。」

「瑠璃?」

「あの、ちょっと、今から急ぐので失礼します。」


そう言って電話を切った。


それから、ビリヤード場に戻り、荷物を持って急いで耳鼻科へ向かった。土曜にやっている、ここから一番近い場所で、診てくれそうな耳鼻科を検索した。


電話で症状を伝えると、予約いっぱいの所をなんとかねじ込んでもらい、その日の午前中の診察にギリギリ間に合った。


「耳の閉塞感や、耳鳴りはありましたか?」

「閉塞感……?少し前に、朝起きた時に水が入った感じと……耳鳴りもありました。」


診断結果は、原因不明の突発性難聴。


一時的なものか継続的なものかはわからない。ストレスや疲労から来る場合もあると医師に言われた。


ストレス?ストレスって何?何をどうすればいいの?


診察が終わり、最寄り駅まで向かって歩いていると、隆人から電話がかかって来た。


「もしもし?」

「………………。」

「え?何?」


あ、そうか……。右耳は聞こえないんだった。携帯を左手に持ち変えて、電話に出た。


「どうして急に帰ったんだよ?」


用事を思い出したと言えば、用事とは何か訊かれる。ボロが出るより、逆に正直に言った方が誤魔化せそうな気がした。


「別に?賭けに負けて、言う事ききたくなくて、逃げただけ。」

「さっきの電話の相手は?誰?吉高?」


だから?だから何?吉高さんで何が悪いの?何だか無性に腹が立った。


「だから何?!隆人、もう二度と電話して来ないで。」


そう言って、電話を切った。



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