番外編:クレア【彼女は孤独だった】
彼女は孤独だった。
クレア=レイゼンフォール。遥か昔から続くレイゼンフォール家の長女だ。
彼女は、強かった。彼女の才能は齢5歳にして片鱗を見せていた。魔力でスプーンを動かしたのである。
「こんなの簡単じゃない。退屈ね」
すぐに親は彼女に特別なコーチをつけ、その才能を育てようとした。
彼女はそれに答えるようにメキメキと上達していった。
「セレナ、見て。これが魔法の炎よ」
「わぁ凄い。姉様もっと見せてください」
「これくらいあんたでもできるわよ」
彼女には妹がいた。2つ下の妹。セレナだ。
セレナにはクレアほどの魔法の才能がなかった。
だから親はセレナには特にコーチなどもつけず、普通に学校に行かせ、普通の子と同じように育てた。
彼女たちは健やかに育ち、クレアは15歳。セレナは13歳となっていた。
魔法がどんどん上達していくクレア。しかし、彼女には大きな問題があった。
それは学校でのこと。クレアはもちろん学校で魔法を使ったりはしない。
しかし、子供たちにはクレアが恐ろしく強い魔法が使えることが噂で広まっていた。
「うわぁ、【魔女】のクレアだ! みんな近づくと燃やされるぞ!」
それは理不尽ないじめだった。子供だからこそ起きてしまう純粋に残酷ないじめ。
「馬鹿らしいわ。退屈」
それでもクレアが耐えられたのは家に帰ると、セレナと楽しくおしゃべりができたからだ。
しかし、それもある日終わりを迎えてしまう。
その日、クレアはいつものように家に帰ってくるとセレナと喋っていた。
「それでね、その魔法形態は特殊で――あれ? セレナ、その腕の傷どうしたの?」
「えっ? あ、いえ! なんでもありませんわ!」
クレアはセレナの右腕に痣のようなものができていることに気づいた。
すぐに傷を隠すようにしたセレナに、クレアは違和感を感じ、嫌がるセレナを無視して服を無理やり脱がした。
「なに、これ」
セレナの身体には、ところどころ痣があった。それは階段から落ちたなどという言い訳では到底済まないものだった。
そう、セレナもいじめを受けていたのだ。
しかしセレナはクレアと違っておしとやかで魔力も普通の人気者だったはず。
何故そんなことが起きたのか。その理由は衝撃的なものだった。
『お前の姉ちゃん魔女なんだろ。だったらお前も魔女だ、懲らしめてやる』
そう、言われたらしい。クレアは頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。
クレアはその後、全身を覆う怒りがふつふつとこみ上げて、我を忘れてしまった。
彼女は静止するセレナを振り切り、家を飛び出すと、セレナの同級生を一人捕まえ、セレナをいじめている奴を全員聞き出して、学校に集めさせた。
「アタシだけならまだ我慢できた。けど! セレナを巻き込んだのは許さない……! 火属性、位階上。炎上網!」
クレアは、校庭に集めた彼らを取り囲むようにして火の包囲網を形成した。
灼熱の炎は彼らから水分を奪い、すぐに脱水症状を引き起こした。
事件を聞きつけた騎士団たちが駆けつけたがその魔法の強大さに何もできずにいた。
「魔女でもなんでも構わないわ。こんな退屈な日々。みんな死ねばいいのよ」
燃え盛る火を見つめながらそう言うクレア。もはや彼女にも止める術はなかった。
「風属性、位階極。風の調べ」
打つ手がないと思われたその時、途轍もない風が辺り一面に吹き荒れて、炎を一瞬で消し去った。
その魔法を唱えたのは、勇者ディーノ。魔王を倒し、帰還したばかりだった。
「ディーノ様! 何故ここに?」
「ちょっと用事があってね。それにしても凄い魔法だったね。いったい何が?」
ディーノは騎士団から説明を受け、クレアが魔法を使ったことを知った。
普通であれば、クレアは更生所に送られ、三年ほど過ごすことになるが、ディーノは驚くべき提案をした。
「彼女の魔法の才能は素晴らしい。ちょうど僕が作ろうとしている新しい勇者制度や魔法学園にもピッタリだ。彼女は僕に預からせてくれ」
勇者であるディーノの発言には誰も逆らえず、クレアは新設された魔法学園へと送られる事となる。
「クレアちゃん、君は行く気はあるかい?」
「うん」
そこでなら自分を迫害するものはいないかもしれない。その期待から彼女は魔法学園へと向かった。
「レイゼンフォールさんてなんか近寄り難いよね」
「うん、顔は綺麗なんだけど冷血って感じ?」
しかし、そこでも彼女は孤独だった。
彼女の才能はやはり人を怯えさせる。人は自分に理解できないものを嫌うのだ。
魔法学園に誘ったディーノも会ったのはあの日だけでどこかへと消えてしまった。
「退屈」
そんな孤独感に苛まれながら、クレアは日々を過ごしていった。
そして月日は流れ、プロ勇者制度もでき、彼女はいつの間にかレベル4の勇者として圧倒的な実力をおさめていた。
自分と同じレベルの勇者ならこの孤独感を共感してくれるのではないか、そんな風に思っていたクレアだったが、他の勇者たちは最初から仲間がいて、そんなものは微塵も感じていないようだった。
彼女は孤独だった。
魔物を倒し、知名度だけ上がっていく日々。
ある日彼女は呪いにかかってしまった。身体が小さくなってしまう呪いだ。
その謎を解くため、彼女は都へと向かった。
歩いていると武器屋があった。特に意味もなく、のぞいてみると、明らかなボッタクリの値段。
普段なら気にしないであろう事だが、呪いの事もありイライラしていた彼女は思わず指摘してしまう。
「ちょっと! これ高過ぎじゃない⁉︎ あんたこれぼったくりでしょう!」
そんな風にして喧嘩をふっかけていると、知らない銀髪の男が出てきた。
クレアはやけに態度がでかいその男はさぞ勇者レベルも高いのだろうと思っていたがなんと勇者ですらないというので驚いていた。
武器屋での口論も終わり、その男とクレアは喋っていた。
「お前、事情があってその姿になっていると言ったな。それはなんだ? 呪いか?」
「何よ急に。あんたもアタシの事疑ってたんじゃないの?」
(何よこの男。アタシがレベル4だとわかってても態度がでかいわね)
変な男だと思ったクレアだったが、その場はさっさと別れた。
だがまたすぐに会うことになる。
「あー。あんた、さっきの! こんなとこで何してんの?」
「プロ勇者とやらの試験を受けてみた」
「勇試を? ふーん、それでどうだったの? 結果は」
「結果? 試験官を気絶させてしまったからな。あれは合格なんだろうか」
(試験管を気絶させた? 随分と面白い冗談を言うやつね)
クレアは少しだけこの男に興味を示していた。レベル4の自分に全く怖気付いていないこの男にだ。
もしかしたらそれはこの身体が小さいからかもしれないが、彼女は興味を持ったのだ。
「むーっ。アタシはレベル4なのにぃ。まぁいいわ、テミサの町ね、お茶が有名な。よしっ行くわよ、あんたも付いて来なさいネームレス」
そんな経緯で彼女たちはテミサの町へ行くことへとなった。
途中アレフに呪いについて聞かれたクレアは丁寧に教えた。しかし帰ってきた一言は、
「ふーん」
というものだった。
(何よこいつ自分から聞いといて。ありえなくない? ありえないわよ!)
色々な意味でクレアは特別視されていた。それは家族からも他人からもそうだ。それは強大な魔力によるもので、一生つきまとうものだと思っていた。
だからこそ、まるで自分のことをそこらへんの人と変わらない目で見ているアレフにクレアは疑問を感じていた。
成り行きで魔物退治することになった彼女たちだったが、あまり自分の心配はしていなかった。
だからこそ、自分以外のことを心配した。
「何笑ってんのよ。基本的にあんたはアタシの後ろにいなさい。決して攻撃なんかしちゃダメよ。アタシがカタをつけるわ」
「そうか、それは頼もしいな」
初めて自分のことを特別視しない人。
それがなんなのかもよくわからないがここで死なせるわけにもいかないと思い、言った言葉だった。
「もしかして貴様、俺の事が心配なのか?」
だからこそ、そんな風にストレートに言われたクレアは誤魔化すしかなかった。
「ち、違うわよ! ただ目の前で死なれたら気分悪いだけ!」
側から見たら全く誤魔化せていないが、アレフが鈍感だったためにうまく誤魔化せた。
そして魔物討伐が始まった。しかし見通しが甘かった。
睡眠ガスを使われ、クレアは泣き、もう打つ手がなくなっていた。
(こんなところで死ぬなんて……けどアタシが生きてたところで意味なんて……)
「ちっ、ガキが泣きわめくのが一番嫌いだ。耳障りだ。死ね」
そう言って魔物はクレアに攻撃を加えようとした。クレアはそれを避けようとも思っていなかった。
だが攻撃は通らなかった。
銀髪の髪が揺れる。アレフが攻撃を受け止めたらしい。
その光景を見て少しすると、彼女は気を失った。
目がさめると、ベッドにいた。宿の人に聞いてみると、どうやらアレフがここまで連れてきてくれたらしい。魔物は自滅したらしいが、わからない。
時間は夜だった。
クレアはおもむろにアレフが寝ている部屋へと足を運んだ。
スヤスヤとアレフが寝ている。
(寝てる顔は割と可愛いのね)
そんな風に思うと、クレアは自分への攻撃を防いでくれた右手を見てみた。
少しだけ血が出ている。彼女はそれをみると不敵に笑った。
「退屈……じゃなくなってきたわね」
彼女は孤独『だった』