夕暮れ時の茜空
14
それからしばらく、耳の治療のために入院した。
隆人は毎日お見舞いに来てくれたけど…………明らかに元気が無かった。
おそらく、私の耳の異変に気づけなかった事にショックを受けているようだった。
それにしても……隆人が持って来てくれた本。完全に子供の絵本なんだけど……?私の事何だと思ってる?小学生?
「あの、これ……絵本なんだけど……」
「え?あ、ごめん……。」
大丈夫かな?いつもと様子が違う。こんなに元気の無い隆人は初めてだった。
「ごめん。明日他の持って来る。」
何だか、そんなに真顔で謝られると、逆に申し訳無くなるんだけど……。
「あの、就活大変だったら、毎日来てくれなくていいからね?」
隆人は余計に落ち込んだ。
「いや、別に来るなって言ってる訳じゃないんだよ?」
「ごめん。」
うっとおしいーーーーーーーー!!
「何が、うつみたいだよ……。耳が聞こえて無い事も気づかないクセに……何言ってんだって話だよ。」
「隆人……。」
うっとおしいとか思ってごめん。
隆人もきっと、この2年、ずっとこんな気持ちだったんだ……。
「私こそ、ごめん。隆人の気持ち、全然考えて無かった。側にいるのが当たり前で…………ずっと甘えてたんだね。」
隆人は黙って首を振った。
「それに……私、隆人が私の本気だとは全然思えなくて…………」
「そりゃそうだよ。」
………………は?
「正直、俺だってどこまで本気かわからない。他に本気になれる人もいるだろうと思って、今まで色々な人と付き合ったけど……。」
何?その、モテます的なカミングアウト?それ必要?
「でも、梨理が死んだ時に思ったんだ。やっぱり、俺が瑠璃を守らなきゃって……。それなのに……」
それなのに?
「それは、隆人のせいじゃない。私自身の問題だよ。」
それを聞いた隆人は落ち込んだ。
「やっぱり俺には……瑠璃に相応しくないのかな……?」
「どうして?」
「だって……俺の理想はさ、いつの間にか瑠璃が俺の事好きになってて、いつの間にか側にいて、いつの間にか幸せになってた。そんな感じが良かったんだけどなぁ……。」
はぁ?何それ?それって、私は何も知らなくていいって事?何だか、腹が立った。そして、何だか寂しくなった。
その時、隆人のその言葉が、あの時の梨理の言葉と重なった。
花冷えの、冷たい空気の中、梨理が悲しそうに呟いた言葉………………
『やっぱり、私は礼於に相応しく無いのかな……?』
その時の私は、どう返していいかわからず、上手い言葉が出なかった。
「そうかもね。」なんて………………あり得ないくらい、つまらない冗談を言ってしまった。
その、『そうかもね。』には、その時は深い意味なんて無かった。 それなのに、言ってしまった後に思った。
それはきっと、その前の言葉に、絶望と寂しさを感じたから……
私がどうしていいかわからず黙っていたら、梨理は明るく言った。
『ごめん!瑠璃には関係無い事だよね!』
関係無い……?
今思えば、その言葉は私に気にやまないで欲しいという、梨理の気づかいだった。
だけど、その時の私には………………壁を感じさせた。
「私は入れてもらえない?」
「え…………?」
「私は知っちゃいけない?一緒に悩んじゃいけない?苦しんじゃいけない?」
涙が、溢れた。
だから私は、吉高さんを好きになったんだ。梨理と同じ人を好きになれば…………関係無くない。
なんて幼稚で………………バカみたい。
涙が頬をつたい、その滴が布団に落ちた。
本当は、梨理の力になりたかった。
今は……………………隆人の力になりたいのに。
「私だけ何も知らないなんて……嫌だよ!」
隆人が私の手を握って言った。
「瑠璃……。ごめん。そうゆう意味じゃないんだ。そうゆう意味じゃなくて、瑠璃は特別で……」
「特別じゃなくていい。ただ、同じ方向を見ていてくれればいい……。」
そう言って私は、ベッドの布団に潜り込み、頭から布団被った。すると、隆人は布団をトントンと優しく叩いて言った。
「耳の事、気がつかなくてごめん。」
その声は、とても優しかった。
「吉高に、嫉妬してごめん。」
その顔は、とても悲しそうだった。
「不安にさせて…………ごめん。」
その手は、とても暖かかった。
本当はね、隆人の理想通りなんだよ。
いつの間にか、隆人が好きになってて、
いつの間にか、側にいて、
いつの間にか、幸せを感じてた。
それからしばらくして、布団が暑苦しくなって、起き上がったら、隆人がこんな事を言い出した。
「退院したらさ、一緒に行って欲しい所があるんだ。」
「え?どこ?」
「瑠璃ん家。」
ウチ?
「いつも来てるじゃん。」
「そっちじゃなくて、両親のいる方。」
「それって……挨拶的な?」
隆人が驚いて少しテンパった。
「え?それって……え?は?何?瑠璃、焦ってる!?そんなに焦ってる!?」
「うっさい!!そうじゃなくて…………そうじゃない!今のは無し!!」
私はまた頭から布団を被った。
「えぇ~!無しとか無しっしょ~!」
「無しとか無しっしょ~!とか無し!!」
退院した後、二人で実家に行った。
耳の治療は、開始が遅れたせいか、思うように回復しなかった。それでも諦めずに治療を継続する事になった。
それより、二人で実家に行くのは、断じて挨拶ではない。挨拶ではないのに………………出迎えてくれた母の機嫌は明らかに様子が違った。
「隆ちゃん!とうとう瑠璃を連れて来てくれたのね~!」
その日は、お仏壇にお線香を刺して、母の顔を見て帰る事にした。
お仏壇には、梨理の笑顔の写真が飾られていた。その写真の笑顔を見ると、やっぱりもう梨理はいないんだと実感した。でも、もう涙は出なかった。
お仏壇に手を合わせていると、母がコーヒーを持って来てくれた。
「この家からだって、仕事に通えるでしょ?戻って来ない?」
それには、首を横に振った。
「お母さん、私はもう、大丈夫だから。」
こんな風に、ちゃんと母と普通に話ができるようになるとは思わなかった。
それはきっと…………伝言係のおかげかもしれない。そう思って、隆人の方を少しみると、満面の笑みが返ってきた。
話もそこそこに実家から出ると、隆人は帰り道を先に歩きながら、話始めた。
「俺はさ、ずっと、上の三人の中に入れて欲しかったんだ。下の真理は女でいつも母さんといたし、いつも俺だけ1人でさ。」
ウチと隆人は 親が同郷で、子供の頃はよく、夏休みは毎年田舎に預けられていた。その田舎では子供が少なく、大森兄弟以外に他に遊ぶ相手がいなかった。
車が来ると、立ち止まり、肩を寄せてくれた。
「そんな時、瑠璃は、いつも俺を気にしてくれた。同じように遊んでくれたし、何より対等だった。」
「それって……私だけ精神年齢が低いって言われてバカにされてるみたいなんだけど?」
「あははは!バレた?まぁ、冗談。違うよ。瑠璃、自分が言った言葉、覚えてないの?」
何それ?覚えてない。
「子供だからってゆう理由に甘えてるから、同じ所には立てないんだよ。それが嫌なら、早く同じ所までおいで。」
全然、記憶にない。それほど、隆人の存在は眼中に無かった。
それが本当だとしたら、私はなんて言葉をかけてしまったんだろう……?
『早く同じ所までおいで。』何様だよ?
隆人1人に、その歳の差を埋めようとさせてしまった。
子供でいられる貴重な時間を奪ってしまった。
生き急がせてしまった。
その事に、ひどく後悔した。
それなのに、私が隆人の夢をバカにして、その願いを叶え無かったら………………
私、地獄に落ちるな……。
「ねぇ、隆人が社会人になったら結婚しようか?」
ふと、そう口走ってしまった。
「え!?は!?今、なんて?」
「あ、聞こえなかった?じゃ、いいや。気にしないで。」
私は隆人を追い越して、先を歩いた。
「え?あ、聞こえてた!聞こえてたって!」
「聞こえな~い!全然聞こえな~い!」
「それ、都合の悪い時だけ聞こえないふりだよね?え?それマジ!?マジなの!?」
そう言うと、隆人は電話をかけ始めた。
「お母さん!!とうとう瑠璃と結婚します!!」
「いや、何勝手にお母さんに報告してんの!?」
すると、隆人は携帯を差し出した。私はその携帯を耳に当て、電話に変わると………………
「何で一番重要な事、電話で伝えるのよ!!顔を合わせた時に言えたでしょ!?」
と、突然怒鳴られた。
「えぇ!?お母さん!?」
私の母だった。
隆人、私の母の番号知らないって言ってなかったっけ!?知ってるじゃん!!嘘つき!!
それから、母はため息をついて言った。
「じゃあ、今度はゆっくり、夕飯食べに来なさい。」
「…………うん。わかった。」
今はもう、お母さんの早口も、怒鳴り声も、あまり怖くはなくなった。
夕暮れ時の茜空に、少しだけ家が恋しくなった。




