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全然しない





梨理がいなくなって、わかった事が沢山ある。


その中の一つに、隆人の伝言係だった。


『梨理じゃなくてごめんなさい。』


私の言葉に、隆人は困っていた。

「そればっかりは……何て伝えればいいかわからないよ。」


別に、何も伝えてくれなくていいのに……。


どうやら梨理の生前、さらにもっと前から、隆人は伝言係をやっていたらしい。母に言いにくい事を、梨理から聞いて、それとなく母に伝えていた。


終電を乗り逃したという名目で、本当は母の伝言が目的でここに来ていた。やってる事がまるでスパイじゃん。


「まぁ、顔を合わすと余計な事言ったり、電話だと伝わらなかったりあるからさ、第三者がそれとなく伝えた方がいい事もあるんだよ。」


隆人は昔から、私達家族の橋渡しをしてくれていたんだ。


その事に、初めて気がついた。


「気にしないでよ。これは俺の使命みたいなもんだから。」


そう言って隆人はその日、空になった肉じゃがのタッパーを持って帰って行った。



それから数日後、朝から右側が何故かボヤーっと音が鳴るような感じがした。顔を洗った時に耳に水が入ったのかな?まぁ、いいや。そんな事は言ってられない。仕事に行かなきゃ。


今度の派遣先は、前に行った事のある会社。


それは、吉高さんのいる会社だ。


嬉しいのかどうか、複雑な気持ちになった。


あの日から、一度も会っていない。あの後に顔を合わせるのは、少し気まずい気がする。


会社の入っているビルのエントランスに入ると、誰かから声をかけられた。


「瑠璃!」

「え?どこ?」


どこから呼ばれているのか全然わからなかった。


「上!」


上を見上げると、エントランスの中2階のカフェに、コーヒーのカップを持った吉高さんの姿があった。


「ああ、吉高さん。おはようございます。」


すぐに吉高さんは降りて来て言った。

「大丈夫か?顔色悪いぞ?」

「え?あぁ、すみません。今朝から耳が少し変で……ずっと耳に水が入っていて取れないんですよ。」

私は頭を横に何度か振ってみた。


「何度こうしても取れないんですよ。」

「耳鼻科に行け。」

「え?大袈裟ですよ。こんなの放っておけば治ります。」


こんな事で心配かけてる私って……格好悪い。


きっと、普通の大人の女の人ってもっとこう、スマートな……


「瑠璃ーーーーー!!」


スマートな……


「早坂さん、おはようご……」

「また一緒に働けるんだね~!嬉しい~!え!チョ~嬉し~!」


後方から、オフィスに似つかわしくない勢いでやって来たのは、社員の早坂さん。早坂さんはテンションのだだ高い女の人で……


「今回もよろしくお願いします。」

「こちらこそ~!」


そう言って早坂さんは私に抱きついた。


すると、突然耳鳴りがした。


「ん?今度は耳鳴りだ。たまにキーンって聞こえる時ありますよね~」

「何?どうしたの?」

首を横に何度も倒していると、吉高さんが答えてくれた。

「耳に水が入ったんだと。」


それを聞いた早坂さんはまた抱きついてきた。

「いや~ん!やだ~!かわいい~!」

いやいや、かわいいって……早坂さんの方が2つ年下っすよ。


「瑠璃、病院、ちゃんと行けよ。」

「言われなくても行くよね~?吉高なんかの側にいたら、辛気くさい空気が感染るよ?行こ行こ!」

「悪かったな。辛気くさくて。」


10歳近く年上の吉高さんを、辛気くさい扱いできるのは、一通り周りを見渡してもここでは早坂さんだけだろう……。


それから何度か吉高さんをみかけたけど、話かけるチャンスも度胸も無かった。


すると、昼休み………………


お昼ご飯はゼリー飲料で済ませ、イヤホンで音楽を聞いていると、吉高さんがやって来て私の肩を叩いた。


「外、食べに行こう。」

私は慌ててイヤホンを取り、空のゼリーのパウチを振ってみせた。

「あ、お昼、もう済ませました。」


それを見た吉高さんは、無理やり腕を掴んで私を外へ連れ出した。


「じゃあ、少し付き合え。」

「え?ええ?どこに?」


吉高さんは、会社近くの洋食屋さんの列に並んだ。

こうして見ると、昔に戻ったみたいだった。


ここに並んでいると、梨理が合流して……三人でランチをした事もあった。


「だから、その顔やめろって。」

「え?……えっと、あの……」


どう返していいかわからなかった。


「やっぱり見えない所でメンチ切ってるのバレました?」

「そんなの嘘だろ。そんなくだらない嘘が出てくるのは相変わらずだな。」

「そりゃつきますよ。嘘ぐらい。私の事何だと思ってるんですか?」


そんなの、答えを聞かなくてもわかってる。


私は吉高さんにとって私は、義理の妹。


気づいてますよね?わかってますよね?


私は嘘つきで、狡猾で、卑怯で、何もできない、無能な人間だって事。


だから私は、あなたを諦められないんですよ?


気づくと、いつの間にか耳鳴りは止んでいた。


列が少しづつ進んで、ようやくお店の前の椅子に座れた。私がイヤホンを片付けようとすると、吉高さんが珍しく訊いてきた。


「音楽、いつも何聞いてるんだ?」

「…………色々です。」

「色々って……まぁ、最近の曲は全然わからんから、曲目聞いてもわからんと思うが……。」


私は、片方のイヤホンを吉高さんに渡した。

「聞いてみます?」


すると、吉高さんは意外にもそのイヤホンを受け取った。受け取って、イヤホンを耳につけた。


私は自分もイヤホンをつけて、再生を押した。


「あれ?」


押したのに、反応しなかった。音量を上げた。


「でかい!でかい!音でかすぎ!鼓膜ぶっ壊すつもりか?」

「え!?」


吉高さんは驚いてイヤホンを外した。


「あ、あれ?こっちは聞こえない。すみません!イヤホン壊れてるみたいで。」

「………………。」


何故か、吉高さんは黙って急に立ち上がった。


「病院に行くぞ!」

「今からですか!?今、どこもお昼休みでやってないですよ?」


すると、店員さんが案内をしてくれた。

「次の方どうぞ~!」

「あ、吉高さん、順番来ましたよ!」


私は先にお店に入って行った。


「飯なんか食ってる場合か!?」

「食べてる場合です。私、コブサラダとミニオムライスが食べたいです。」


私がそう言うと、吉高さんはため息をついて、重い足取りでお店に入って来た。


このお店の古い内装も久しぶりだった。壁紙が少し剥がれてる所も変わってない。懐かしい。ここは小さな店だけど、味は抜群だった。


「Aランチ。」

「私は、ミニオムライスとサラダBセットを。」


それぞれ注文をして、料理が来るのを待った。


「あの、この前は……ごめんなさい。」

「え?ああ、あれは………………本当の事だから……。別に、瑠璃が気にする事じゃない。」

「気にしますよ。だって、私が吉高さんに言われても仕方がない言葉ですから。」


私が言った『梨理が死んだのはあんたのせいだ。』それは、私にも当てはまる。


吉高さんは持ちあげようとしていたお水のグラスを、そのまま置いて言った。


「瑠璃のせいじゃない。誰のせいでもない。」

「それを、どうやって証明したらいいんでしょうか?」

「それは…………何を誰に証明しようとしてるんだ?」


私がしばらく黙っていると、ちょうどそこに料理が運ばれて来た。

「お待たせしました~!Aランチと、ミニオムライスサラダセットです。こちら、鉄板がお熱くなっております。お気をつけてお召し上がりください。」


私は吉高さんにナイフとフォークを手渡して言った。


「多分…………自分のせいじゃない事を、誰のせいでもない事を、自分自身に?とかじゃないですか?」


吉高さんの注文したハンバーグのジュージュー焼ける音がしていた。それが少しづつ、小さくなっていくのがわかった。


「これ以上この話はやめましょう。せっかくの料理が冷めます。」


私は大きな口でオムライスを食べ始めた。味なんか、少しもわからなかった。


あの時の、あの美味しかったランチ。


あの懐かしい味が………………全然しなかった。



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