【エルムート突破作戦(中編)】
「俺の腕、俺の腕は……どこだ」
右手を失った魔族の兵士が、煙が立ち込める戦場をよろよろと歩いていた。
「あ、あった――へぷっ」
腕を見つけたその兵士の頭を、巨大な炎の玉が直撃し、肉体を一瞬で燃やし尽くす。
「くそったれが! 火力が違いすぎる! 『テラファイア』!!」
一方で炎をギリギリでかわした魔族が、負けじと無詠唱の高火力炎魔法を放つが、それは届く前に敵の巨大な水魔法でかき消される。
「ぐああっ!」
「ああっ!」
「痛ええよぉおお!」
戦場から聞こえる阿鼻叫喚。戦闘が始まってわずか20分足らずで焦げた肉の匂いが辺りには立ち込めていた。
一方で、人間たちの陣営では、次から次へと詠唱を唱えては魔法を放つのを繰り返していた。
「燃やせ、罪深き咎人と共に、暁の空に刻み込む火焔!」
1人が魔法を放っている間、もう1人が詠唱を唱えて、魔法がいつでも発動できる状態にする。
「灼熱邪火!」
そして次は待っていた方が魔法を放ち、その間に詠唱を唱える。それを交代しながら無限に魔法を撃つ。魔力が尽きた場合は控えて休んでいる二人組と交代する。
完全な分業体制をとっていた。この人間側の指揮をとっていたのがリーン王国の軍団長アルバルト=ドライブだった。髪を全て剃り、ヒゲを蓄えている壮年の彼は、戦場を冷静に見つめていた。
「ドライブ団長。敵はやはり総崩れです! 今回も我々の勝利ですね」
部下の1人が、ドライブに対してそういうが、ドライブは頷くことはなかった。
「いや……前回と違う。前回はこの段階で背中を見せて逃げる者が多かった。だからそこを狙い撃ちして、全滅できたが……今回は、全く引く気配がない」
「そう、言われて……見れば」
「何か狂気すらも感じる気迫だ。やつらに何が起きた……?」
ドライブが感じた違和感の正体が、アレフだという事に気づくのは少し後の話になる。
一方で、アレフは第二陣を出撃させることにしていた。
「敵の魔力は無限ではない! 今こそ畳み掛けよ! 感情を吐き出せぇ! 第二陣、出撃っ!!!」
「「「おおおおぉおおおお!!!」」」
多くの仲間の死を目の当たりにしながら、それでも兵士たちは進んでいった。それは異常な光景だった。アレフの手は震えていた。
(くそっ……止まれっ……!)
それを周りの魔族には見られないように、馬上で必死にもう片方の手で震えを抑えようとする。
「くそ……血が、血が止まらねえ……」
一方で戦場では、臓物を腹から出した魔族が倒れていた。それを見た仲間の兵士が駆け寄って必死に応急処置を試みる。そんな彼に対して、部隊長が声をかけた。
「何してる! 立ち止まるな! 死ぬぞ!」
「レング部隊長! 彼は瀕死です! 早く治療しなければ!」
「馬鹿野郎が!! 戦場では救える命を救ってる暇なんかねえんだよ! 走れ!」
「そ、そんな……嫌ですっ! 俺はこいつを見捨てられ――あぶっ」
瀕死の兵士とそれを助けようとした兵士ごと、敵の魔法で放たれた鉄の鉄柱に押しつぶされて死んだ。
「くっ……馬鹿野郎っ……!」
部隊長は、一瞬動きを止めたが、すぐに周りに指示を出す。
「散らばれっ!! 仲間の死体を利用して壁にしろ!! 徐々に前に進んでいけ!! 止まるんじゃねえぞ!!」
黒煙が立ち込める中、魔族たちは転がる死体よりも一歩前に、ただ一歩前に進んでいった。
第一陣の時は、まるで効かなかった攻撃も徐々にではあるが敵の陣地の近くまで届くようになっている。
とはいえ、まだまだ敵の勢いはとどまることを知らなかった。絶え間なく続く魔法攻撃。その全てが高威力。1人、また1人と魔族たちは倒れていく。
そして第二陣が出発して20分。戦場は明らかに最初の雰囲気とは変わり始めていた。アレフは、人間側の魔法発動までのインターバルが長くなっていることに気づいた。遂に、相手側の綻びが見え始めたのだ。
「アレフ様……!」
ギルレイドは、馬上のアレフにそう訴える。
「ああ、わかってる。ここだ、ここしかない!」
アレフは、第三陣の部隊が目の前の惨状を目にして、恐怖していることに気づいていた。このまま第三陣を突撃させても、逃げる者が多くなることが予測できたのだ。
「アレフ様! 何を!?」
止めようとしたギルレイドを振り切り、アレフは――隊の先頭に立った。
総隊長が先頭に出たことで、第三陣の隊員たちは全員がアレフに注目した。
「遂に時はきた! 敵の魔法攻撃は勢いをなくし、隙が見える! ここで俺たちが突撃すれば、敵の牙城は落とせるぞ!!」
アレフは声を張るが、隊員たちは恐怖が優っているのか返事をせずあたりをキョロキョロ見ていた。皆、不安を抱えているのだ。
「恐ろしいか! 勇敢に立ち向かっていった先の部隊たちが壊滅するのを見て! それは正しい! 死を恐れる事は間違いではない! だが思い出せ! 俺たちは何のために戦っているのか! 思い出せ! 倒れていった仲間たちは何のために戦っていたのか!! 俺たちの先にあるのは何だ!? 自由だ! 敵の牙城を落とした先に、俺たちの求める自由がある!!」
アレフの一言一言が、恐怖に怯えていた隊員たちの心を、少しずつ勇気つけていった。少しずつ士気が高まっていった隊員たちは口々に自分を鼓舞するような雄叫びを上げ始めた。
「自由を求めるなら、叫べ! 退くことなく先に進んだものに、勝利はある!! 『自由を』!!」
「「「自由を!!!」」」
アレフが天高く拳を突き上げると、隊員たちもそれにならって拳を突き上げる。
「いいか!! 生き残り、帰りたい未来があるなら!! 俺の背中についてこい!! 自由を掴むぞ!! 第三陣――突撃ぃっ!!!!」
「「「うおおおおおおおおおっっ!!!」」」
アレフは叫ぶと、馬から降り自らが先頭となって、戦場へと突っ込んでいった。
異例なことだった。魔王の息子であるアレフが、先頭を務めるなどあり得ない。それだけアレフが本気であることを感じた隊員たちは、感動すらも覚えながらアレフに続いて突撃を開始した。
一方でアレフたちの様子を見ていた人間側の団長、ドライブは異様な雰囲気で現れた第三陣を見て、恐怖を感じていた。
「な、何だあの異様な士気の高さは……! 何故臆さない! これほど死人が出ているというに! それほどまでの指揮官がいるというのか!? 幹部クラスの魔族が!?」
「いや、あり得ません! 奴らが東部戦線から離れるなどリスクが高すぎる!!」
ドライブの横にいる兵士は驚きながらもそう答える。
「ならばあれは……いったいなんだというんだ!!」
ドライブは拳で近くの木の柱を叩いた。
「し、しかし安心ですよ! 我らの魔法包囲網を抜けられるわけがありません!」
「だが既に控えの魔導師は尽きた。今戦場に出ている魔導師が最後だ。そこを突破されたら我らは終わりだ……!」
「い、今来た奴らは多く見積もって3千ほどの兵士です。戦場にいる魔導師だけで容易に倒せる数ですよ!」
「それを言うならば、そもそも控えの魔導師がこんなに早く尽きるはずがなかった! 奴らの異常な執念が魔法の消費を早めているのだ!」
「そ、それは……」
「こうなったら、最終兵器を使う!」
「ま、まさか『彼』を呼ぶつもりですか!? 彼は魔王城での決戦のために温存するのでは!?」
「出し惜しみしている場合ではない! ここが負ければ西大陸は終わりだ! 奴を呼べ!」
「は、はいっ!」
兵士は慌てた様子で戦場を抜け、城の方へと向かっていった。
一方、勇ましく突っ込んでいったアレフは火の弾幕を掻い潜りながら味方を鼓舞し続けていた。
「進めぇえっ!! 貴様らの求めるもののために――ぐっ!?」
叫ぶアレフの元には豪速で岩のつぶてが飛んできていた。まともに食らえば体に風穴が開くだろう。アレフは持っている盾では防ぎきれないと判断し、咄嗟に近くに倒れていた仲間の死体を盾にした。
「アレフ様!!」
追いついたギルレイドが、走ってアレフの元へとやってくる。
「大丈夫だ。彼のおかげで助かった」
アレフは盾にした魔族の目を手で閉じさせると、その場から離れる。
「今の声、アレフ様か!?」
「凄いぞ! 本当に戦場に出てくれたんだ!」
「若様が頑張ってるってのに俺たちが負けてられるか! こんな傷、なんてこたぁねぇ!!」
戦場では、傷を負った兵士たちが次々と立ち上がって復活していた。アレフの声を聞いて気力を回復させたのだ。
「凄い……アレフ様の一声で、こんなに皆が……! やれるかもしれんぞ!!」
部隊長のレングは、復活していく兵士たちを見ながらそう思っていた。
事実、魔法攻撃が緩やかになったことに加え、第三陣が来たことによって、魔王軍は敵のいる柵までかなり近づいていた。
「まずい……思っていたよりも更に速い! こうなったら……『奴隷』を使え!!」
ドライブ隊長は、焦りを見せながらそう指示を出した。そしてその指示から少しして、柵についた扉が開かれると、大量の首輪に繋がれた魔族たちが現れた。
「なんだあれは!??」
魔王軍たちは突如敵側から現れた魔族に驚きを隠せなかった。
首輪の魔族たちは、走って魔王軍の方へと近づいていく。その殆どは女や子供の魔族だった。
その中で、レング隊長はひとりの女性の存在に気づく。
「お、おいお前はリーゼル!?」
「あなた……!!」
首輪の魔族たちは、人間に囚われていた魔王軍の家族たちだった。
彼らは戦場にも関わらず、再開に感動していた。前線の兵士たちはそれによって足を止めてしまう。
「何故お前がここに!?」
「何故だかわからないけど、人間側が劣勢になったら私たちを解放してくれるって……」
「劣勢になったら……? どういうことだ」
「わかりません……けど、あなたに会いたかった……」
「俺もだ! とにかくここから離れないと!」
動揺は魔族全体に広がった。その光景を見てアレフは衝撃が走っていた。
「まずい……これはまさか!」
「アレフ様! これは……!」
「ああ……貴様ら! 家族たちから離れろ! 離れろーーっ!!」
アレフの叫びは虚しく、前線の兵士たちには聞こえていなかった。
そして、その光景を見ていたドライブ団長は、無表情のまま、後ろに控えている魔導師たちに指示を出す。
「やれ」
「「「はっ――起動」」」
――ドンッ
鈍い音と共に、奴隷の魔族たちの首輪は爆発した。爆発は連鎖していき、前線の兵士たちは爆発に巻き込まれて殆どが体を吹き飛ばして死亡した。
「「う、うああああああっ!!!?」」
前線の様子を目の当たりにした魔族たちは、恐怖に包まれた。
「解放してやったよ。人生からな」
ドライブは、そう告げる。
「今だ! 魔法攻撃! 畳み掛けろ! 徹底的に潰せ!」
そして始まる魔法攻撃。その地獄のような光景は、魔族たちの心を折るかと思われた。だが、彼らの心には恐怖を超える『怒り』が渦巻いていた。
「酷え事しやがる……うっ、うっ……!」
「許せねえ! くそおお!」
「あいつらが目指した自由は! 俺たちが絶対に手に入れてやる!!」
アレフも予想していなかった兵士たちの怒りは、軍の恐怖を消し去って彼らを突撃させた。
「ド、ドライブ団長! 攻撃にも怯まず敵が向かってきます! な、何故向かってこれる!?」
逆に人間陣営は、腕をもがれても向かってくる魔族たちに恐怖を感じていた。
「こうなれば……仕方あるまい! 陸戦部隊を投入しろ!!」
「わ、わかりました」
再び、柵の扉が開くと、今度は装備に包まれた人間達が大量に現れた。そして、彼らは魔族に向かって武器を構えて突撃をしてくる。
「「「うおおおおおお!!」」」
雄叫びと共に、両者はぶつかり合う。爆音のみが広がっていた戦場に、武器と武器がぶつかる金属音が鳴り響いた。
アレフの元には敵兵士が近づいていた。アレフは剣を腰から抜き取り、襲ってくる敵を斬り殺して前に進む。
「ただ目の前にいる奴を斬れ!! 地上戦を仕掛けてきたという事は、戦いも大詰めだ! ここを乗り切れ!! 自由は目前にある!!」
「うおおっ!!」
高らかに叫ぶアレフを兵士が狙って突撃してきた。それに対して、ギルレイドがすかさず間に入り、敵の心臓を剣で突き刺す。
「汚い手でアレフ様に触れるなっ! アレフ様、ご無事ですか!」
「ああ。ギルレイド、助かった」
「いえ、敵にも焦りが見えます。一気に攻め込みましょう」
「ああ! 行くぞ!」
アレフ達は突き進み、敵を斬り倒していく。敵の魔法攻撃も、今は味方を撃ち殺す危険性があるため止んでいる。
そんな中、道の途中で呆然として座っている魔族をアレフは見つけた。それは出発前に話したロランだった。
「おい、どうした。座っていたら殺されるぞ! たて!」
「あ、アレフ様……!? ぼ、僕は……目の前で……」
「何があった!」
「部隊長のレング隊長が家族と再会して、そ、そしたら女の方の首輪が光り始めて……察した隊長は、ち、近くにいた僕を巻き込まないために、奥さんを抱きしめて、爆発を最小限に止めようとそのまま……うっ、おぇっ」
ロランの近くには、飛び散った腕などが転がっていた。もはや原型はない。
アレフは、吐き出しているロランを無理やり立たせると、殴った。
「うっ!?」
「今は! 貴様の未来を考えろ!! いいか! 死んだものの未来は貴様が生き残って初めて意味がある!! わかったら立て!!」
「はっ……はい……!」
ロランは立ち上がり、剣を引き抜くと戦闘の中に入っていった。アレフもまた、1人、また1人と斬って先に進む。
状況は、明らかに魔族達に有利に傾いていた。元々身体能力では魔族に分があるため、肉弾戦では人間は押されていた。
それを見たドライブ団長は、苦悶の表情を浮かべると、決意をして魔法部隊に指示を出す。
「魔法部隊、攻撃準備!」
「はっ……? し、しかし戦場には我が軍の仲間達がいます! このまま撃てば当たります!」
「それがどうしたぁ!! 負けるわけにはいかんのだ!! 撃てええ!!」
「う、うぅっ、すまん許してくれ……!!」
魔法部隊は、味方に謝りながら魔法攻撃を再開させた。再び戦場には火や雷が吹き荒れる。
その攻撃には、魔族はもちろん、陸上で戦っている人間達も震撼させた。
「お、おい! 俺たちもまだ戦って――ぐぁぁぁあ!!!」
「こんなの聞いてねぇ――あああああ!!」
仲間の攻撃にやられていく兵士たち。
戦いは、泥沼と化していた。殺されると思い始めた人間の兵士達は生き残った者から退却を始める。だが柵は封鎖されていた。
「おいっ!! 開けてくれ!!」
「開けろ!!」
扉に殺到した兵士たちがそう訴えるが、誰も扉を開けようとはしない。
そして、高台からドライブ団長が彼らを見下ろしながら口を開いた。
「そこは開けるわけにはいかん! もはや敵は目前まで迫っている! 偉大なるリーン王国軍ならば、国のために死ぬ事が第一の誉れと心得よ!! 1人でも多くの敵を殺せ!! 生き残った者には貴族の位を授ける!!」
「ドライブ団長!! 嘘だろ!!」
「ドライブ団長ーっ!!」
「お、終わりだ……!」
「俺たちは捨てられた……!!」
「戦っても退いても味方から殺される……! なら戦って生き残る! 貴族の位を手に入れるしかない!!」
「騙されるな!! そんなもの貰えるわけがない!」
「それでもやるしかないんだ!!」
兵士たちは混乱して、戦いを続けるもの、うずくまって戦いを放棄するものに分かれ始めた。
そして魔王軍の攻撃は、ついに魔法を放っている柵の向こうにある高台にまで届き始めていた。
「ド、ドライブ団長! 味方の魔法部隊にも敵の攻撃が届き始め、死傷者が出始めています!」
「う、うぬぅぅ……馬鹿な、馬鹿な馬鹿なぁ!! こんなはずがない!! まだか! まだあいつはこないのか!!」
ドライブは怒りと焦りをあらわにしていた。
そして、そこに1人の兵士が報告に現れる。
「ド、ドライブ団長!! 報告!! カイエン=サナダ様がご到着しました!!」
「来たかっ!!!」
ドライブが歓喜に満ちた表情で兵士が連れてきた男を迎え入れる。カイエンと呼ばれた男は体格が良く、黒い髪を無造作に後ろで結び、無精髭を蓄えていた。どこか気だるそうな雰囲気をまとった壮年の人間の男である。
「ほぉ……まさかここまで追い込まれてるとはな。やべえんじゃねえの? これ」
カイエンは、高台から戦場を見渡し、敵の攻撃がこちらに届き始めているのを確認しながらそう言った。
「カイエン殿!! 待っておりました! 戦況は芳しくありません!! こうなっては貴君の力を借りるしかない!!」
「俺ぁ、魔王城に攻め込む時に力を貸すって聞いたんだけどな。なんでこうなったんだ。奴らには異様な士気の高さを感じる」
「それが分からんのです! ギルガメッシュクラスの指揮官がいるかと思いきや、その様子はない! しかし異常な士気の高さを保っています」
「つまり……ギルガメッシュクラスのルーキーが出てきたって事じゃねえか……もっとやべえよそりゃあ。……まぁいい、金をもらった以上やらして貰う。あんたらは下がってな。こうなった以上奴らの頭を叩かないと無理だ。あぶり出す」
「お、お願いいたす!」
カイエンは、魔法部隊がいる中央へと躍り出ると、そこで詠唱を始めた。
「彼方。世界を結ぶ光の紐よ。鳴り響くは怨声、鳴り止むは歓声。現世を導く炎の道標と成りて此方に降り注げ――『炎獄』」
そして彼が右手を掲げると、そこにはあまりにも巨大な、炎に包まれた巨大な岩石が現れていた。
瞬間、異様な雰囲気と熱を感じた魔族達は一斉にカイエンの方を見て驚愕する。
「な、なんだあれ!?」
「馬鹿でけえ……まるで、太陽……!」
「あんなの撃たれたら……!」
もちろんアレフもその光景を見ている。
ギルレイドとアレフは、流石に焦りを隠せなかった。
「な、なんだと……!」
「まさか、ここに来てあんな強力な魔法使いがいたとは……!? あれが、まさか……噂に聞いたカイエン!?」
「カイエンは人間側の最終兵器と聞いていたが……ここで出るか……!」
「アレフ様! どうなさりますか!」
「俺が、止めるしかない!! ギルレイド!」
「もちろん! ついてまいります!」
カイエンが放った巨大な炎石に対抗するために、アレフ達は全力で走り出して、詠唱を開始する。
「温存などしてられぬ。全開で行くぞ!! 漆黒なる闇夜の世界。深淵より来りしは絶対なる一撃――」
「交わる天空の声。疾風怒濤の主が、咲き乱れる薔薇を吹き荒らす――」
「魔大葬!」
「旋風百花!」
アレフは闇のエネルギーを、ギルレイドは凝縮された風を放った。
アレフとギルレイドの放った魔法が、襲いかかる炎石と激突する。それはあたりに凄まじい衝撃波を放っていた。そして、衝突の末に2つの魔法は弾け飛んだ。石はバラバラに砕けてあたりに散る。同時にアレフ達の魔法も消え去った。
「なんとか……やったようだな」
「はぁはぁ……みたいですね」
だが、もちろん肝心のカイエンはまだ生きている。カイエンは、魔法を放ったアレフとギルレイドを凝視していた。
「あいつらか……」
そう呟くと、ドライブ団長の方へと向き直る。
「なぁおい。たぶんあの銀色の髪の方が頭だ。あいつは誰なんだ」
「み、見たことはない。だが……あの赤い肌に黒いツノに翼と尻尾。ま、まさかとは思うが……も、もしかしてもしかすると、魔王の一族の者かもしれん」
「魔王……おいおいマジかよ。だとして戦場に出るか? フツーよ」
「もし魔王の息子であるなら、色々と辻褄があう。あの異常な士気の高さも……! 何度でも復活する兵士たちの気力も……!」
ドライブは、驚愕していた。
この場所が、この戦争において最も重要であると再確認したからだ。
「なら……あいつを殺せば魔王軍は終わりだな」
「で、出来るのかっ!?」
「さぁな……ただやるしかないぜ。もう後がない」
「そ、そうだな! ならば頼んだ、カイエン殿!! 成功した後には望みのものはなんでも与えよう!!」
「へっ……ならおじさんちょっと頑張ってみるかね……」
カイエンはそう言うと、不意に高台から飛び降りて、戦場へと着地した。そして、まっすぐとアレフのいる場所へと向かう。
そして2人は相対した。これが、この2人の戦いが、『エルムートの戦い』の結果を決定付けた瞬間と言えるだろう。
――歴史的な決戦が、始まろうとしていた。