1話:ぐはははっ!勇者クルス様に任せんしゃーい!
「う~ん………。私の名前はキラキラネームじゃありませんっ!?ってあれ?」
抗議の一言を寝起き一番に口に出すと、秋津恋は自分の置かれた状況がおかしい事に気が付いた。
先程まで自分は風間来栖の護送に同行して、何者かの襲撃にあって、そして………
「治ってる………?」
自分は撃たれたはず。確かめる様に撃たれたはずの腹部を撫でてみるが、そこには傷一つ見当たらない。自分は夢でも見ていたのだろうか?周囲を見渡すとそこは自分の記憶にはない部屋だった。置いてある調度品の数々からはこの部屋の持ち主の趣味の良さが伝わってきた。
「ベッドもふかふか………ベッド買い替えようかなってそうじゃない!」
起きたばかりなのか思考がまとまらず頭を抱える。
「落ち着け私!!ここは何処であの後どうなったの?」
ベッドから起き上がり窓から外を見ると、中世を舞台をにした映画に出てくるような都市が視界いっぱいに広がっていた。
「うわぁ!凄い!映画みたい!」
石造りの壁に囲まれた円形の都市。見下ろすように見える事から自分の部屋がそれなりの高度に位置する事が伺える。遠目だが人の往来も激しく活気がこちらにも伝わってくる。
「テーマパーク?でも、こんなテーマパーク日本にあったけ?」
そもそも、テーマパークだったとして私はなぜ此処にいるんだろうか?考えても疑問が増えるだけであった。秋津恋が頭を抱えて唸っていると、どこからか聞いたことのある下品な笑い声が廊下から聞こえてきた。
このまま部屋に留まっても何も解決するとは思えなかった秋津恋は、笑い声を頼りに部屋を出る事にした。この笑い声の主が自分の良く知るあの男だったなら、今の状況が分かるはずだと小さな希望を胸に部屋を後にした。
「ぐははははっ!もっと酒をもって来い!そこのキミもこちらに来て楽しもうではないか!」
風間来栖は女を侍らせながら酒を流し込み、上機嫌に笑っていた。
「ささっ、勇者クルス様、杯が空になっていますよ。どうぞ。」
「クルス様、私の踊りも見てくださいませ」
「ずるいわ!クルス様の冒険譚を私に聞かせて下さいませ。」
「ぐははははっ!順番だ!俺は逃げはしないぞ!ちゃんとみんな相手をしてあげよう!ぐふふふ。」
まさに酒池肉林。笑い声の主にたどり着いた秋津恋の眼前に広げられる乱痴気騒ぎ。
「ちょっと来栖さん!何してるんですかっ!?」
恋は思わず大声で叫んでしまった。会場もその声を受けて静まり返ってしまった。そんな中、来栖は無言で立ち上がり恋の目の前まで歩み寄った。
「おいっ!どこも悪くはないか?」
「へっ?あの、えっと。」
質問の意味が分からず、急に真面目な顔で自分に迫る来栖にあたふたしていると来栖が畳みかけてくる。
「銃で撃たれただろ!?問題ないのか!?どうなんだ!?」
「あっ!は、はい!まったく問題ありません!元気そのものです!ばっちりです!」
「ふん!ならばよし!ったく心配させやがって………」
「え?心配してくれたんですか?」
「うるさいわ!さぁ!宴の続きだ!」
そう言うと来栖は宴の続きを始め、また下品な笑い声を響かせ始めた。
「ちょっと!来栖さん!私まだ何が何だか分からないんですけど!?」
状況に対して何の説明もない来栖に対して抗議しようと、彼を追いかけようとする恋を、一人の女性が呼び止める。
「彼だが、君を助けろと必死に私たちに詰め寄ってきてね。まぁ、おおよそ人にものを頼む態度でなかったけれどね。まぁ、それはお互いさまだったけれど。」
その女性は腰まである金色の髪と透き通る様な白い肌に、燃えるような赤色の目をして一目で日本人ではない事が伺えた。混乱している私を安心させる為か、柔らかい笑顔を携えながら私の傍に立つ彼女は軽く会釈をし自己紹介を始めた。
「挨拶が遅れた。『黒曜国家グラナダ』第2騎士団副長イザベル=レーベンだ。気軽にイザベルと呼んでくれていい。」
「これはご丁寧にどうも。私は………」
「レン君だろ?」
名乗ってもない初対面の美人さんに、名前を当てられ怪訝な顔している私に、イザベルさんは笑いながら理由を教えてくれた。
「大変だったんだぞ。勇者を召喚したと思ったら予想外のものが付いてきて、いきなり『恋を助けろ!!助けなければお前ら皆殺しだ!』って喚き散らしてね。それを取り押さえようとした私の部下を2人程、見た事のない火の魔法で貫いて『冗談じゃないぞ。恋を助けなければ次は頭に当てる。』ってね。レン、レン、レーン!ってうるさかったんだからな」
来栖が自分の為にそんなに必死になっていた事を知り、嬉しさと気恥ずかしさで顔を赤くしていると、イザベルはそんな自分の様子を見て微笑んでいた。
「しかし、レン君の治療が間に合ってよかったよ。治癒魔法も生きていなければ意味がないからね。君が死んでしまっては勇者殿もただの狂戦士になっていただろう」
「すみません。先程から聞きなれない単語度々出てきて気になってるんですけど。」
「むっ、やはり異界の者には分からぬ言葉があったか。気が付かずすまぬ。」
「いえ、あの色々と突っ込みたい事があって、魔法?勇者?召喚?異界?なんのお話をしているんです?」
「あぁ、失礼。今まで寝ていたのだから当然か。我々、黒曜国家グラナダは異界から勇者を召喚する秘術を行ったのだ。術は成功したのだが、召喚されたのは血まみれの君を抱いた勇者殿と大きな黒い棺だったのだ。トラックとかなんとか勇者殿が言っていたな。」
イザベルさんの口から出た言葉は文面だけならファンタジー物が好きな恋には理解ができたが、現実として受け入れるには理解が及ばなかった。自分たちが物語の主人公みたいに異世界に召喚されるとは夢にも思わない。
「私たちが勇者としてこの世界に召喚されたって事ですか?」
言われた事実を単純に並べて口に出して確認をとる。『そんなわけないじゃないか。大丈夫か?』と言われる事に一縷の望み抱いて。
「その通りだ。理解が早くて助かる。」
希望は早々に崩された。
「ぐはははっ!世界もなんでも救ってやるわー!この勇者クルス様に任せんしゃーい!」
遠くで上機嫌に叫ぶ酔っ払いの声に、秋津恋は今後の事を考え頭を痛めるのであった。