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最後の願い


13


それから私は部屋の模様替えをした。梨理がいなくなって半年……半年から、さらに一年半、気がつけば2年も経っていた。


こんなにも時間が経っていたなんて…………。まるで竜宮城から帰って来たみたいだった。


これは………………隆人も心配もするよね。


会社の自動販売機のコーナーで休憩をしていると、そこに吉高さんがやって来て、隣に座った。


「梨理と……会った。」

「本当に梨理だったんですか?」

「残念ながら、あれは梨理だった。」


そう言いながら、吉高さんは持っていたコーヒーの缶をゴミ箱に投げ捨てた。


「水晶とか買わされませんでした?」

「買ってない。そもそも売り付けられもしなかった。売り付けられたら、多分買ってたな……。」

「えぇ!?ちょ……」


その後、冗談だと吉高さんは笑った。吉高さんの笑顔はいつぶりだろう?


梨理がいなくなって、初めてかもしれない。


吉高さんの懐かしい笑顔に、何だか緊張がゆるんだ。


もしかすると、梨理はこのために戻って来たのかもしれない。そんな風に思えた。


「結局、逃げられた。」

「逃げられた?自分から会いに行ったのに?」


ちゃんとお別れするって言った結果逃げるって何?


「それが………………梨理らしい。」


それが梨理らしい?


「あいつ、思い付いたら何でも飛び込むクセに、いざ怖くなると逃げる。そうゆう奴だ。だから………追いかけた。追いかけて、返しそびれていたキーホルダーを返した。」


吉高さんはどこか、ふっきれた様子だった。


「ちゃんと、別れた。別れられたんだ。」


吉高さんの『別れられた』という言葉はまるで、『分かり合えた』に聞こえた。


「姿は梨理じゃなくても、やっぱり梨理だった。俺にとって、やっぱり梨理は梨理だ。だから………………瑠璃も、やっぱり瑠璃なんだ。瑠璃は、梨理の代わりじゃない。」


私は、梨理の代わりじゃない。


『瑠璃は、瑠璃らしく生きるんだよ?』


ふと、梨理にそう言われた事を思い出した。


そっか…………私は、梨理の代わりになりたかった訳じゃない。


私は私でいたかった。


多分、吉高さんにちゃんと言って欲しかったんだと思う。


『私は梨理じゃない。』吉高さんにそう言って、ちゃんと振って欲しかった。


吉高さんに、『梨理の代わり』じゃなくて、『私』を見て欲しかった。


その事に、やっと気づけた。


私は立ち上がり、持っていたコーヒーの缶をゴミ箱に入れながら言った。


「良かったですね。死んだ後にお別れできる事なんて、なかなかないですもんね。」


ゴミ箱から吉高の方を見ると、吉高さんは、少し下を向いていた顔をぐっと上げて言った。


「そうだな。」


背筋を伸ばした吉高さんは、まるで凛々しい獅子のようだった。その姿に、何だか安心した。


「良かった……。ちゃんと、梨理とお別れできて良かっ……………」


そう言った瞬間、目眩がして体の力が抜けた。


「瑠璃!!」


吉高さんがそう言っていたのが………………


遠くで聞こえた。




あれ?私、今さら幽体離脱?幽体離脱するの?


双子じゃないんだけど?


ぼんやりと花畑が見えて、誰かの姿がぼんやりと見えた。誰?


え?昔、梨理と双子みたいだって言われてたから?いや、もう梨理はいないから。そもそもそれ、私達の持ちネタじゃないから。


それ、どっかの芸人がやるやつでしょ?私達芸人じゃないから。姉妹だから。


え?どっかの巨乳セレブ姉妹?全然違うし。それとも、ピンクのドレス着た歌う芸風の姉妹?いや、だからそれも芸人じゃん!


だから………………


次に目を覚ますと、私は病院のベッドの上にいた。


「ここは……?」

「病院だ。」


隣をみると、まるで鬼か般若か……吉高さんが、地獄の閻魔様のような顔をして座っていた。ここは…………地獄?地獄ですか?


「どうして病院に行かなかった?」

「いえ、行きましたよ。」

「でも、ちゃんと治療してなかったろ?」


こ、怖い……怖くて全然左が向けない……。


「その後は忙しくて……」

「忙しい!?」


ひぃいいいい!!すみません!派遣の分際で忙しいとかすみません!!


すると、吉高さんは顔を歪ませて言った。


「忙しいを理由にしたら、俺みたいに簡単に大事なもの失うんだぞ!?」


あの、吉高さんが、悔しそうな、悲しそうな、見たことのない顔をしていた。


「俺は…………忙しいを理由に、梨理とちゃんと向き合わなかった。そのまま…………気がついたら梨理を失っていた。」


吉高さん……。


「いいか?瑠璃、お前の聴力は、お前がこれから生きて行くのに必要なものだ。俺はお前が必要だ。だから……」

「ふざけんな!」


隆人!?病室のドアの前に、いつの間にか隆人が立っていた。


「だったらどうして今まで瑠璃の気持ちを受け入れてやらなかったんだよ?」

「受け入れる?何か勘違いしてないか?」


勘違い?


「瑠璃もお前も勘違いしている。」

「はぁ?」

「瑠璃は俺が好きな訳じゃない。ただ、失った梨理の代わりになろうとしていた。そうだろう?」


隆人はベッドの上の私を見て、辛そうな顔をしていた。


「それは……あんたが梨理を引きずってるから、だから瑠璃が苦しむんだろ!?」

「瑠璃、苦しんだか?俺のせいで苦しめたなら謝る」


私は慌てて首を横に降った。苦しんだのかもしれない。だけど、多分、吉高さんのせいじゃない。


吉高さんを好きだからというよりは、自分自身が、梨理の死を受け入れられ無かったせい。そんな気がした。


「いえ、別にもういいんです。」

「もういいって……瑠璃……。」


吉高さんは両手を上げて背中を伸ばして、軽く言った。


「あ~もういいから。俺はもう、全っ然引きずって無いから!」


軽っ!軽くショックなくらいライトな反応!!いや、それはそれで複雑な気分になるんですけど……。


やっぱり吉高さん、どこか梨理と似てる……。


私が引いていると、隆人はまだ吉高さんに食って掛かっていた。


「だからって、今さら瑠璃に乗り替えるとか無しだろ!?」

「別に、乗り替えるのどうのなんて話はしていない。瑠璃は、妹として大切な存在だと伝えただけだ。」

「何だよそれ!」


すると、珍しく吉高さんが大きな声を出した。


「俺が梨理を引きずろうが、そんなのは関係ない!そんなくだらない事を考えてる暇があったら、瑠璃にさっさと病院に行かせるべきだろう?!違うか?!」

「くだらない!?」


思わず、隆人と声がハモってしまった。


「あぁ、くだらない。死んだ人間より、生きてる人間の方が優先されるべきだ。生きてる人間には、この先の人生がある。過去より未来の方が大事に決まってるだろう?」


あぁ、この人は、考え方が梨理と同じなんだ。


たとえ、この世とあの世に離れていたとしても、吉高さんと梨理は…………同じ方を向いている。


この時、そう思った。


その目はいつも真っ直ぐ前を向いて、未来を見ている。梨理の目は、死んでもなお、未来を向いていた。


その未来は、私や吉高さんの、これから先を歩む人の未来だ。


「死んだ人間にどう思われようが関係無い。自分の大切な人が、この先聴力を失って苦労して生きて欲しいと思うか?少なくとも、梨理は絶対に思わない!梨理は…………あいつは……非常な奴なんだよ。だから、絶対一緒に……………………あの世へ来いなんて言わない。」


それはまるで、梨理には連れて行ってもらえない。そんな風に聞こえた。


そうだよね、梨理はそんな事言わない。


そんな事、全然言わなかった。


最後に梨理と別れた時、梨理が言った言葉が今でも耳に残ってる。聞こえないはずの右の耳に……。


『幸せになってね。』


そう、梨理は私に言っていた。


それが、梨理の最後に残した言葉。


梨理の最後の願いだった。



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