何だか
3
「瑠璃、ここにいたのか……。」
後ろから、声をかけられた。
吉高さんの声だった。
吉高さんが…………迎えに来てくれた。
それでも私は、まるで子供のように、公園のブランコに座ったまま、吉高さんの方を振り向く事ができずにいた。
人生があと何年あるのかわからない。
私はあと何年、この人と一緒にいられるんだろう?
そんな事を考えながら、片耳から聞こえる音楽を止めた。
早く……早く謝らなきゃ……。
「あのね、あの、吉高さん……。」
「どうした?」
「あの、その…………」
私が上手く言えないでいると、先に吉高さんに謝られた。
「ごめん、瑠璃。…………ごめん。」
そのごめんは、何に対してのごめんなの?梨理を許せなくて、梨理を手離した事?
それとも……………………今だに伝えられずにいる、あなたへの想い?
焦る。
だって、意図していなくても、梨理みたいにいつ人生が終わるかわからない。明日かもしれない。今日かもしれない。一時間後かもしれない。
この想いが伝わらないまま、人生が終わるかもしれない。そう思うと、何だか焦った。焦れば焦るほど、上手くは言えない。何も、言えなかった。
振り返ると、吉高さんは私から視線を逸らした。
「こんな時間に1人で出歩くな。今から部屋に送るから、帰るぞ。」
そう言うと、先に梨理の部屋に向かった。私は、遠ざかる背中を追いかけ、吉高さんの後について歩いた。
その背中を眺めると、やっぱり梨理の姿を思い出す。
梨理はよく後ろから吉高さんに抱きついて、二人でふざけ合っていた。
今、その背中に抱きついたら、どんな反応するだろう?何故か最悪な光景しか思い浮かばなかった。
だって……………………私は梨理じゃない。
とうとう、梨理の部屋の前に着いてしまった。
「瑠璃、その顔止めろ。」
「は?」
その顔というのは、どの顔の事を言っているのか理解できなかった。
「整形?じゃ、整形を……」
「いや、そうゆう事じゃなくて」
「全くの別人になった方が楽ですよね?ごめんなさい。梨理に似て無い方が良かったですね。」
梨理が死んでから、何故か痩せた。そのせいで、梨理に似てると言われるようになった。自分でも、痩せるだけでここまで似るのは怖いくらいだった。
「帰る。」
そう言って吉高さんは私に背を向けて、帰って行った。
『梨理に似ていない方が良かった。』その言葉に否定はしないんだ……。
あの人は絶対にここに長居はしない。それは、ここが…………元々梨理の部屋だから。
多分……梨理に会いたい気持ちと、もういないという事実が、心の歯車を上手く回せないでいる。私も、全然上手く回らない。
だからきっと私は、梨理の住んでいた頃のまま、ピンクだらけの部屋に今も住んでいる。嫌いなピンクのまま。
部屋に入ると、いつものように窓辺に座って音楽を聞きながら、夜の風を受けていた。
しばらくすると、インターホンが鳴った気がした。イヤホンを外すと、何も聞こえなかった。
なんだ、気のせいか…………吉高さん忘れ物?携帯を見ても連絡はない。忘れたとしても、わざわざ戻って来る事なんてしないだろうけど……。
そんな事を考えながら再びイヤホンをつけようとすると、ドーン!と、ドアを叩く音が聞こえた。
え……怖っ…………
「瑠璃~!いるのわかってんだからな~!開けろ~!!」
「隆人?」
私は慌てて玄関のドアを開けた。
ドアを明けると、そこにいたのは、やっぱり隆人だった。
「ちょっと静かにして!近所迷惑!」
まるで借金取りのようにやって来たこの男は、私達姉妹の幼なじみ、と言うか……大森隼人の弟。
私とは7歳年下の大学生。確か、大学3年だったかな?梨理のせいで、大森兄妹とは全員幼なじみだった。
「終電なくなった。泊めて!」
「はぁ!?ふざけんなネカフェ行け!」
全く許可していないのに、隆人は雑に靴を脱いで、ずかずかと上がり込んで来た。
すると、部屋を見た隆人が驚いて言った。
「部屋、まだ…………このまま?」
隆人には、異様な光景に映ったはず。梨理がいなくなって、半年は経つと言うのに、部屋は梨理がいた時のままだった。
隆人は以前から何度か終電に乗り遅れると、ここへ泊まりに来ていた。何度も隼人の所へ行けと言っても、必ずここに来る。
「悪い?」
「別に。瑠璃は昔からめんどくさがりだもんな~。あ~!喉乾いた!瑠璃、水!」
「飲んだら出てけよ~!」
私はいつものようにコップに水を入れて、ふてぶてしく当然のようにソファーに座っている隆人に、そのコップを乱暴に手渡した。
「え~!何でだよ~!」
隆人はコップを受けとると悪態をついて言った。
「何?梨理がいなくて二人きりだからダメ~とか言うつもりかよ?いやいや、勘違いす……」
「勘違いすんな!」
隆人が言い終わる前に、こっちが言ってやった。勘違いはそっちの方。
「私はあんたの姉じゃない。」
梨理だって、隆人の姉じゃない。いい加減に実の兄の所へ行けばいい。
「そんなのわかってるっての!でも…………あ、そうだ。俺、絵の具アレルギーなんだよ!」
「はぁ?!何そのアレルギー?」
しかもさっき、あ、そうだ。って言ったよね?それ確実に、今しがた思い付いた感じだよね?
「隼人の部屋は絵の具だらけでさ~!体中かゆくなるんだよ!」
「んな訳あるか!」
「俺はこの趣味の悪い布団カバーで寝たいんだ~!」
そう言って隆人は、ベッドにダイブして寝転んだ。
「コラ!!趣味悪い言うな!!」
すると、隆人は寝そべりながら肩肘をついてこう言った。
「……本当はさ、生きてるか様子見に来た。」
「はぁ!?」
「正確には、瑠璃の母ちゃん発、俺の母ちゃん経由、俺。」
なんだ。隆人は母の回し者か……。
「あれ?ガッカリした?」
「するかこのクソガキ!」
ソファーのクッションを隆人に向かって投げつけてやった。
母の事が出たら、余計に腹が立った。私が梨理の部屋に住み続ける事に、母は反対だった。何度も帰って来るように言われた。
それでも、私が実家に帰らない理由は…………
「吉高って奴に、まだ会ってんの?」
「え…………?」
隆人がどうして吉高さんの事を?
「さっき、下で会った。」
ああ、そうか……隆人は梨理の葬儀で吉高さんを見た事があるんだ。
何だか…………何故だか、隆人には吉高さんとの関係を知られたくなかった。