【水と人魚の街】
ガンズを半強制的に仲間に加えたアレフは、彼に孤児院への別れを済まさせた。
「孤児院への別れの挨拶はあんな簡単で良かったのか」
「うるせーよ。いいんだよ、ちょっと出かけてくる程度のスタンスで」
「ガンズって素直じゃないねぇ、アイそういうのは子供っぽいと思うなー」
「うるせえよ!」
アイの煽りにガンズは激しく狼狽した。
「まぁいいが。それであの老人とやらの情報は?」
「あー、言っとくが大した情報じゃねえからな。最初にそいつと出会った時言ってたんだ。『南にある水の都、アクアリアから来た』ってさ」
「ア、アクアリア……か」
アレフは少し驚いていた。アクアリアは水の街と呼ばれているだけあって街全体に水を使った工夫が見られる都市だ。そしてその街には特徴的なことが1つある。
「そのアクアリアってのはどんなところなのー?」
アイが疑問を投げかける。
「お前知らねーの? アクアリアは水の都と呼ばれてて街全体をイカダで渡れるんだぜ。それに何より、人魚族がいるんだよ」
「へぇ、人魚族かぁ。興味あるなぁ。ね、アレフ、面白そうだね」
「そ、そうでもないな……」
そう、人魚族といえば魔王時代のアレフの側近、四大帝の1人であるハミング=セイレーン。彼女は人魚族であり、そのアクアリア出身である。
アクアリアは人間と魔族が共存している珍しい街である。人魚族は人間と不可侵同盟を組んでいるため、襲うことはせず、あくまで戦争に参加しない中立的な立場を取っている。
「おいおい本気かよアレフさん。人魚族といえば美人しかいねえ種族ってことで有名じゃねーか。男としてこんなに心踊ることはねーよ」
「あのね、ガンズ。アレフはあんたみたいに節操無しじゃないのー。ねぇ、アレフ?」
「ん? あ、ああ……」
アレフが考えていたのは、ハミングの事だった。
(確か、イーシェの話ではあいつは“眠った”って言ってたな。どこでそれを行ったのかは知らんが、アクアリアにいたりはしないよな……?)
アレフは言いようのない不安に襲われていた。
「つーかアレフさん。あんたなんでそんなに老人の情報を知りたがるんだ?」
「少し古代魔法について興味があってな……」
「えー、でも古代魔法つーか古代文字を読める人なんて専門の学者くらいって言われてるし、読めても扱える人なんて殆どいないらしいよ? まぁだとしたらあの爺さん相当ヤバイけどさ」
アレフが知りたがっていたのは、古代魔法というよりはそれを扱える人物そのものだった。ガンズの言うように、今の時代古代魔法を扱えるものなど殆どいない。アレフは、古代魔法を扱える人物となると、アレフを復活させた誰かと関わりがあるかもしれないと考えていた。
「だからこそ、その老人の手がかりを探すのさ」
「よくわかんねーけど、俺は人魚に早く会いてえ」
「とりあえず行くしかないな……」
というわけでアレフ達は馬車を拾い、水上都市アクアリアに向かったのだった。
アクアリアははるか昔に海の上に作られた都市で、当時の人魚族の持つ技術を使って作られた都市である。名の通り海の上に作られているので、建物は特殊な素材で出来ており、街のいたるところに水路がある。
「わぁ凄いねぇ。本当に人魚さんがいる」
アイが感心した声を漏らした。門を通り、街に入ると、すぐ人魚族の女性が街にある水路を泳いでいたのだ。
人魚族は、上半身は人間そのもので、下半身は魚という特殊な形態をとっている。人魚族の特性として恋をした相手によって下半身を変化させることができるというものがある。ただあくまでこれは生殖行為状の点であり、一般的に魔法で下半身を人にすることは誰でもできる。
よって街中を普通に歩いている人でも人魚族である可能性は高い。
「さて、情報収集と言えば……やはり酒場か。酒場はどこだ?」
「アレフさんアレフさん! あれあれ!」
アレフが酒場を探そうとキョロキョロと辺りを見渡していると、ガンズが彼の裾を引っ張って遠くを指差した。アレフがそちらを見ると、そこには『マーメイドバー』と書かれた看板と、その店の前の水路でパチャパチャと涼んでいる綺麗な人魚族の女性たちの姿があった。
「いやあれ酒場っていうか……なんか違う」
「でもさでもさ! マーメイドバーだよ!? 男の浪漫が全部詰まったような名前だよ!? 行かなくていいの!?」
「行っちゃ駄目だよアレフー! 不潔だよー!」
ガンズとアイ、2人に引っ張られるアレフ。やれやれとため息をつき、彼は近くにいた人に話しかけるのだった。
「すまないが、この街に酒場はあるか?」
「うーん、あのマーメイドバーくらいかな」
「なるほど、わかった。ありがとう」
その答えを聞いたアレフはアイをなだめながら話した。
「というわけだ。悪いがアイ、あそこしかないらしいからあそこにいく」
「えー! 結局行くのー! アレフも結局えっちなんだねー、幻滅だよげんめつー」
「馬鹿野郎、仕方ねえんだよこれは仕方ねえ。ねっ、アレフさん。よっし、そうと決まれば早速行きましょうー」
ガンズはウキウキでスキップしながらマーメイドバーの方へと向かっていった。
店の前まで行くと、人魚族の女性達が客引きをしていた。水着姿で勧誘してくる彼女達に、通りかかった男達はまんまと引っかかって入っていく。アレフ達もその流れに乗って店の中に入っていった。
中に入ると、店員の綺麗な女性がこれまた水着姿で彼らを迎えた。店の中は少し暗めで、水色の光が店を照らしている。
「いらっしゃいませ。マーメイドバーにようこそ。3名さまでよろしいですか?」
「はいはーい、よろしいでーすっ」
ガンズが勝手にそう答える。すると店員は奥の方へ向かい、ソファとテーブルのある席へと案内した。
「ご指名はございますか?」
「無い」
「畏まりました。では少々お待ちください」
ソファに座ってアレフ達は待つことになった。アイは興味深そうに周りをキョロキョロと見渡し、ガンズはソワソワと口を開きっぱなしで緊張していた。
店の中も水路があって、店員が泳いでお酒を運んでいたりする。なかなか変わった風景だ。
「お待たせしましたー」
少しして、水路から泳いできた人魚族が3人現れた。どれも美人で若い。
彼女達は魔法を使い、足を人化させると水面から這い上がり、そしてソファに座って再び足を魚に戻した。
「やーん、可愛いわねぇ僕何歳?」
「えへ、えへへ、16歳ですぅ」
ガンズは鼻の下を伸ばしきった顔でそう答えている。
「お兄さん格好いいですね! それに逞しい! 冒険者の方?」
「やばっ、めっちゃタイプ。本気で格好いいじゃん」
アレフの横に座った人魚2人がぐいぐいとアレフに近寄ってくる。するとアイがアレフの腕と組んで、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
「アレフに近づいちゃ、だめーっ」
「えー? お嬢ちゃん、もしかして妹?」
「可愛いねぇ、うりうりぃ」
「ちょ、やめっ」
人魚達はアイの頭をよしよしと撫で始めた。アイはそれが恥ずかしくて抵抗する。
「今日はこの街に何しにいらしたんです?」
「ある情報を探しにきてな。実はこの店に来たのもそういった事情だ」
アレフがそう答える。
「へぇ、まぁこの街には酒場とか無いですからねぇ。男の人が少ないから」
そう、人魚族には男が生まれにくいという性質がある。5人生まれて1人男が産まれるかどうかといったところだ。その性質のため街にはあまり男はおらず、酒場など荒くれ者が集まりやすい店は無いのだった。
「なるほど、そういった理由だったか。それでだ、早速で悪いんだが半年ほど前にこの街にローブを着た男の老人が訪れたという話を聞いたことはないか? おそらく高度な魔法使いのはずだ」
「うーん……私はないなぁ。ミッちゃんは聞いたことある?」
「私もないかなぁ。あ、でも半年くらい前ならアレがあったよね。水魔祭」
「あー確かにー」
人魚達3人はそう言って何か思い当たる節があるそぶりをみせた。
「水魔祭?」
「はい。一年に2回ほど水魔祭と呼ばれる祭があって、水と魔法を全面に押し出した祭を行うんです。結構盛り上がるのでその時にそのお爺ちゃんも来てたかもしれないですねえ。魔法使いなら水魔祭の時に何か魔法を使ったりしてたかも」
「なるほど水魔祭か……そういった情報に詳しい人はいないのか?」
「んー、正直そういうのを管理してるのはマリン様だからなー」
「マ、マリン。そうか……あいつか」
「え? おにーさん、マリン様と知り合いなのー?」
「ま、まぁ少しだけな……」
アレフは少し冷や汗をかいた。マリンとは、この都市を治める長官のような役割を持っていて、最高責任者である。
そんな彼女の名前はマリン=セイレーン。そう、彼女はハミング=セイレーンの姉である。実はハミング関係のことで、アレフとマリンは少し厄介な関係があった。
「やれやれ……」
アレフはため息をつくのだった。