【記憶の残滓】
アレフとアイは、長いこと馬車に揺られアマゾネスの里がある近くまで訪れていた。
「お客さん、悪いけどここまでで。これから先は何されるかわかんねえからよ」
「わかった。ほら、降りるぞアイ」
「むにゃむにゃ。もうついたの?」
眠そうにまなこをこするアイを馬車から引きずり下ろすと、アレフはそのまま草木に囲まれた道を歩いて行った。
「わー、緑がいっぱいだねぇ」
「おい、あまり不用意に先に進むな」
そして、少しして里が近づいて来た時だった。急に矢が放たれ、アイが進もうとしていた地面に突き刺さった。
直前にアレフがアイの首元を掴んでストップをかけていたおかげで直撃は免れた。
「わっ!?」
「全く。言わんこっちゃない。おそらく、監視兵だろう」
アレフは、矢が放たれた方角の木を睨みつけた。
「おい、出てこい! 俺たちは侵入者じゃない。紹介状もある」
アレフがそう言うと、木の上から1人の女が飛び降りた。小麦色の肌に、黒い髪をしている筋肉の引き締まった女だ。
「紹介状を見せてもらおうか」
女はアレフにそう言うと、アレフから紙を受け取った。そしてそれを一通り読んだ後に、アレフに頭を下げた。
「すまなかった。客人に無礼を。今少し警戒中でな」
「別にいい。入れてもらおうか」
「ああ……それにしてもお前……いい筋肉を、しているな」
アマゾネスの女は、アレフの身体を見て頬を染めながらそう言った。
(これだからあまり来たくないんだ)
アレフはそんなことを思いつつ、アマゾネスの里の中へと入った。
「あれ、誰? 男?」
「男……男だわ! それもイケてる!」
「わ! 泊まるのかなー、泊まるなら仕込まないと……」
里の中に入ると、アマゾネス達がアレフを見て騒ぎ始めた。
「アレフー、なんだか怖いよこの女の人たち」
「うむ……貞操観念が逆転してるからな。恐ろしい女達だ」
アレフは人々の視線に晒されながら、そのまま歩いていき、1つの家へと入っていった。
中には、ほとんど下着姿の女が酒瓶を片手に魔物の毛皮でできたソファに座っていた。
「おぉー、男じゃねえーかー! なんだそいつ、捕まえてきたのか?」
「いえ、姉御。これはアクアリアのマリン様のご紹介です」
「マリンのー? あの男嫌いが珍しいな」
女は、酒を一口飲みながら、品定めするようにアレフを見た。そして受けとった紹介状を読む。
「ふーん。なるほどね……カルマ=メイデンって爺さんを探しに来たと」
「ああ、そうだ」
「話はわかった。けど情報は与えられないな」
「……何故だ?」
「俺がお前を信用してないからさ」
女は、ソファから立ち上がると、アレフに詰め寄ってそう言った。
「アレフって言ったか? 俺はエレナだ。俺とタイマン張らないか? お前が勝ったら情報をくれてやるよ」
「なるほど、俺が負けたら?」
「お前は、ここで子作り機械としてこいつらに犯される毎日だ」
そう言って、エレナは周りにいるアマゾネスの女達を指差しながらそう言った。
すでに女達は呼吸を荒げて、興奮している。
「ふふ、こんな逞しい男なら大歓迎だよ」
「姉御ー、早く倒してねー、ムラムラしちゃった」
「姉御格好いい」
周りにいる女達はそれぞれ言いたいことを言っていた。
「負けたら俺は貴様にも犯されるのか?」
アレフはエレナに向かってそう言った。
すると、エレナは鼻を鳴らす。
「俺は軟弱な男には興味ない。俺に負けるようなら犯す価値もないね」
エレナはそう吐き捨てた。
「姉御ー、そんなこと言ってるからまだ処女なんだよー」
「そうだそうだ。アマゾネスのボスが処女なんて情けないぞー」
女達がからかうようにそう言った。
「ば、馬鹿! うるさいぞお前ら!」
「なんだ。貴様経験がないのか」
「う、うるさいっ! いいから決めろ! やるのか、やらないのか!」
エレナは恥ずかしそうにそうアレフに投げかけた。
「いいだろう。やってやる」
「言ったな。もう引き返せないぞ、くくく」
「大した自信だな」
「アマゾネスの強さを教えてあげるよ」
そう言いながら、エレナは部下から短剣を受け取った。刀身が太く曲がっている。
「お前、武器は?」
「使わん」
「へぇ、じゃ切り過ぎないように注意しなきゃね!」
エレナはいきなりアレフに向かって剣を振り下ろした。アレフはそれをギリギリで避ける。
「ほぉ、速いな。いい太刀筋だ」
アレフは驚いたようにそう言った。
「減らず口を。上手くかわしたな。だが次はこうはいかない!」
エレナは再び剣で、アレフに襲いかかる。その全ての攻撃を、アレフはギリギリで避けてしまった。エレナが息をあげているのに対し、アレフは平常のままだった。
そうなってくると、周りにいた部下達も、異様な状況に気づく。
「あ、姉御の攻撃をあんなに避けるなんて……」
「な、何者? あの男」
「マジで強いじゃん……子供欲しい……」
部下達が呆然としている。
「ここじゃ狭いな。外に出るか」
アレフはそう言って、家から出た。それを追いかけるようにしてエレナも家を出る。
そして、再びの攻撃。またアレフは避け続けた。
「はーっ、はっ、はっ、はっ……はぁはぁ」
エレナは呼吸が乱れていた。
そんな騒ぎを聞きつけて、アマゾネスの女戦士達が続々と周りに集まってきている。
「どうした? もう疲れたのか」
「お、お前……何者だ? 俺の攻撃を全部避けるなんて……あ、ありえない」
「ただの反射神経だ。ありえなくはない。どうだ? ギブアップしろ。俺はあまり女に手をかけたくない」
「くそ、ふざけやがって。俺をなめるな! もう知らん!! 死ね!! 火属性、位階上――」
エリナが詠唱を始めた途端、周りの女達が騒ぎ始めた。
「あ、姉御がキレた! 死んじゃうよあのひと!」
「あんなにイケメンで強いのに! もったいないって姉御!」
部下の声は全くエリナには響いていないらしく、彼女はそのまま魔法を放った。
「大文字!!」
「無詠唱じゃ無理だな。闇属性位階上、暗黒結晶」
大の字に広がる巨大な炎が、アレフを襲った。アレフがいた場所は炎が広がり、燃え盛る。
「はーはっはっは! ざまみろ! 俺のこと馬鹿にするからこうなるんだアホめ! これで終わりだ――って……やべ、貴重な男燃やしちゃった……」
少し後悔し始めたエレナだったが、異変に気付く。燃え盛る炎の中には、結晶があったのだ。火が消え失せ、結晶に包まれたアレフが出現すると、エレナは驚きのあまり後ずさりした。
結晶は砕け散り、中から笑みを浮かべたアレフが現れた。
「残念、惜しかったな」
「て、てめえ、なんで……ありえねえ。俺の攻撃を、ただの人間が受け切っただと?」
「ただの人間……かどうかは怪しいが、これでわかったろう。降参しろ」
「何を! まぐれで一回防いだくらいでチョーシに乗るんじゃねえ!」
「ふ……やれやれ」
そう言って、アレフはエレナの後ろに一瞬で回り込んだ。エレナはそれに気づき、後ろに回し蹴りをかますが、アレフはそれを避ける。そしてそのまま、エレナの腕を掴むと引っ張り上げて、地面に叩きつけた。
「ぐぁっ!?」
エレナはそのまま無残に叩きつけられ、彼女は悔しそうな目でアレフを睨むことしかできなかった。
「勝負あったな」
「ぐ……くそっ。俺の、負けだ」
エレナがそう言うと、周りにいたアマゾネス達は大いに湧き始めた。
「姉御が負けた!?」
「え、えええ!?」
「何者なんだ、あの男!」
「超……格好いい……」
エレナは悔しそうに立ち上がると、背中についた埃を払い、アレフに話しかけた。
「お前……名前はなんて言ったっけ」
「アレフだ」
「そ、そうか……アレフ。人間に負けるなんて思わなかったけど、俺の負けだ。す、好きにしろよ……」
そう言ってエレナは照れたように手を広げて、無防備な姿勢になった。
エレナは、黒い髪を後ろでまとめあげていて、少しつり目で強気な顔をしているが整った顔立ちだった。そして、とても引き締まった腹筋や太ももは今はもうアレフに向けて無防備にさらけ出されている。
「……何を言っている?」
「だ、だから! 負けたんだから俺の事好きにしていいってんだよ! 犯すんだろ!? オークが貪るようにさ!」
「わけのわからない事を言ってないで、早くカルマ=メイデンについての情報をくれ。そういう約束だったろう」
「え……あ……そうか。わ、わかってるよ! 冗談だよ、ジョーダン! ははは」
「何を1人で盛り上がってるんだ貴様は」
「ぐぐっ……と、とりあえず家ん中入れよ。そこで話すからさ」
アレフはエレナに導かれるまま家の中に入った。そして、水を飲んでようやく落ち着いたのか、エレナは冷静に話し始めた。
「まず最初に言っておきたいんだが、俺らの里は今警戒態勢中だ」
「ああ、入り口にいた見張りの女もそんな事を言っていたな」
そう言ってアレフは家の中で一応警備という立場で立っている、その時の見張りの女に目を向けた。すると覚えていたことがよほど嬉しかったのか、女は顔を真っ赤にして体を抱きしめるようにして身を震わした。アレフはため息をついてエレナの方に向き直った。
「理由として先日、里にある男が来たんだ。2人組のな。1人は老人。もう1人は若い良い男だった。老人は名をカルマ=メイデンと名乗った」
「カルマ=メイデン……」
「カルマは、何やら石碑を探していたんだ。アマゾネスが管理する石碑を」
「石碑……?」
そう言われて、アレフはアクアリアで出会ったあの古代文字が書かれた石碑を思い出した。
「ああ。カルマは自分を学者と名乗ってて、石碑に興味があるんだと言っていた。だから石碑を見せてもらう代わりに、この若い男を俺たちにやるって言ってきたんだ」
「ほう。どうなった」
「喜んで受けたさ。確かに石碑は代々俺たちが管理してたが、何のためにあったのか全くわからないし、興味もなかった。それを見せるだけで若い男を貰えるなら受けない理由がないだろ?」
「貴様らは飢えすぎだ……」
「で、だ。カルマも用が済んだらすぐに里から出てったんだ。俺は弱い男に興味ないから、貰った男は放っておいたら、里の女の1人が競い合ってその男を勝ち取ったらしくてな。夜な夜なやりまくってたんだよ」
「節操ないな」
「問題はここからだ。やってた男が少しして、狂ったように叫び始めて、女を殺そうとしたんだ。まぁ返り討ちにして男は死んだけどな。異常な光景だった。俺はカルマにあの男が何かされたんだと考えた。それからさ、警戒態勢になったのは」
「なるほど。たぶんその男はカルマに操られてたんだろうな」
アレフはアクアリアでの体験を思い出しつつそう言った。
「操られて?」
「ああ。アクアリアでもカルマに操られた女と戦った。正気を失ってたよ。奴は何かの方法で人を操る」
「なるほど……」
「さて、それじゃあカルマが見た石碑を見せてくれないか。何かわかるかもしれない」
「いいけど、本当にただの石碑だぞ。書いてるのも読めないし……」
「問題ない。起きろ、アイ。出かけるぞ」
「ふにゃ? んー、どっか行くの?」
そういうわけでアレフは暇で寝ていたアイを起こして、エレナに導かれるままに里の奥にある石碑の場所に向かった。
そこは、里の奥にある小さな祠だった。木で作られた簡素な雨よけは、苔が生えていて全然手入れされていないことを表している。
祠の中央には、石でできた柱があった。それは、アクアリアで見たものとよく似ていた。
「ねー、アレフ。あれさっきの水の街でも同じやつ見たよね」
「ああ。何か関係があるかもしれない」
「何? こんなただの石が他にもあんのか? へぇ、変わってんなぁ」
エレナは、石碑を眺めながら心底どうでも良さそうにそう言った。
アレフとアイは、石碑に近づくと書かれている文字が古代文字であることを確認した。
「アイ……お前は読めるか?」
アレフは自分も読めるが、あえてアイにそう尋ねた。
「うーんとね、うん! 読めるよ。えーと……」
すると、アイは石碑をぼーっと見つめ始めると、どこか虚ろな目で文字を読み上げていった。
「――『消えた貴方を探して戻る。悠久の時は戻ってこない。それでも私は戻る、あの黄金へと』――うっ!?」
(やはり完璧に読めている。アイは古代文字を読める事が確定した。どういう事なんだ)
アレフがそう思案している一方、アイは読み上げると、うずくまって苦悶の表情になり痛みを抑えるように、頭を抑え始めた。
「どうした、アイ」
「痛い……! 頭が、割れそう……!!」
「おい、大丈夫かよその子! 凄く痛がってるぞ!?」
エレナも心配した様子でアイを覗き込んだ。だがアイはただ痛がるだけで、何も答えられない。
――どうして?
「頭に、何かが……響いて……」
アイの頭の中には何かが響いていた。それはどこか切なげな、誰かの悲しい声。それはアイの頭の中にひたすらに響いていた。
「誰? 誰、なの……っ!?」
――どうして……あなただったの?
「……ロラン――?」
アイは、ポツリとそう呟いて、その場に倒れた。
「おい、大丈夫か! 何があっ――!?」
驚いたアレフは、倒れたアイに触れる。瞬間、彼の頭の中にはとどめなく何かの光景が流れていった。
「お前は……!」
光景の中に出てきた1人の男によって、アレフは一瞬にして過去の思い出へと旅立っていった。