【魔王、傍観する】
アレフがそう言うと、場にはしばらくの間静寂が訪れた。
その静寂を断ち切ったのは老人の一言だった。
「し、失礼ですがあなたの勇者レベルは?」
「ん? 1だが?」
「む、無謀です。死ぬにはまだ若すぎる。あなたたちは素直にここを立ち去った方がいい」
必死にアレフを止めようとする老人。
客観的にみればアレフの物言いはただの自殺志願者であるので当たり前といえば当たり前だ。
「そうよ、ここはアタシに任せておきなさい! レベル4のこのクレア様にね!」
「この子はあなたの娘さんですか? 変な嘘をつくように育つと良くないですよ」
冷静にクレアを見つつそう言う老人。
客観的にみればただのやんちゃな子供が勇者に憧れて言っているだけなので当たり前である。
「誰がとても可愛らしい娘よ! アタシは呪いでこんな小さくなってるのー!」
「とても可愛らしいとは言ってませんが……呪い? どういうことです?」
その問いに対して、クレアが説明を始めた。
普通ならば呪いの話などただの戯言として聞き流していたかもしれないが、いかんせん町の様子が様子なので、老人はある程度信用して聞いていた。
「なるほど、煙幕による呪い。それは私たちが受けたものと酷似していますね。そうとは知らず失礼な態度を……」
「良いのよ、アタシだって不本意な体だもの」
(不本意というなら俺だってそうだがな)
クレアの発言を聞いてそう思ったアレフだったが、それは喉の奥へと呑み込んだ。
自分が魔族だとバレたら色々と面倒だからである。
「ふ、話はまとまったようだな、行くぞ」
「いや、あんたが一番弱いんだからもっと緊張感出しなさいよ」
「ご武運を」
老人に見送られてアレフたちは町を後にした。
目指す先は【連鎖の森】。
「良い? なんでレベル1の癖にあんたがそんなに強気なのか知らないけどねー、魔物っていうのはあんたが思ってるより百倍怖いわよ」
「ふふ、そんな事を俺に言う奴がいるとはな」
事実、アレフは戦闘において注意されたことなどない。いや正確には幼き頃に父親に指導はされていたかもしれないがそれもすぐになくなった。
何故か? 答は簡単、強いからだ。
アレフはその圧倒的な戦闘センスをすぐに開花させ、あっという間に誰もが認める魔王となっていた。
故に敵に同情こそすれ、アレフを心配するものなどいなかったのである。
「何笑ってんのよ。基本的にあんたはアタシの後ろにいなさい。決して攻撃なんかしちゃダメよ。アタシがカタをつけるわ」
「そうか、それは頼もしいな」
(まぁ俺が楽しみにしているのは戦闘よりも呪いの実態だからな。戦闘はクレアに任せても良い。それにしても……)
アレフはいうか迷ったが、言った。
「もしかして貴様、俺の事が心配なのか?」
そう言うとクレアは徐々に顔をその真紅の髪色のように真っ赤にさせて、杖を使ってアレフをポカポカ叩いた。
「ち、違うわよ! ただ目の前で死なれたら気分悪いだけ!」
「そうか。まぁどちらでも構わんが。それよりクレア、敵の……名前は忘れたが、魔物。そいつに勝てる自信はあるのか」
アレフはクレアの攻撃を無視しつつ、冷静に質問する。
それに対してクレアも「うーっ」と唸りながらもちゃんと答えた。
「……ベレデロンでしょ。話を聞いた感じだと……ドラゴンクラスの可能性があるわ。その場合アタシ単独での討伐は無理ね。その時はパイロが恐らく強いパーティを組んでるはずだからそれに合わせて上手い事やるしかないわ」
「貴様も強い奴を一人くらい呼んだらどうだ? レベル4となれば相当強い知り合いもいるだろう」
アレフはそういった後、ハッとした顔になり、自身の発言を悔い即座に撤回した。
「……そうか。貴様には仲間がいないのだったな。すまない」
ちなみにその行動をクレアは薄くひらいた目でじっと見つめ、
「灼熱魔法で焼き尽くしてやろうかしら」
そうボソッと呟いた。
アレフたちが歩き始めて数十分した頃、遠巻きながら雄叫びと金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「どうやら近いみたいね」
「走るか」
アレフたちは音の方向へと走った。
音の先には、果たしてパイロたちがいた。
五人のパーティのようで、近接戦闘が二人に回復が一人、攻撃魔法が一人と言ったオーソドックスな編成だった。
「見た感じ、レベル4の勇者はいないわね……」
パイロは片腕ながら敵の攻撃を避け、斧による攻撃をしてはいたが、見る限りでは魔物にダメージが通っているようには見えない。
「ふふふふ、どうやらまた獲物が来たみたいだなぁ」
魔物はアレフたちの方をちらりと見てそう発言した。それによりパイロたちもこちらを見る。
「助けに来たわよ」
クレアがそう言うと、パイロたちは初めは顔が明るくなり期待したようだが、冷静に幼女が助けに来ても意味がないと悟ったようで、再び表情を暗くした。
「君たちは勇者レベルいくつだ! 好奇心できたなら今すぐ帰れ! ここは危ないぞ!」
パイロは大きな声を出してそう叫んだ。
その問いに対してクレアは杖を背中から引っ張り出すと、アレフの方を向き、
「いーい? あんたはここから前に出ちゃだめよ。じっとしてなさい」
そう言って、前に向き直った。
「ふむ、まぁいいだろう」
「さて、どうせ言葉で言ってもあいつら信用しないだろうし……火属性! 位階、上! 大文字!」
クレアがそう唱えると、杖の先端についた紅い宝石が光だし、そして人間の頭ほどの火の玉が杖の先端に出現した。
クレアは杖を振り、それをすぐさま魔物の方向へと打ち出した。
魔物もクレアの事を侮っていたため、あまり注意していなかった。そのため、火の玉が自分に迫っているとわかった時には既に避ける事が出来なかった。
「な? この火の玉は……?」
「燃え広がりなさい」
火の玉は魔物に着火した途端、『大』の字に燃え広がり、凄まじい熱を発し始めた。
魔物はその威力に驚き、そして何よりも叫んだ。
「ぐあああああ! 熱い! 熱いぞ!」
(ほう、クレア。中々の高レベルな魔法を扱えるようだ。どうやら本当に強いらしいな)
アレフがそんな事を思っていると、クレアはパイロたちの方へと向き、指示を出した。
「ボサッとしない! 今が好機よ! 畳み掛けなさい!」
「あ……は、はいっ!」
クレアの謎の圧力によってパイロたちは一斉に攻撃を始めた。
全身を火で覆われている魔物はその攻撃をそのまま受けるしかなく、勝負はついたかにみえた。
しかし、やられながらも魔物は腰のあたりについていたポーチから気づかれないように白い玉を取り出していた。
「油断、したなぁ!」
そう言って魔物はそれを地面に叩きつける。
瞬間、白い煙幕が辺りを覆う。
「なんだこれ、煙幕? 力が抜け……」
パイロはそういうと膝をつき、そしてその場に倒れこんでしまった。
他のパーティのメンバーも、クレアも同様に倒れた。
「ね、眠い。これは……睡眠ガスが入ってるわね……」
「ご明察。風属性、位階中。業風」
魔物は自身についた炎が時間とともに徐々に弱まっているのを確認し、風魔法で火を消し去った。
そしてパイロの前まで歩くと、そこでしゃがみ、パイロを覗き込みながら言った。
「馬鹿な奴だな。わざわざ生かしてやったのに、腕を切り落としてまで俺に戦いに来るとは」
「ど、どういう事だ。お前はあの時逃げたんじゃ……?」
「違う違う違うんだよなぁ。あの時はわざと逃げたフリをしてやったんだ。お前を殺さずに【呪い】を残すためにな」
魔物は楽しそうな顔をして話を続ける。
「なんでー? って顔をしてるなぁ。ふふふふ、簡単さぁ。勇者だと皆にもてはやされてるお前が町の人々に呪いを伝染させる。その構図が見たかったんだよ、俺は。滑稽じゃないか、なぁ? あんだけ楽しそうだった人々が外見が魔物になっただけで差別し、関係を断つなんてなぁ」
「この、クズが……!」
「クズ? お前誰に向かって言ってるんだ。俺は魔物だぞ? いい奴だとでも思ってたのか? それに、外見で人を決めつけるお前ら人間の方がよっぽどクズじゃないのか?」
「御託を……!」
「最期にいい事を教えてやる。【呪い】はどうやっても解けない。一生な、ふふふふ」
「なっ…………」
パイロは遂に瞼が開くなったのか眠りについてしまった。既にパイロが連れてきた他のパーティメンバーも寝ていた。
クレアだけが起きていた。とは言っても起き上がれない状態ではあったが。
正確にはアレフも起きてはいるのだが、アレフは物陰に隠れて煙をやり過ごしたため、魔物はすっかりアレフの存在を忘れていた。
「呪いが解けないなんて……」
「どうやらお前のその類稀なる魔力を鑑みるに、お前も俺の呪いにかかって小さくなっているようだな」
「や、やっぱりあんたの仕業だったのね!」
「正確には失敗作だがな。小さくなるだけで魔力が変わるわけでもない。部下に持たせておいたが……」
そう、この魔物ベレデロンが部下の魔物に持たせておいた道具が、クレアに使われたのだ。
「あ、あんたのせいであんたのせいでアタシは……うわーん!」
小さくなった現象が治らないと知ったクレアはその場で泣きはじめてしまった。
「ちっ、ガキが泣きわめくのが一番嫌いだ。耳障りだ。死ね」
「うぇっ、ひっく。え?」
動けないクレアの首元めがけて鋭い爪をつきたてようとする魔物。
しかしその爪は届くことはなかった。寸前でアレフが手首を掴んだからである。
「なっ?」
(手が……動かない! こいつ、どこから出てきた? いや、それより俺の攻撃を一瞬で見切っただと?)
いきなりのアレフの登場に魔物は驚いた。
驚いたのはクレアも一緒で泣いて赤くなった目でアレフを見ていた。
「あ、あんた煙幕食らってなかったのね」
「運良く避けてな」
「な、なら早く逃げなさい! あんたが敵う相手じゃない! アタシだって、どうせ死ぬなら自爆魔法を……」
「命は大事にしろ」
「えっ――」
アレフは空いている方の手でクレアの首元に手刀を入れ、気絶させた。
そして魔物の方へと向きなおる。
「お、お前……何者だ」
「ふん、誰だって構わないだろう。貴様、先ほど言っていた事は本当か?」
アレフは淡々と、魔物の手首を握り締めながらその深く沈んだ瞳で魔物に問うた。
「な、なんの話だ」
「呪いは貴様を殺しても解けないのか」
「と、解けない」
「そうか。それともう一つ。魔物が人間のようになる呪いは知らないか?」
「そ、そんな意味ないものは知らない!」
(こいつの仕業じゃないのか)
アレフは考えていた。仮にアレフが魔物化する呪いを受けた場合、果たしてアレフは魔族に戻る事が出来るのか。
答えとしては怪しいものだった。魔物化は出来ても魔人化は出来なさそうだというのがアレフの結論である。
そのため呪いにかかる事はしないことに決めた。
「ふん。なら貴様に用はない。そしてあの町ではもう二度とお茶が作れなくなるかもしれないという事。貴様には死をもって償ってもらおう」
「ぐ、ぐぅ! 生意気なぁ! 八つ裂きになれ! 風属性、位階上! 烈風!」
魔物が魔法を放つと同時に、アレフがいた位置には強烈な旋風が巻き起こった。
そこに巻き込まれたものは一瞬にしてチリとなり、生物はまずズタボロになるであろう風である。
風が止み、土埃がやむと、そこにはアレフの姿はなかった。
「はぁはぁ。ふふふふ、チリとなったか」
「誰が?」
「なっ!」
魔物の真後ろから聞こえたアレフの声。魔物は振り返ろうとしたが、それは叶わなかった。
既にアレフが首元に手を回し、締め付けていたのだ。
「さぁ最期のチャンスだ。呪いを解除する方法は?」
「じ、知らない……な、ない、そんなものは」
「そうか、残念だ。なら貴様にも【呪い】を味わってもらおうか」
「な、何を……」
するとアレフはおもむろに自身の指を少し噛み、血を流すと、それで魔物の背中に文字を書き始めた。
それはいわゆるこの世界の共通語ではなく、古代語と呼ばれる文字で書かれたものだった。
「常闇、永延と続く影。泣け、彼女の雫は、全てを忘れさせる」
「え、詠唱だと……」
「洗脳傀儡」
アレフが魔法名を唱えると、背中に書かれた文字が輝き始める。
「あ、熱い。熱い! 俺に何をした!」
「貴様は今から終わらない痛みを味わう。貴様は自分が一番嫌いな者から拷問を受ける幻覚を永遠に見る、墓標はそこらの木で十分だろう」
「やめろ、やめろやめろやめろやめろ!」
アレフはそのまま魔物を木の前まで連れて行くと、魔法を唱え、彼を木と半一体化させた。もはや体は木と同化しているが、顔だけは木から見えている。
「これが貴様の見るこの世で最期の光景だ。何か言いたい事はあるか?」
「悪魔め……! あ、あ、ああ! ゼロ! なんでここに! やめろやめろやめろやめろ! やめろーっ!」
そう言って、魔物はその後から幻覚を見始め、叫び声だけをあげ続けるようになった。
「悪魔? 違うな、俺は魔王だ」
そう言って、アレフはクレアを担いで街へと戻った。そして町の住人を呼んでパイロたちも街へと運んでもらった。