ごめん
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それから、隆人は頻繁に私の様子を見に来るようになった。そのうち、隆人の母さんからと言って、お惣菜を持って来るようになった。
でも、おそらくこれは沙智さんの料理じゃない。私の、私達の母の料理だと言う事は、なんとなくわかった。
「で、何であんたまで家で食べて行くワケ?」
さも当然のように、隆人は一緒にご飯を食べていた。
「いーじゃん!瑠璃の母さんの料理、ぶっちゃけウチの母さんのより好きなんだよね。」
コラコラ、普通にバラしてんじゃないよ。むしろ隠すつもりがない?もしくは、私の手に渡ればそれでよしとされている?
弟がいたら…………きっとこんな感じだったのかな?姉じゃなくて、弟が良かった。今まで何度そう思った事か……。隆人みたいな、弟が欲しかった。
梨理ならきっと「懐かしいね」とか「お母さん相変わらず肉じゃがの白滝切らないんだね」とか言いながら、二人で白滝の塊をよけながら食べてた。
母の味は…………なんだか、複雑な気持ちになった。
梨理がいなくなったから、必然的に私が心配されているだけ。そう思うと、私は梨理の代わり。後発品らしい扱いだ。
その事に…………嫌悪感しかなかった。
なんだかもう……肉じゃがの味がしない。
「瑠璃、もう食わないの?ブスが無駄なダイエットすんなよ。」
こんのクソガキ……
「ブスは余計だよね?」
私は隆人の嫌いな人参を、隆人ご飯の上に何個も乗せまくった。
「口の悪い、悪い子には人参が足りないみたいだから。」
「いいよ!足りてる!足りてるから!」
全ての人参が隆人のお茶碗に集まった。
「うぇ…………人参丼…………」
「いい子になれるように全部食べようか?」
山盛りの人参を見て恐怖を覚えた隆人に、笑顔で言った。
しばらく、人参と格闘する隆人の様子を眺めていると、昔の事を思い出した。
ピンクが好きな人がいなくなったからって、自分がピンクを好きになる?そんな訳ないでしょ?
今さら、どうして思い出したんだろう?
幼い頃は、私と梨理はまるで双子みたいだとよく言われた。
私の体が大きくて、梨理の体が小さかったから。小学生になる頃には、同じサイズの服を着た。
だから、親が私達に洋服を与える時には必ず、同じサイズの色違いだった。
「私、ピンクがいい!」
「私も!!」
当然二人ともピンクを選んだ。その頃の女子のピンクは特別な物だった。
「梨理は年上なんだし、水色にしたら?」
母はそう言ったけど、梨理は引かなかった。
「え~!そんなの関係ないよ!瑠璃の方がぽっちゃりしてるんだから水色着ればいいじゃん!」
「そうね~。瑠璃が着るとちょっとコブタちゃんに見えちゃうかしら?」
母と梨理は悪気無く笑った。
まるで、私にはピンクは相応しく無い。そう言われていた。
相応しく無い?
そんなのこっちから願い下げ!ピンクの相応しい女になんかならない。子供の時にそう決めた。
だから、今さら梨理の代わりにピンクをあてがわれても、私にピンクが相応しくなるとは思えない。
そんな事を思い出していると、人参丼と激闘を終えた隆人がこんな事を言い出した。
「瑠璃の母さんにお礼の電話したいな~!俺番号知らないんだよな~!」
嘘つけ。
それは、私に家に電話しろって事だよね?
「あ、俺からは言いづらいからさ、瑠璃から言ってよ。白滝切ってくれって。たまに噛みきれなくてさ、喉行き来すんの。あれキツイ。」
「いや、そんなの別に大した事じゃないでしょ。」
「頼むよ!それが改善されれば、この肉じゃがはパーフェクトなんだよ。」
私が迷っていると、隆人は自分の携帯を差し出した。
「でも……」
「別に大した事じゃないんだから、電話で言えるよね?」
相変わらず、ずるい……。
「それに、大人として物をもらったら、お礼ぐらい言うのが普通っしょ?」
「それは、隆人のお母さんからだって言うから……」
「え?自分の親だから言えないワケ?何?その年で親に甘えてんの?」
これ以上ここでしぶるのは、大人として格好悪い気がした。
「わかったよ、わかったから。」
気が進まないけど……久しぶりに、実家に電話をかけた。とにかく、お礼だけ。お礼だけ伝えて切ろう。
私から電話をかけるなんて、いつぶりだろう?少し緊張した。
「…………もしもし?」
「瑠璃?」
「あの…………肉じゃが……」
母は私の言葉も聞かずに、早口で喋り始めた。
「ちゃんと食べてる?今どうしてるの?仕事は?」
「あの……」
「ウチにはもう瑠璃しかいないんだから、あなたがしっかりしないと!」
母の早口は苦手だ。
そして、思い出した。母は昔から梨理によく言っていた。
『梨理はお姉ちゃんなんだから、あなたがしっかりしないと。』
梨理がそのプレッシャーを一身に受けていたから、私は今まで自由でいられた。
その事に、梨理を失って初めて気がついた。
梨理を失って、気づく事ばかりだった。
梨理の事、
吉高さんの事、
自分自身の事、
どうして、梨理が生きているうちに気づけなかったんだろう?
だんだん、だんだん、母の早口が遠くに聞こえて……………………
とうとう携帯を耳から外した。
「瑠璃?聞いてるの?」
そして、黙って電話を切った。
「え?もういいの?いや、まだおばさん話してる途中っぽくなかった?」
私は堪らなくなって、ソファーに向かって携帯を投げ捨てた。
「あーーーー!!俺の携帯!!」
「あ、ごめん!何だかムシャクシャしてつい……」
「俺の愛しのリンゴちゃんが~!」
隆人はソファーから携帯を拾い上げると、大事そうに画面を拭いた。
「新しくしたばっかりなのに!」
そんな隆人の文句も耳に入らず、ソファーの上で膝を抱えて丸くなった。
「瑠璃、どうした?母さん何か言ってた?」
「………………。」
何も、答えたく無かった。答えられなかった。
隆人はそっと頭を撫でて、言った。
「俺に何でも言ってみ。それとなく瑠璃の母さんに伝えてくるから。」
伝えたい事?そんなものある?
「ほら、顔上げて。少なくとも瑠璃よりは上手く言える自信あるし。」
「悪かったね。上手く言えなくて。」
「俺に任せとけって。昔から他人のフォローとか得意なんだ。」
隆人は口が上手い。年下のクセに、そう仕向けるように誘導されているようで、昔は少し怖く感じた時期もあった。
「じゃあ……」
母に言いたい事……?何だろう?いざ言おうと思うと、思い付かない。
「思い付かない?じゃ、こうしよう。人間ポンプの練習は他でやるから、白滝は切って欲しい。よし、これでいいな?」
「それ、私が言いたい事じゃないじゃん。しかも、他で何やるって?」
白滝と人間ポンプって意味不明なんだけど?
「いや、だから口から金魚出すやつ、人間ポンプ。多分あの白滝で練習できると思う……んだけど……。」
「だからってそんなのやらないよ?」
「いやだから、これはボケだって!!わかれよ!!」
隆人の大きな声に、思わず謝った。
「…………ごめん。」
私の反応に、何だか隆人は慌てていた。
「あ、いや、別に謝る事じゃ……。予想外すぎて軽く焦って……」
「もういいよ。別に言いたい事なんてないし。」
隆人は、何か諦めたように言った。
「じゃあ……せめて、ありがとうとか、ごめんなさいとか……」
………………ごめんなさい?
「うん、そうだね。」
私はふと、思った事をそのまま口にしてしまった。
「梨理じゃなくてごめんなさい。そう伝え……」
それを聞いた隆人の顔は…………みるみるうちに険しい顔になっていった。そして、しばらく頭を抱えた。
「あ、今のは無し。冗談!冗談だから……」
すると、隆人はすぐに頭を上げて言った。
「言っていい冗談とダメな冗談があるよね?今のはダメなやつ。わかるよね?」
「ごめん……。」
私はその後、隆人に何度も何度も謝った。