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リロード〜二度目の魔王は世界を巡る〜  作者: ハヤブサ
過ぎ去りし罪の唄〜二章『過去と石碑』〜
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【エルムート突破作戦(後編)】


 アレフの目の前には、ヒゲを蓄えた黒髪の男、カイエンが立っていた。


「貴様が……人間側の最終兵器とやらか」

「なんだよ。俺って有名なのか」

「カイエンだろう? まさかここで現れるとはな」

「へぇ。そういうあんたは……魔王の息子ってやつ?」


 カイエンの問いには答えなかった。

 アレフは静かに呼吸を整え、剣を構える。ギルレイドは、先ほどの魔法で魔力を殆ど使ってしまったため、魔力不足でアレフによって離れるように命令された。


「まぁいいか。とにかくあんたを倒せば、魔王軍は止まる。なんとしても倒させてもらうぜ」

「俺を殺したとてこいつらは止まらん」

「ほぅ……随分と理解してるんだな」

「部下を理解する事は将たるものの務めだ」

「うちの大将にも伝えたいね。さて、無駄話は終わりにしよう。こっちにも都合がある。やらしてもらうぜ」


 そう言って、カイエンは片刃の剣、すなわち刀を腰から抜き取った。濡れるように光る刀身はその切れ味の鋭さを示している。

 そして、どちらともなく、2人は剣を振るった。響き渡る剣の衝撃音。そして凄まじい剣の嵐が2人の間で起こった。


「鬼神流剣術奥義――辻風!」

「御影流剣術奥義――花吹雪!」


 それは、常人が入ればまず数秒も生きていられないであろう剣戟だった。アレフは、カイエンの剣が頬をかすめて頬から血を流す。2人は同時に距離をとった。


「まさか俺の御影流みかげりゅう剣術をここまで受けきるとはな……」


 カイエンは驚いた様子でそう言った。

 一方でアレフは剣術の腕はカイエンに分があることを悟った。故に、剣術での勝負は避けて、魔法戦を仕掛けることにした。


「『八咫烏やたがらす』!」

「『豪血炎バーンブラッド』!」


 お互いに魔法をぶつけ合う。

 あたりでその戦闘を目の当たりにしているもの達は、あまりの凄まじさに加勢などに加わる事はできなかった。2人が戦っている間も、絶え間なく人間側からの魔法攻撃は続いている。

 戦闘が長引けば長引くほど、魔族側は不利になっていく。


(この男……想像以上に強い……!)


 アレフは、苦戦していた。魔法でも、剣でも、アレフよりもカイエンの方が一歩抜き出ていた。その事に気付かないアレフではない。


「はっ……はっ……ちっ……くそ」

「ふぅ……あんたは強いぜ。だが俺の方が少しばかり強かったようだな」


 アレフは、真正面から戦うことをやめて、様々な方法を試し始めた。迫り来る魔法部隊からの魔法を隠れ蓑にして、奇襲を行なったり、死体をダミーに使ったりなどだ。


 だがその作戦のどれもがカイエンには通用しなかった。そして、アレフは遂にカイエンに剣を弾き飛ばされた。


「さて……終わりだ。言い残したことはあるかい? おじさんが聞いてあげるよ」

「ふっ……そんなものはない。自由な未来こそが、俺の生きた証だ。俺が死んでも、仲間たちが掴み取るさ。なれば、後悔などあろうはずが無い」

「おやおや……殺すのが惜しいほどの大人物だな。末恐ろしい。まぁ、とはいえ……人間のために死んでもらうぜ」


「アレフ様ぁぁぁあ!!!」


 アレフにカイエンが剣を振るおうとしているところを、ギルレイドが突撃してきた。

 ギルレイドはカイエンに斬りかかるが、カイエンはそれを冷静に見切り、ギルレイドの剣を弾き飛ばした。


「ぐぁっ!」

「あんたも強いな。だが俺には勝てない。じゃあな」


 カイエンがギルレイドに向かって剣を振り下ろす。


「――間に合えっ……!」


 そこに、アレフは背中に背負っていた盾を投げつけて剣を防いだ。ギルレイドへの攻撃はなんとか浅くすんだが盾は衝撃で割れた。浅い攻撃だったとはいえ、ギルレイドは吹き飛んで肩から腰にかけて血を流して倒れる。気絶していた。


「粘るねぇ。だが少しだけ痛みを感じる時間が伸びただけだ。まぁとにかく、あんたを先に殺すとするか」


 カイエンはアレフの方へと向き直り、剣を突き刺そうとする。

 その時、軍靴の足音と共に、魔族の兵士たちがカイエンの元に襲いかかった。


「――!? なんだっ?」


「若様を守れえええ!!」

「俺たちの希望を守るんだ!!」

「ここが俺の命のかけどころだぁ!」


 次々とそんな言葉を叫びながら、アレフの盾となり、カイエンに立ち向かっていく魔族たち。

 カイエンは魔法を放たれ、剣で襲われるが、それを冷静に対処していた。そしてカイエンは、驚きながらも次々と彼らを切り捨てていく。


 にもかかわらず、魔族たちは次々とカイエンへ襲いかかっていく。

 切り捨てても足を掴もうとしてくる魔族の執念をみたカイエンは、恐ろしさを感じていた。


「貴様ら……何をしている! 俺の事など構うな! 敵の柵へと進め!」


 アレフは魔族たちにそう叫ぶが、彼らは止まらない。

 彼らはわかっているのだ。未来を考えた時に、次世代の魔王となるのはアレフだと。そして、彼以外にはきっと務まらないであろうことを。だからこそ彼らは、ここで命をかけている。


「くそっ、鬱陶しい! なんなんだあんたらは!!」


「ぐ、ぐぐ……俺には家族がいねえ! 別に帰る場所なんかありゃしねえが! それでも若様のために命をかけることくらいはできる!!」


 斬り付けられながらも、魔族の男はカイエンの腰元に抱きついて、拘束しようとしていた。

 そんな彼らの姿を見て、アレフはぼろぼろの体を奮い立たせて、落ちた剣を拾うと、カイエンに斬りかかった。


 魔族たちに拘束されているカイエンは、彼らの腕を切り落として拘束を解くと、アレフの攻撃をかわした。


「無駄だっ。こんな事をいくらしても!」


 カイエンは、息を切らしながらそう言った。だが、カイエンの額からは、血が垂れていた。アレフの一撃がかすったのだ。


「無駄じゃないみたいだな。俺の腕をくれてやるだけで、若様の攻撃を手伝えるなら、喜んでくれてやる!!」

「俺のもくれてやるよ!!」

「おらぁぉあ!!」


 魔族たちは、再びカイエンへと襲いかかる。そして彼らの犠牲のもとできた隙を狙って、アレフが着実にカイエンにダメージを与えていた。

 多くの犠牲のもとに、アレフの勝利が見え始めていた――だが、運命はカイエンに味方する。


 魔力消費の高い魔法を使った上に、ここまで戦場で戦い続けてきたアレフの身体には限界が来ていた。アレフは突如、剣を落として膝を地面につけてしまう。


「ぐっ、し、しまった……」


 そして、カイエンはその隙を見落とさなかった。最大の力を振り絞って、まとわりつく魔族たちを切り捨てると、アレフの元へと走っていき、そしてその刀を突き刺した。


 もはや、どこにもアレフがかわす隙はなかった。爆音が鳴り響く戦場で、その瞬間だけ時が止まって静寂が訪れたように、アレフに刀が突き刺さる瞬間を、魔族たちは何もできずに見つめていた。


「殺った……!」


 そして、一瞬の静寂の後、カイエンのその言葉と共に、カイエンの刀には確かな人を突き刺した手ごたえがあった。


 だが刺された魔族は――アレフではなかった。


 青い髪を持った狼族の青年だった。そう、ロランだった。


「ぐふっ……アレフ様っ……!」


 ロランは、吐血しながらもアレフの名を呼んだ。


「どういう――ごほっ!?」


 そしてカイエンが、異変に気づいた時には既に勝負は決していた。カイエンの胸からは真っ赤な刀身の剣が生えていた。

 背後からカイエンは突き刺されていた。背後に立っていたのは、アレフだった。アレフはカイエンから剣を抜き取ると、今度はカイエンを斬り付けた。


「ば、馬鹿な……何故あんたが、後ろに……いる?」


 カイエンは、そう言いながら地面に倒れた。アレフは、倒れたカイエンに向かって剣を振りかざす。


「あんたは強かったが……仲間に恵まれなかったな……」

「おいおい……おじさんこんなとこで死ぬ気は――うっ……」


 アレフはカイエンの心臓に確実に剣を突き刺した。そしてカイエンは事切れた。

 アレフは、カイエンに勝利したのだ。すぐに、周りにいた魔族達が歓喜の声を上げる。


「若様が勝ったぞぉぉおおお!!!」

「うおおおおおお!」


 アレフは理解していた。ここで指示を出さなければいけないと。だからこそ、今すぐにロランの元へ駆け寄りたいのを我慢して、周りに指示を飛ばす。


「もはや勝利は我らの手にある!! 今こそ進め!! 敵の陣地へと乗り込めえええ!!!」


「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」


 魔族達は、大声を出しながら柵へと向かっていく。


「カイエン様が負けた! もう駄目だ! 俺ぁ逃げるぞ!」

「俺もだ!!」


「待て! 貴様ら! リーン王国を裏切る気か! 敵前逃亡は死罪だぞ!!」


 人間側の陣営では混乱が起きていた。もはや魔法部隊は機能せず、各々が逃げ始めていた。

 そして、魔族たちは柵を壊して敵のいる高台の陣地へと侵入していった。魔力が殆ど無く、物理的な戦闘力はあまりない魔法部隊は、すぐに魔族たちに蹂躙されていった。


 魔族たちが突破に成功したのを確認すると、アレフはロランの元へと駆け寄った。


「ロラン……!」

「ア、アレフ、様……僕、やりましたよ……」

「ああ……ああ! お前のおかげだ! お前のおかげで魔族達は勝利したぞ!」

「よ、良かった……これで、自由が……手に入るんですね……」

「そうだ! だから、だから! お前も生きろ! 自由な未来を想い人と過ごすんだろうが!! こんな程度の傷で死にそうになるんじゃない!!」


 ロランの口と刺された胸からは留めなく血が溢れ、もはや助かる見込みはなかった。

 それでもアレフは、必死で流れ出る血を、手でせき止めようとしていた。


「い、いいんです……決めてた、事だから……でお願いが、あります……アレフ様……ペンダントを……」

「ペンダント、これか。これがどうした」

「僕の代わりに、彼女に……届けて、くだ、さい……人魚族で、名前は……アクア。彼女に……」

「……っ 馬鹿が! 魔王の息子に使い走りなど頼めると思ってるのか! お前が自分で届けろ! お前の手で届けるんだ!」

「ふ、ふふ……そうか、僕は……魔王様の命の恩人ってこと、に……なるのか……僕にしては上出来、かな……」


 ロランの目は徐々に焦点が合わなくなり、体温は冷えていく。


「おい! いくな! 俺が魔王になった時には、お前を幹部にしてやる! おい! だから……!」

「や、やった……約、束……ですよ? ……あぁ……アクア……ごめんね……」


 そして、ロランは目を閉じた。

 アレフは、どうしようもないやるせなさに包まれて、地面を叩き続けた。そしてアレフは、血だらけになった手で、ロランの首からペンダントを取った。


 高台の方では、雄叫びが広がっていた。ドライブ団長が討ち取られたのだ。魔族達の歓喜の声が広がっている。


 アレフは、戦場を見渡した。見渡す限りに広がる死体。最終的に残ったのは1000人に満たないだろう。

 アレフは勝利の喜びを感じる事もなく、ただただその場に立ち尽くしていた。そして、気絶しているギルレイドの元へと向かうと、彼の目を覚ました。


「ア、アレフ様……ぐっ、戦いは?」

「終わったぞ。俺たちの勝ちだ」

「そうですか……勝利ですか……それは、良かった」


 ギルレイドもまた、戦場を見渡して単純な喜びなど出てこなかった。


 結果的にこの戦いで発生した魔族側の犠牲は奴隷も含めると9815人と甚大なものだった。この戦いの後、魔王軍はリーン王国を攻め滅ぼし、西大陸の覇権を握った。しかし、当初予定していた東大陸への侵攻は、兵の疲弊から見送らざるを得ず、第2次人魔大戦は魔王軍が西大陸を征服して終わりを迎えた。


 この戦争のエルムートの戦いで決定的な活躍をしたアレフは、魔族達から信仰に近いほどの支持を得た。もはや彼の次期魔王の座を批判する者はいなくなった。


 この戦争によって、西大陸での魔族の地位は一定のものを確立した。そして、魔族達の国を作ることに成功した。つまりアレフ達の戦いは自由を勝ち得たと言っていいだろう。


 アレフは戦後のゴタゴタを片付けた後にロランのことを調べ上げて彼を最大級に讃えて彼の遺族や彼女には見舞金を支払うつもりだった。しかし、ロランが住んでいたのは西大陸南部のレイジュという村。そこは世界樹と呼ばれる大樹がある地域で、戦火に巻き込まれていた。村は焼け野原となり、住民は逃げていた。


 アレフが調べた結果では、ロランには身寄りはいなかった。そして彼が言っていたアクアという人魚族も見つからなかった。というより、正確には行方不明になっていた。貴重な回復魔法持ちということで、魔王城で働いていた彼女は、戦争が終結するとともに行方をくらましたのだという。


 結局アレフは、ロランから預かったペンダントを、いつか返せると信じて城の最重要宝物庫へとしまった。


 こうして、アレフの若かりし日の記憶は幕を閉じる。


 ――そして、長い時を経て……ロランという男が再びアレフに関わっていくことになるのである。

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