【シスター】
アレフの目の前にはガンズ達が縄で縛り上げられて座っていた。
「ちっくしょー……」
「やられちまった」
「強すぎだろ化け物かよ」
各々がブツブツと好き放題言っている。アレフは彼らを見下ろしながら尋ねた。
「お前ら、なんで盗賊なんてやってる」
「うっせえな、別になんでもいいだ――痛ぁぁ!」
「「だ、大丈夫か!? ガンズ!」」
ガンズが口答えしていると、アレフの横に立っていたアイが彼にゲンコツをかました。思わずカーマ達も心配そうに声を上げる。
「ごちゃごちゃ言わずに答える!」
「な、なんつー暴力的な女だ。オーガの女みてえだな」
「よくわからないけどアイに対する悪口だというのはわかるよ!」
アイが人差し指をビシッとさして、偉そうに彼らを見下ろす。するとガンズは渋々と言った様子で話し始めた。
「……俺たちは全員戦争孤児だよ。身寄りがねえから行くあてもねえし、金もねえ。だから盗むしかなかったんだ」
「冒険者とやらにはならなかったのか?」
アレフのその問いに、ガンズは顔を曇らせる。
「なったさ。だけどガキで身元もわからねぇ俺と組むやつはいなかった。低級のクエストを受けてても報酬はたかが知れてる。他の奴らにも食わせなきゃなんねえ。その日暮らしも怪しい生活だった俺らは盗みをやることにしたんだ」
「他の奴ら? 他にも孤児がいるのか」
アレフがそう尋ねると、ガンズは頷いた。
「孤児は俺たち以外に8人いる。元々俺たちは全員孤児院にいたんだ」
「その孤児院はどうした」
アレフの質問にガンズは答えたくない様子だった。カーマ達もどこか浮かない顔をしている。だがガンズは何かを諦めたのか口を開いた。
「シスターが……いたんだ」
そう言って、ガンズは語り始めた――
♦︎
「はーいみんな、ご飯ですよ。おいでー」
若く、修道服を着ている女性がそう言うと、それまで遊んでいた子供達が一斉に彼女の元へと集まってきた。彼女の名前はマリア。シスターだ。
マリアもかつて、孤児だった。親を亡くし行くあてもなかった彼女を救ったのがこの孤児院の先代シスターだった。5年前、先代シスターはこの世から去り、マリアはその後を継いだ。その時マリアは21歳だった。
慣れないながらも彼女は懸命に子供達を育てた。そして子供達はそんなマリアが大好きだった。その中にはガンズ達ももちろんいた。
「なーマリア先生ー。俺、冒険者になろうと思うんだけど」
料理を食べながら当時16歳だったガンズはそう言った。マリアは驚いた顔をするとゆっくりとガンズに尋ねる。
「ガンズ。あなた冒険者がどういうものかわかっているの?」
「もちろん。魔物とかぶっ倒してお金をもらう職業だろ?」
「それだけじゃないわ。様々な人達の依頼を受けてそれをこなす人たちよ。危険な仕事よ、死ぬ事だってある」
「大丈夫だよ、俺オーガだもん。ここでも1番強いし、負けやしないさ」
「そういうことじゃないの。私はあなたを心配して言ってるのよ」
「へへっ、平気だって。任せといてよ」
「もう……」
シスターはため息をついた。ガンズには言ったところできかないとはわかっていたが、今回ばかりは易々と許すわけにもいかなかった。彼女はその後もガンズを諭し、なんとか冒険者になるのはまだ早いという意見に落ち着かせた。
(先生にはああ言ったけど、俺が稼いでみんなに飯をたらふく食わせてやる)
だがガンズの中には自信があった。彼には冒険者になってもやっていける腕があると思っていたのだ。
結局ガンズはシスターに黙ってギルドのある街まで赴き、勝手に冒険者に登録した。彼は浮き足立っていた。やっとみんなの役に立てると。
だが現実は厳しいものだった。子供の上に魔族であるガンズに、人間の冒険者達は辛くあたっていた。
「おら、ガキ! 荷物持ちだろうが、さっさと歩け!」
「く、くそっ」
パーティに誘われることはまずなく、仮に入れたとしても荷物持ちなどの雑用をさせられた上に金は殆どもらえなかった。だがガンズは諦めることなくそんな雑用もこなし、少ないお金を貯めていた。
「あ、ありゃあレイガルウルフだ!」
そんなある日、ガンズの所属したパーティは彼らの実力を遥かに超えた魔物達に遭遇してしまった。もちろん敵うはずもなく、彼らはすぐに撤退をした。だがその時、助かることに必死だったパーティのリーダーは、ガンズを魔物に突き出して囮にして逃げたのだった。
ガンズは魔物に攻撃されながらもなんとか逃げた。だがひどい傷を負った。傷だらけで帰ってきた彼を見てシスターは驚愕した。かなりの重症だったガンズを助けるため、シスターはなけなしの金を使って高価な治療薬を買ったのだった。
それを使うことでガンズはなんとか一命を取り留めたが、孤児院には既に資金がなくなっていた。シスターはお金を作るために街に稼ぎに出始めたが、元々身体が強くなかったシスターはますます体調を悪くしていく。
負の連鎖が続く中、シスターは遂に倒れてしまう。孤児院の子供達はなんとか彼女を助けようとするが、圧倒的に金が足りなかった。金を集めるために、ガンズは盗みを始めた。そして彼らの盗みの噂は徐々に広まり、ある日ローブを着た老人が彼を訪ねて、孤児院に訪れる。その老人は、左目が傷で潰れていた。
「金が、必要なんだろう……? いい仕事がある」
老人にそう言われたガンズは、その仕事を引き受けるようになった。仕事自体は簡単だった。今までのように行商人などから物を盗むだけ。ただ、盗んだものの中に『魔石』と呼ばれる石があった場合は老人に渡すだけ。
魔石は、魔力を含んだ石であり、それを改良する事で日常生活において家具や製品に使われている。魔石自体、個人で買う事はできないが、見つけた場合売ればそこそこの値がはる。老人はそれを相場の二倍で買い取った。
そうして、金が溜まったガンズ達はシスターを治すための薬を買おうとした。すると老人が、時を見越したかのようにこう口にする。
「私ならその女を助けることができる。何、金はいらない。仕事の礼だ」
金を奮発するこの老人の事を、ガンズ達はどこか盲目的に信頼していた。そのため、無償で助けてくれるという老人の提案に乗ってしまったのだった。
老人は苦しそうに寝ているシスターの元へと行くと、彼女を囲むようにして魔石を配置し、何やらぶつぶつと唱え始めた。
「冥界、彼方より来りし十戒に裁かれた罪人。魂魄に宿りし縛鎖の念。解き放て」
老人の詠唱と共に、魔石が淡く輝き始める。そして魔石と魔石同士が魔力で繋がり、魔法陣を描いていた。
「ルートレアール」
老人がそう唱えると、シスターを中心にして黒い渦が巻き起こった。そしてそれはシスターの体の中に入り込むようにして収束していく。
「くく……成功だ。さぁ目覚めよ揺りかごのまどろみから」
老人はそう口にする。
少しするとシスターは目を覚ました。
「マ、マリア先生! 身体は平気なの!?」
ガンズ達は喜んでシスターマリアの元へと駆け寄る。すると彼女はしばし自分の体を見た後に、無表情に、無機質に、彼らの方を見ると答えた。
「……ええ。もう平気よ」
その日から、シスターの様子は変わった。あれほど愛していた子供たちに構うことをしなくなり、孤児院を離れてどこかに行っている時間が増えた。
ガンズたちはそれを不思議に思ったが、シスターが元気ならいいとそう思っていた。だがある日、シスターは孤児院を出て行ったきり、戻ってこなかった。
ガンズ達は彼女を待った。だが彼女は帰ってくることはなかった。シスターが去り、孤児院は暮らすためのお金が殆ど無くなっていた。老人から魔石を売ることで得ていたお金も子供達の生活ですぐになくなっていった。
だからガンズは金を稼ぐため、再び盗みを働いた。ガンズだけに任せるわけにはいかないと、カーマとセイも盗みを働くようになったのだった。
♦︎
「――つーわけだ。俺はさっさと金を稼いでみんなに飯を食わせなきゃいけねえし、何よりマリア先生も探さなきゃならねぇ! こんなところで捕まってるわけにはいかねーんだよ!」
ガンズが縄に縛られたままそう吠える。アイはそれを聞いて少し同情していた。
「ね、ねぇアレフ。なんだかアイ、この子達可哀想に思えてきたんだけど」
「まぁそれはそれ、これはこれだ。とりあえず俺はさっさとこいつらを依頼主につき渡して金を貰わないとな」
「ア、アレフ鬼だね」
「それよりガキども。さっきの話で1つ気になった点がある。老人が詠唱を唱えて魔法を使ったと言っていたな。つまりそれは古代魔法だ。その老人には興味がある。どこに行ったかわからないのか?」
「知らねーよ。つーか知っててもお前なんかに教えねーよ」
ガンズは毅然としてそう振る舞う。その態度にアレフは笑みを浮かべた。
「ほう、あくまで折れぬか。面白い。まぁいい。とりあえずお前らは依頼主のところへと連れて行く」
「ちっ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ。だが主犯は俺だ。カーマとセイは大して関わってねえ」
「それを決めるのはお前じゃない。黙ってついてこい」
アレフはガンズ達を連れて街へと戻った。襲われていた行商人は、アレフに礼とお金を渡して去っていった。
「へぇ、こんなガキだったとはね」
依頼を頼んだ酒場の店主はまじまじとガンズ達を見た。
「依頼は果たしたぞ。10万ゼラもらおうか」
「ああ、どうやら冒険者達の顔を見るようじゃ、こいつらで間違いないみたいだしな」
酒場にいた冒険者達はガンズ達を見て汗を垂らしていた。実際にやられた時の記憶を思い出していたのだ。
アレフは出されたお金を受け取ると、店主に提案した。
「さて、この金は貴様に返そう」
「はっ?」
アレフは受け取った金をそのまま店主に返す。
「そのかわり頼みがある。この2人カーマとセイと言うんだが、ここで雇ってやってくれないか」
「「「えっ?」」」
アレフのその提案にガンズ達は声を揃えてそう驚いた。
「こいつら孤児院出なんだが金がなくて盗みをしていたらしくてな、このまま再び野に放してもまた盗みを働くだけだ。この店、人手が足りないんだろう。こいつら2人、雇ってくれないか」
アレフは淡々とそう述べる。店主はふざけているのかと勘ぐったが、アレフの表情は至って真剣で、冗談を言っている様子ではない。
「こいつらを雇えって本気か? あんたもしかしてこいつらとグルか?」
「まさか。ただ盗みを無くすのだとすれば、こいつらを殺すか働き口を与えるか以外にはないと言っているだけだ。殺すというなら何も言わんが」
店主はその言葉を聞いて、呆れたようにため息をついた。
「……ちっ、ガキどもはこの人に感謝するんだな。言っとくが俺の店に休日なんてねーぞ、いいな?」
店主がそう言うと、カーマとセイは少しぽかんとした後、はっきりと返事をした。
「「は、はいっ」」
残されたガンズはアレフの方を見て、照れ臭そうに礼を言った。
「あ、ありがとよ。あいつらを助けてくれて。さぁ、俺は殺すんだろ? 主犯だしな。さっさとやってくれ」
「何を言ってる。貴様はあの老人の情報を俺に話せ。というか貴様は雑用係として俺についてこい」
「えっ? はっ? え?」
「俺にリターンが無いのにこんなことするわけないだろう。貴様は今から俺の使い走りだ。せいぜい働けよ」
アレフの有無を言わせぬ発言に、ガンズは冷や汗を流すしかなかった。