戦闘体制
10
目が覚めると、部屋は真っ暗だった。
隆人は帰ったのかな?あれ?じゃあ、鍵は?
ま、いいや……。部屋の空気が悪くて、何だか蒸し暑い。
私はのそのそとベッドから起きて、窓を開けてベランダに出た。
ベランダから空をみると、厚い雲がかかっていた。何だか湿度が高いし、雨が降りそうだ。
すると、突然、後ろから声をかけられた。
「待て、瑠璃!早まるな!」
「え?何?」
思わず間抜けな声を出してしまった。振り返ると、玄関の方に隆人が立っていた。
隆人は持っていたビニール袋を落として、焦って靴を脱いでこっちにやってきた。
「こ、ここは3階だ。下は生け垣だし、落ちても多分死なない。骨とか折れて無駄に痛いだけだし。そんな無駄な事はしない方がいい。あとは、ほら、保険!保険に入ってからにしよう?まずは保険選びからだ。相談窓口行こう。すぐに行こう。な?だから止めよう?」
え……そんな引き止め方ある!?それ完全に保険の勧誘じゃん。
「あの、これ、別に落ちようとしてた訳じゃないんだけど……。」
「えぇ!?俺の勘違い!?うわっ!はずっ!これめちゃくちゃ恥ずかしいやつ!!」
「いや、意外と冷静で現実的な説得に軽く引いたよ。」
私がそう言うと、隆人は窓を閉めて私をベランダに取り残した。
「え?ちょ!コラー!!開けろ~!」
隆人はあっかんべーをすると、奥の方へ行ってしまった。こうなってしまってはお手上げ。じゃあ、ここから飛び降りよっかな~?
という気持ちにならないのが人間不思議だ。閉じ込められていると思うと、全然そうは思わない。それより、腹が立って来る。
あ、隆人が戻って来た。
隆人はアイスのカップを見せて、お前にはやらない~俺が全部食べてやる~というような内容のジェスチャーをした。
なんだかムカついて、窓に顔を近づけて思い切りガンつけてやった。メンチを切るというのはこうゆう事なんだよ?平成一桁生まれ舐めんなよ?あ、隆人もギリ一桁か……。
「あはははははははは!!」
窓越しに聞こえるほど、隆人は爆笑していた。
そこまで爆笑されると恥ずかしい……。
すると、隆人は窓を開けてくれた。
「あー!ウケた~!笑わせて、汗かかせて窓開けさせるなんて、瑠璃やるな~!」
「そんな訳ないでしょ!?」
「あれ、あれだ!北風の太陽。あれと同じ。」
部屋に入ると、もうひとつの窓も開けた。
「瑠璃は俺の太陽だ!」
「あーハイハイ。今日は蒸すね~。」
「いや、マジで。」
「何?脱がされたいの?それとも太陽熱で焼き殺されたいの?」
「いや、そうじゃなくて……」
その後、ベランダに足を出して、窓辺に座っていると、隆人がアイスを頬につけて来た。
「冷たっ!………………あ、ありがと。」
私の一番好きな、イチゴ練乳のかき氷。もう、かき氷の売り出される季節なんだ……。
「中、入らないの?」
「ここで、風に当たりたいの。」
「湿った風じゃん。」
雨が降りそうなんだから、そりゃそうでしょ。隆人は私の隣に座って一緒にアイスを食べた。
「瑠璃……。」
「何?」
アイスを食べている私に、隆人は真面目な顔をして言った。
「引っ越し、しない?」
は………………?そんな、結婚しない?ぐらいの意気込みで言う事なの?
「しない。」
「何で?別の所借りてさ、俺と二人で住もうよ!」
「どうして?」
そんなに心配なのかな?
「大丈夫だよ!そんなに監視されなくても死なないって!」
「いや、そうじゃなくて……」
ここを出る事なんて、考えてもみなかった。
「あのね、ここは、二人だけの惑星なの。」
「二人だけの惑星?」
「そう、梨理と、私だけの。」
ここは、二人だけの惑星。ここで、片方ずつ音楽を聞いて、カフェオレを飲んだ。
隆人は冷たく残酷な一言を、はっきりと言った。
「でも、梨理はもういない。」
梨理は………………もういない。
いつもこっちの耳で音楽聞いて、梨理の方で梨理の声を聞いていた。でも、梨理の声を聞いていた耳が…………今はもう、聞こえない。
梨理の声は聞こえない。
「そうだね。梨理はいないから、今はもう1人きりの惑星。ここは、ひとりぼっちの惑星だね。」
「瑠璃………………。」
気がつけば、隆人に抱き締められていた。
「隆……」
「瑠璃は1人じゃない。俺はここにいる。俺はずっと側にいるから。」
「隆人……離してよ……」
強く強く抱きしめられて、苦しいくらいだった。
「嫌だ。こうしていれば、わかるよね?俺がここにいるって、ちゃんとわかるよね?」
そんなの、わかってる。隆人が側にいるから、私は平気でいられる。
隆人の心臓の鼓動、息づかい、隆人の音だけが耳に響いていた。
ここは…………この、瞬間だだけは、ただ、二人だけの惑星だった。隆人と、私の。
いつの間にか、梨理の代わりに、隆人が私の中にいた。
私はそんな隆人にビリヤードで負けた事を根に持っていて、また練習を始める事にした。
耳鼻科の病院の予約時間に合わせて、早めに家を出て、いつものビリヤード場で時間を潰す事にした。
そこにいたのは………………この前の、隆人の元カノ。
「こんにちは。前回と同じ時間にここに来れば会えるかと思ってました。」
「私に何かご用ですか?」
「少し、相手してもらえます?」
そう言って私にキューを差し出して来た。私はそのキューを受け取って言った。
「私で良ければ。」
ちょうどいい。練習相手になってもらおう。そんな風に安易に考えていた。
元彼女は、神崎由奈という名前で、良くみたらとても美少女だった。この子の何がいけなかったんだろう?顔も可愛くて、隆人と同じ趣味のビリヤードもできる。何が悪くて別れたんだろう?そんな風に思ってしまった。
「やっぱり勝負するなら、賭けます?」
「え?いいよ別に。賭けとかは……」
「何だ~残念。隆人をかけて勝負してもらえると思ったのに。」
はぁ?
良くみたら彼女は今日、高いヒールの靴を履いていた。こんなんで良くキューが打てるね……。そんな事を思ったけど、その赤いハイヒールを見てこんな事を思い出した。
戦闘体制の女はハイヒールを履く。
まさしく彼女は今日、戦闘体制だった。
「あのさ、隆人賭ける意味がわからないんだけど?」
「ジェネレーションギャップってやつですか?」
それ違うでしょ!?と、思っていても、そう言ってしまったら自分がオバサンだと認めるようで、何も言えなかった。
「あのね、私別に隆人と付き合ってる訳じゃないし、姉でもないし、何でもないの。ブレイクは?どうする?」
「譲ってもらえますか?」
「いいよ。」
そう言って私は手球を元カノに手渡した。
「できれば、隆人も。」
元カノはすぐにブレイクショットを打ち込んだ。
カーンと白い手球が一番ボールのすぐ隣、左の3番ボールに当たった瞬間、ガラガラとボールがバラバラになって、1つのボールがポケットに入った。
「お願いします。」
私とは比べ物にならないくらい、強いブレイクショットだった。
こ、怖ーーーーーーー!!




