【盗賊団】
歩く事2時間、アレフたちはようやく小さな町にたどり着いた。あたりは暗くなっている。アレフは街の入り口に書いてある看板に目を通す。
「【ザイナーラ】、なるほどここは少し大陸の北寄りか」
アレフはそれを確認すると少しホッとした。何せこのレイド大陸の南側には【魔界】と呼ばれる魔族たちのテリトリーがある。そんなところで一悶着を起こしたが最後、かつての幹部たちに担ぎ上げられて再び魔王の座にされるのが目に見えているからだ。
「とりあえずは……」
アレフはアイを見る。
「こいつの服を買わないとな」
「あ、ありがとう……」
「勘違いするな。俺が変態だと思われるのが嫌なだけだ」
そう言ってアレフは服屋に連れてった。お金自体は割と持っていたので、アイに服はてきとうに買わせた。
「あ、あのアレフ。ありがとう、このお金は後で必ず返すから……」
「別にいい、俺の気まぐれだ」
アイは年頃らしい可愛らしい服を着た。
「次は飯だな」
そう言ってアレフたちは近場の食堂に入った。そしてアレフが2人分の料理を頼む。最初は遠慮していたアイだったが、流石にお腹が空いていたのか、料理を口にした。
「えっ、美味しい何これ。こんな美味しいのアイ食べた事ない!」
今までにないほど笑顔でご飯を食べ始めるアイ。アレフはそれを目にして、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「いやお前は人間なんだから食べた事あるだろ。その記憶も抜け落ちたのか。それにしてもこの肉、美味いな」
「ん? アレフって人間じゃないの?」
「いや、人間だ」
(今は、な)
説明するのも面倒なのでアレフはそういうことにした。ご飯も食べ終え、満足したアレフたちは、今後の事を話し始めた。
「お前はこの後どうするつもりだ?」
「……わかんない。とにかく記憶の手がかりを探したい」
「そうか」
「アレフは? 何か目的はあるの?」
「目的? いや特にないな。暇だし世界を巡ろうかとは思ってるが」
「じゃあアイもそれについてく!」
「いや、それは――」
クレア達から逃げて気楽に観光をするつもりだったのに、厄介ごとを持ったら意味がないとアレフは思った。しかし、アイは頼れる人が他にいない上に、今にも泣きそうな顔をしていた。
アレフはため息をついた。
「――やれやれ、まぁいいだろう」
「やたっ!」
「とりあえず、この付近の海で倒れてたんだから、この町の人が何か知ってるかもしれん」
そう言ってアレフは酒場へ向かう。情報を集めるにはもってこいだからだ。
中に入ると、むさ苦しい男たちが集まって酒を飲んでいる。アレフたちが入ると、彼らの目線がアレフに集まる。いや、正確にはアイにだが。
「おぉ? 可愛い姉ちゃん連れてるじゃねえか」
少し酔った様子の男が、アレフたちに絡んでくる。
「アレフ、アイってそんなに可愛い?」
いつの間にそんな度胸がついたのか、アイはケロっとした様子でアレフにそう訊く。するとアレフは困った顔をした。
「俺に聞くな」
「ちぇっ」
「なぁ嬢ちゃん、俺と飲もうや」
「嫌よ、おじさんなんか臭いもん」
アイがそういうと周りの男たちが爆笑し始めた。
「だーはっはっは! おいお前臭いってよ!」
「加齢臭じゃねえの? なはははは!」
周りに散々笑われた男は、ほおをヒクヒクさせて怒りをあらわにする。
「い、言ってくれるなお嬢ちゃん」
「というわけだ。そいつは俺のツレだ、臭いおじさんは手を出さないで貰おうか」
アレフは不敵に笑うとそう言った。
「てめえ!」
男はアレフに殴りかかる。アレフはそれを手のひらで受け止めると、残った方の手で男を殴り飛ばした。
「ぐほおっ!」
男はそのまま吹き飛び、店の壁にめり込む。
アレフは面倒臭そうに手をはたいて、埃を落とす。
「さっきの盗賊といい、ここはこんな奴しかいないのか?」
周りは沈黙していた。アレフはそのままカウンターに座る。アイもそれに習って隣に座った。すると、店主がアレフに酒を出す。
「あんた強いな」
「まぁそれなりにな。壁の弁償は今めり込んでるあの男に頼むぞ、俺は正当防衛だ」
「ふっ、あれのどこが防衛なんだかわかりゃしねえが、あんた何しにここへ?」
「あー……それがだな、こいつなんだが」
そう言ってアレフはアイの頭をポンポン叩く。
「見たことないか?」
「ん? どういうことだ?」
「近くで拾ったんだが、どうやら記憶がないらしくてな。この町に知り合いがいるかと思ったんだが……」
アレフがそういうと、店主の男はアイをじぃっと見つめた。少しした後何か考えるそぶりを見せたが首を横に振った。
「残念だが、知らねえな。俺が知らねえって事はこの町の住人じゃねえよ。俺はこの町の奴らなら全員知ってる」
「そうか」
「大方逃げ出した奴隷とかじゃねえのか? なんにせよ捨てられた奴を拾うなんてろくなことにならねえぞ」
(奴隷の刻印は身体になかった。つまり奴隷じゃない)
アレフはアイを見つけた時に真っ先に刻印を探したが見当たらなかったのだ。
ふとアレフがアイを見ると、彼女は不安げな瞳をしていた。彼女は捨てられるのを恐れているのだ。
「別に、捨て子を拾うのは、慣れてる」
頭の中でダークエルフの少女を思い浮かべながらそう話すアレフ。店主は笑って「そうかい」とだけ言った。
そして、店主は話題を変えるようにしてこう言った。
「それよりあんたの強さを見込んで頼みがあるんだが……仕事をやらねえか?」
「仕事? なんのだ」
「最近ここらで暴れてる鬼族がいてな。そいつを退治して欲しいんだ」
鬼族。それは戦いに生きる一族。好戦的で血を好み、戦いを持って自分の生を確かめる戦闘種族。
特徴は、紅い肌を持ち少し長いツノがひたいに二本生えていることだ。
「オーガか、また厄介なのが暴れてるな。何故こんなところに」
「さあな、ただ困った事にそのオーガ、人間と組んでいてな。町のものを盗んだり、この近くに来た行商人なんかから物を盗んでいくんだよ。そういうことをされるとこっちは困るんで、ここで呑んだくれてる【冒険者】の奴らに依頼してみたんだが全滅でな」
「ほぉ」
そう言ってアレフはちらりと店内を見渡す。すると誰もが皆、気まずそうに視線を逸らすのだった。
「実は俺は東の大陸から来たんだが、少しきになることがある。こっちではプロ勇者というものはないのか?」
「へぇ東から! そいつぁすげえな、お金持ちなのかい? プロ勇者ってのは、確か東の大陸だけで浸透している冒険者システムのことだろう?」
「つまり、こちらでは別のシステムが?」
「あぁ、昔から俺たちは冒険者っていう言い方をしてる。まぁ元締めが違うだけで、プロ勇者とやらとやってる事は同じなはずさ」
プロ勇者は、王都ダムステルアが勇者協会というものを作り、そこを拠点として展開している。それに比べ冒険者は、ギルドと呼ばれる組合を各街ごとに作り、それらを共有して動かしている。
実は東の大陸においても、王都から離れればギルドがある地方が存在する。しかしプロ勇者制度が強力な権限を持つため、日陰に落ちている側面があった。
(だとしたら何のためにディーノはプロ勇者制度なんてものを作ったんだ? 冒険者なんてものがあるならわざわざ作る必要はなかったはずだが……)
アレフはそう疑問に思い、店主に話す。するとこう返ってきた。
「東は確か、それ以前は冒険者も機能してなかったはずだぜ」
「どういうことだ?」
「東には確か【騎士団】ていう独特の制度があるだろう。確かかつてはそいつらが権力を持ってたと聞いたが」
アレフはそれを聞いて納得した。確かに、騎士団という制度は今はもう飾りのようなものになってきている。
ディーノが目指したのは、騎士団のような選ばれたものだけがなれるものじゃなく、西の大陸の冒険者のような誰もがなれる制度だった。そのためには、全く新しい名前で民衆に注目してもらう必要がある。そうして考えられたのがプロ勇者だった。
ただプロ勇者が台頭した結果、騎士団の地位は今現在も徐々に落ちていっている。
「なるほど、だいたいわかった。それで、依頼はそのオーガの盗賊を退治しろってことか?」
「そういうことだな。礼は10万ゼラだ。どうだ、やるか?」
「……旅の資金があって損はないか。いいだろう、なら誓約書を書いてもらう」
「勿論だ」
アレフは店主に依頼とその報酬に対する誓約書を書いてもらった。
「オーガは町から隣の港町までのどこかでだいたい出没してるらしい」
「わかった。探してみよう」
「頼んだぜ」
「アイ、行くぞ」
「はいはーい」
アレフたちは酒場から出た。
残った酒場の客たちに一瞬沈黙が走る。
「おい、誰かその壁に埋まってる馬鹿とってやんな」
店主のその言葉で、客たちが壁にめり込んでいる男を引っ張りだした。
男は酒に酔ってたことも相まって、泡を吹いて気絶している。
「あの男、なにもんだ……?」
ひとりの客がそう呟く。
「強いのだけは間違いねえ。この中にひとりだってあの男が殴った瞬間を見れた奴がいたか? 俺は気づいた時にはその男が壁にめり込んでたよ」
太った男がそう返した。客たちは、誰もアレフの攻撃の瞬間を見れていなかった。彼らは男がめり込んでいた壁の穴をじっと見つめる。
「奴らなら、あっさりとオーガの奴らも倒しちまうかもしれねえな……」
「おいおい、オーガはあの戦闘種族だぞ? まさかそんな簡単に……」
「いやいやあの強さだったら――」
客たちが、アレフの話題で盛り上がっている様子を見て、店主は微笑を浮かべた。
一方アレフは、酒場を出てアイと共に歩いていた。
「このあたりは物騒だねぇ」
「野蛮な輩が多い。アイは俺から離れるなよ」
「うん。アレフがアイの事守ってくれるもんね。さっきみたいにボコーって速いパンチで。相手の人全然気づいてなかったね」
そう言ってアレフの腕に絡まるアイ。
「貴様、急に馴れ馴れしくなったな」
「え? ……駄目だった? ごめんなさい」
アイはそう言ってうつむきながらアレフから離れる。アレフとて、他に誰も頼れる人がいない状況で、少女が自分に頼ってしまう事は重々わかっていた。だがアレフはそういうものがどうにも苦手なのだ。
「いや、別に駄目とは言ってないが……」
「本当! じゃあこうしてる」
そう言ってアイは再びアレフの腕にくっつく。アレフはため息をついて、歩き続けるのだった。