【願い】
アレフ達はシスターマリアをアクアリアへと連れて帰った。
彼女は治療された後、眠りについて次の日になって元気になったのでアレフ達は事情を聞くことになった。
「――あの時、ガンズ達が私を治そうとしてくれて、あの老人が私に魔法をかけた途端、私の中に得体の知れない『何か』が生まれたんです」
「何か?」
アレフがそう尋ねると、シスターは壁に寄りかかりながらベッドの上で語り始める。
「ええ。その何かは私の精神を深くへと追いやって、私の体を操り始めたのです。私はその時既に、体の自由を奪われていました」
「貴様は操られて何をされていたんだ」
「あの老人は、『オーブ』と呼ばれるものを探していました。私はそれを手に入れるために操られていたんです」
「ふん、こいつのことか」
アレフは手のひらの青い玉を見つめる。見たところで何も変化はなく、特別な何かには見えない。
「これが価値あるものなのか?」
「わかりません。私は何故老人がそのオーブを集めていたのかを知りませんから。ただ老人は『魂の解放』という言葉を頻りに使っていました」
「ほう。それにしても貴様らの方が先にオーブの存在を知っていたのに、何故取りに行かなかった? あのアクア殿には特別な結界も張ってなかろう」
「わかりません。ただ私は、出てきたあなた達を襲うように指示されました」
「まるでわからんな……まぁいい。それでその老人、確か名前をカルマ=メイデンと言ったか。奴はどこへ?」
「以前彼は、アクアリアの次はアマゾネスの里へ向かうと言っていました」
「何……厄介な」
アレフは表情を崩した。思っていたのとは違う方向へと向かっていたからだ。
「ね、アレフ。アマゾネスの里って、魔族のアマゾネス?」
アイが興味深そうにアレフに尋ねる。
「そうだ」
「えーと、確か女の人しかいない種族なんだっけ?」
アマゾネスとは魔族の一種で、女のみしかいないという珍しい種族だ。彼女達は戦闘能力に秀でている。女だけで狩りをし、生活をしているのだ。
そのため彼女達は気が強く、人間や他種族の男に対して獲物のような目で見ることが多い。
「そうだ。アイ、記憶がなくてもそこらへんの常識は覚えてるのか」
「うーん、というより自分に関する記憶だけ何も覚えてないって感じかな? けどアマゾネスって何が厄介なの?」
「お前がさっき言ったように、奴らは女しかいない。だから子を成す時は外界から人間やら魔族やらを誘拐して襲って無理やり子供を作るんだ。アマゾネスは強い。奴らの里に男が行くというのはドラゴンの巣に裸で向かうのと同じだ」
アレフの言葉に、それまで黙っていたガンズが目を輝かせた。
「それって最高じゃん! アマゾネスのお姉さん達に襲ってもらえるんでしょ!」
「ガンズ……キモいよ」
「ガンズ、あなたという子は……はぁ」
アイとシスターに呆れられたガンズだが、アレフはそんな期待を打ち砕くように鼻で笑った。
「なら行ってみるといい。あいつらの里に拉致られて無事帰ってきた奴など聞かんがな。一生をそこで過ごすことになるぞ」
「ひぇ、や、やっぱ俺やーめた」
「だから厄介なんだ。あいつらの子供はどんな種族と子を成そうが全員アマゾネスの女になる。そうやって強い血を残し続けてる」
「アレフ、随分詳しいんだねー?」
「ああ、昔部下にい――」
「部下?」
「いや、なんでもない。とにかくだ、アマゾネスは面倒だという話だ。それに、あいつらの里に入る方法も思いつかん。さて、どうしたものか」
アレフが考えていると、長官の仕事として書類に目を通しながら話を聞いていたマリンが、突然立ち上がった。
「入る方法ならあるわよ。ほらこれ、紹介状。私たち人魚族も男が生まれにくいっていう似たような境遇だし、アマゾネス達とは交流もあるわ。私、族長とは知り合いなの。だからこれを見せれば、村には入れてくれるでしょうね」
「なるほど、有難いマリン。受け取っておこう」
そう言ってアレフはその紙をマリンから取ろうとしたが、マリンは手を引いてそれを避けた。再びアレフが取ろうとするが、マリンが避ける。
「な、何してるんだお前は。くれるんじゃないのかそれ」
「あげるわよ。ただ私のお願いを聞いたらね?」
「またか、今度はなんだ?」
アレフがそう訊くと、マリンは頬を少し赤らめて、メガネの位置をせわしなく調整しながらこう言った。
「それは、『一回だけ私の言うことをなんでもきくこと』よ」
「な、なんだそれ、範囲でかすぎないか」
「もちろんアレフを永続的に縛る願いは無しよ。例えば、け、結婚しろとかね。私はあんたの事嫌いだからこんな願いするわけないけど一応ね」
「……まぁ、願いの内容によるな」
「と、とりあえずそれはまた後で話すわ。さぁそろそろご飯にしましょう?」
シスターが目を覚ましたのが夕暮れだったのであたりはもう暗くなっていた。
マリンの言葉で話は終わり、アレフ達は食事をとり、そして寝床へとついた。だがアレフは食事中、マリンに部屋に来るように言われていたため、マリンの部屋へと向かった。
「ア、アレフ。来たのね」
「お前が来いって言ったんだろ」
マリンはどこか緊張した様子で、椅子に座っていた。
「そ、そうね。そうね……」
「で、なんだよ」
「ア、アレフはさ……私に初めて会った時のこと覚えてる?」
「ん? 勿論覚えてるが。天才人魚族って言われてる姉妹を、俺がスカウトしに行ったんだからな」
アレフは、自分の魔王軍を強固にするために、自らが足を運び、めぼしい魔族をスカウトしていた。
その時にマリンとハミングに目をつけて、アレフは最終的にハミングを魔王軍に入れたのだった。
「そうよ。その時は……びっくりしたわ。魔王自らが来るなんて思わないし」
「自らの足で行ってこそわかることもあるからな。ギルレイドの奴は反対してたが」
「そうね。けど、私は嬉しかった。必要とされてるって思った。けどあなたはハミングを選んだ」
「それはだな」
「ええ、わかってるわ。わかってる。けどやっぱり少し残念。だから、だからね? アレフ、私の願い、わかるでしょ……?」
マリンが切なそうな目でアレフを見つめる。するとアレフは、彼女へと近づいていき、彼女の眼鏡をそっと外した。
「今日は酔ってないみたいだが……いいのか?」
「もう……からかわないでよ」
そう言って、彼らはそのままベッドへと倒れ込んだのだった。
次の日になり、アレフ達はアマゾネスの里へ向けて出発する準備をしていた。
「ガンズー、本当についてこなくて良いの?」
「ああ、俺はここで先生の様子を診て、少ししたら孤児院に戻ろうと思う。アレフさん、お金は後で返すから」
「そんなものいらん。元々孤児院は少し出かけてくる程度の気持ちで出たんだろう? 俺もお前にちょうど飽きてきたところだった。精々静かに暮らせよ」
「……はいっ」
ガンズの返事を聞いたアレフは満足げに頷いた。
「アレフ、またね」
「ああ」
「絶対ね!」
「ああ」
「本当に絶対よ!」
「うるさいぞ、わかった」
「ふふ、ならよし」
見送りに来たマリンに、そう返事をするアレフ。
シスター達からのお礼も受けつつ、アレフはアイと共にアマゾネスの里へ向けて馬車へと乗って出発した。
「ねー、アレフ。アイの記憶、戻るかな?」
「さぁな。戻るんじゃないか?」
「何よそれー、もう」
ぽかぽかとアレフを殴るアイ。
そんな彼女をみて、石碑での出来事を思い返したアレフは密かに考える。
(記憶が戻った先に、お前を待ち受けるは……希望か、絶望か……)
アレフの思いを乗せながら、馬車は目的地へに向かって行くのだった。