【魔王、変わる?】
「呪いは解けない。そんな……」
パイロは部屋のベッドから起き上がると暗い表情でそう言った。
今、部屋にはアレフとパイロしかいない。アレフは壁にもたれかかりながら、パイロに質問する。
「どうするんだ。町の人たちはこれからも魔物化する事になる。放っておいたらどんどん感染してしまうぞ」
「そうだな……魔物化が進む前に俺の様にその部分を切り落とせば防ぐ事は出来そうだが。普通は耐えられん。一度、皆と話し合わないといけないな」
「そうか……」
(どのような結果になるにせよ、人間にとっては地獄であろう。せめて魔人化なら、救いようもあったかもしれんが)
魔物と魔人には明確な違いがある。魔物は基本的に人でない側面が非常に強い。
それはもちろん外見にも出るし性格にも出る。言葉こそ喋れるものの、見た目は怪物。凶暴で野生的な力を持つ傾向がある。
それに対して魔人は人型であり、肌の色やツノ以外などは動物的側面が薄い。
基本的に魔物より理知的で魔法などが得意な傾向にある。
「それにしても、あんた何者だ? あんな魔物を一人で倒しちまうなんて」
「なんのことだ? あの魔物は魔法が暴走して勝手に自滅したんだ」
パイロの問いに対してアレフはすっとぼけた。面倒ごとになるのを避けるためだ。
「なぜ嘘をつく。俺は見てたんだ。かすかにだが、薄れゆく意識の中であんたがあの魔物を圧倒する様を。まるで赤子と戯れてるかのような余裕ぶりだった」
(ちっ、こいつ意識があったのか。面倒だな。記憶を操作する魔法を使うか? けどあれほとんど成功しない上にこいつの頭ぶっ壊す可能性あるしな)
アレフはどう答えるかを考えていた。
そんな思案顔のアレフを見て、パイロは少しだけ笑みを浮かべた。
「やはりよそう。あんたが何者であれ、俺は救われた。勇者同士で詮索しあっても意味がないな。一つだけ教えてくれ。勇者レベルは幾つなんだ?」
「ん? 1だが」
アレフがそう言うと、パイロは口を開けて笑い始めた。笑いすぎて涙が出るほどに笑ったのだ。
「くくく、はは。レベル1か。こいつは面白い」
「ふん、もう嗤われるのも慣れたわ」
「いや、すまんな。馬鹿にしたわけではない。むしろ、馬鹿馬鹿しくなったのさ。こんな階級分けにな」
「わけのわからん奴だな」
「くく。さて、これからの事も考えなければならないし、町長のところに行ってみるか。あんたも付いてきてくれ」
パイロはベッドから立ち上がると、アレフを案内し町長のところへと連れて行った。
そこは既にアレフが来たことがある家だった。そう、あの老人が町長だったらしい。
「おお、パイロ、それにプロ勇者の方も。パイロはもう歩けるのか」
「ええ。それより町長、大事なお話が――」
パイロは町長に呪いは解けないことを説明した。話を聞くに従って、町長の顔は絶望に変わっていった。
「なんということだ。呪いはこのまま続くというのか。こんなことが、こんなことがあっていいのか。私たちは普通に暮らしていただけだというのに」
「しかし町長、決めなければいけません。呪いに感染した人々を今後どうするかを」
「そう、だな……すみません、アレフさんと言いましたか。ここからは町の今後について話し合おうと思いますので、大変申し訳無いのですが……」
「邪魔者は去るとしよう」
「配慮に感謝します」
アレフは町長の家から出ると、宿屋へと向かった。そこにはクレアが寝ているのだ。
宿に入り、宿屋の主人に許可をとると、クレアの部屋へと入った。クレアはまだ寝ていたのでアレフは別に部屋を取り、そこで寝た。
次の日になって、クレアの部屋を訪れるとクレアは既に起きていて、ベッドで本を読んでいた。
アレフが部屋に入るとクレアは気づき、本をしまうと喋り始める。
「あーっ。アレフ! あんた死んでなかったのね!」
「誰が死ぬか。貴様も無事なようだな」
「えー。なにー? もしかして心配してくれてるのー?」
「黙れ、誰がするか」
ふいっとそっぽを向いて否定したアレフ。心配したというクレアの問いに対して、思わず少し動揺してしまったのだ。
「もうっ、素直じゃないんだから。アタシをここまで運んだのあんたらしいじゃない。やるじゃん、見直したわよ」
「ふん、ついでだ」
「にしても運が良かったわね。さっき噂で聞いたけど、魔法が暴走して自滅したんだって?」
「ああ」
その噂はアレフが流したものだった。
面倒ごとを避けるために言ったものだったが、思ったより早く噂は回った。
「まったく、いくらアタシを助けるためとは言え、そんな危ない事しちゃダメよ。あんたはレベル1なんだから! わかった? ふふ」
クレアはアレフに人差し指を突きつけ、そう言った。注意をするような物言いだったが、クレアはアレフが自分を助けてくれたという嬉しさが全然隠しきれていなかった。
(なんで助けた俺が怒られなくちゃいけないんだ?)
しかしアレフはクレアの照れ隠しに気づくことはなかった。彼は鈍感なのである。
「それより、貴様はこれからどうするんだ。呪いは解除できないらしいが」
「それは、【あの魔物が】でしょ? もちろん呪いを消す方法を見つけてやるわよ。実はアタシに少し考えがあるの」
「そうか。それは頑張ってくれ」
「なんで他人行儀なのよ。あんたも来るのよ」
「なんで俺が――」
「いいでしょ?」
言い訳をする暇もなく、クレアにじっと見つめられたアレフはうなだれた。
「やれやれ……」
「決まりね。そうと決まれば町長に挨拶だけしてこの町は出ましょう。どうやら今デリケートな話をしてるみたいだし」
「そうだな」
そうしてアレフたちは町長の家へと再び訪れた。そこではパイロと町長がまだ話をしていた。
「おお、お嬢さんも回復したのですね。あなた方はこの町の恩人だ」
「やめてよ。結局呪いは解けないみたいだしそんなことはないわ。この町はどうなるの?」
「……町の人々とも話し合った末、決めました。私たちは、この呪いを受け入れ暮らしていこうと思います」
「けど、呪いは伝染するんでしょう? それは……」
その先をクレアは言わなかった。いや、言えなかったのだ。
呪いが伝染するということは、すなわちこの町から人間がいなくなるということ。それはもう普通ではいられないということだ。
そんなことはこの場にいる人間は全員わかっていた。だからこそ、誰も何も言えなかった。
アレフは寄りかかっている壁から離れると、発言した。
「なら、もう俺たちは行くぞ」
「……うん」
小さく頷くクレア。
「いつか、また逢える事を楽しみにしています」
そうぼそりと呟いた町長を背に、アレフたちは町長の家を出た。
歩きながらクレアはいつになく、小さな声でアレフに聞く。
「この町の人たちは、もう二度と戻れないのかな?」
「さあな。だが、呪いが解けないのは【あの魔物が】なんだろ?」
「そうね。いつかきっと、解く方法が見つかるはず」
それは願うような思い。
自身の呪いと、町の人々の呪い。客観的に見る事で、呪いというものがなぜ恐れられるのか。クレアはそれを考えていた。
「あーっ。魔物を倒してくれたお兄ちゃんたちだー!」
アレフたちが町から出ようとした時、5歳くらいの少年が目の前に飛び出してきた。
「あのね、魔物をたおしてくれてありがとう! これでお母さんののろいっていう奴も治るんだよね?」
無垢な少年の目。クレアはその目を見つめ返すことができなかった。
「お兄ちゃんたち【ぷろゆーしゃ】って奴なんだよね? 大きくなったら僕もなりたい! それで困ってる人たちを助けるんだ!」
「そうか」
「また来てねーっ。ばいばい!」
少年は言いたい事が言い終わると風のようにどこかへ走って行ってしまった。
少年が去った後、クレアはうつむきながら呟く。
「アタシは無力ね……」
「ふん、人間一人にできることなどたかが知れている。今回は全てを救うことなどできなかったというだけだ」
「そんな言い方って!」
クレアは激怒しそうになったが、アレフの血が出るほど握り締めた拳を見てやめた。
そう、アレフは悔しがっていた。どこかで魔物さえ倒せば呪いは解けるだろうと考えていたからだ。
だからこそ最後の最後まで呪いの解き方を吐かせようとしていたのだ。
(なぜ俺は、これほどまでに悔しがっている? 人間など、どうでもよかったはず……)
アレフは自分自身の感情に戸惑っていた。
アレフは確かに、未だに人間に対して見下したような感情を持っている。
今回のにしても、自分が呪いを解除すると息巻いて挑んだが、できなかったという約束を破った点に関してだけ悔しいのかもしれない。
(そうだ、俺は約束を破ったから悔しいだけだ。同情などしておらぬ。俺は魔の王だ。人間に同情など……)
しかしながら、自身が人間になりアレフの中に少なからず変化が起きていることは確かだった。