【記憶】
アレフは戸惑っていた。いったいなんと答えたらいいのかわからなかったからだ。
「俺は……アレフだ。お前、なんでここにいたんだ?」
だから素直に答えることにした。
(俺も、簡単に人に名前を教えるようになったものだ)
脳裏でそんなことを考えながら苦笑するアレフ。だが少女は、その質問に対しあたりをキョロキョロと見渡すと、こう答えた。
「アイは……アイ。そして……あれ?」
アイという少女はその後頭を抱え始める。
「アイは、アイはなんでここにいたの? わからない……わからない、何も……アイは誰? ここは、どこなの……?」
そうつぶやき始める少女。
「お前、記憶がないのか?」
「記憶……無い、何も無い。何も思い出せない……」
アレフはどうやら面倒な事になったらしいと、頭を掻くととりあえず自分が羽織っていた布のローブを彼女に渡した。
「とりあえずそれを着ろ。風邪をひくぞ」
「あ、ありがとう」
「アイと言ったか。ここにいても仕方ないだろう。近くの街まで行くぞ」
「は、はい」
アレフはアイを立たせ、歩かせた。
アイはアレフの顔をチラチラと見ながら、尋ねる。
「こ、ここは、どこ?」
「知らん」
「えっ」
「俺は海の向こうから来たんだ。ここがどこだかはわからん。まぁ元々はこっちに住んでたから、街に行けばだいたいわかるはずだが……」
そう、元々アレフは西の大陸出身。そのため街を発見すれば地理関係はわかる自信があった。
アレフはちらりとアイを見る。少し垂れ目な彼女の目があった。アイの方は気まずそうに下を見てしまった。
(美しい金の髪。年は15、6といったところか? 人間の子が何故あんなところに……)
アレフは疑問に思ったがそれを今考えても仕方ないと思い、黙々と歩いた。
整備された道に出たので、アレフたちはそれに沿って歩いていく。すると道の隣にある林の茂みから男が3人現れた。
男は3人とも剣を抜いており、アレフたちにそれを突きつける。
「へっへっへ、金目のものとその女、置いてってもらおうか」
「ひいっ、ア、アレフ……」
アイは刃物に恐怖し、反射的にアレフの後ろに隠れる。アレフは彼らを一瞥しため息を吐く。
「やれやれ、盗賊か? いや、そんな大層なもんじゃないな……チンピラか」
「なんだてめぇ? 女の前だからって余裕ぶってんじゃねぇぞ? 俺たちはそういう奴を何人も殺ってんだ」
「ひひひ、早く殺そうぜぇ。久しぶりの女だ、早く犯してええ」
「おめえはすぐ壊すからなぁ。使い終わったら奴隷として売るのを覚えとけよ!」
下卑た笑いをする男たち。アイはすっかりと怯えてしまっていた。
「アイ、少し下がっていろ」
「え……?」
アレフはそんな彼女の頭をポンと叩くと、彼女を引き剥がして前に出た。
「お? なんだ? やる気か? へへ、面白え丸腰じゃねえか! おめえそんなんでやる気か?」
「ごちゃごちゃと煩いな……貴様らはお喋りをしていないと死んでしまうのか?」
馬鹿にするように鼻で笑うアレフ。すると分かりやすく男は血管をひたいに浮かび上がらせて激昂した。
「ぶっ殺す!」
ひとりの男が剣を持ってアレフに斬りかかる。アレフはそれを最小動作だけで躱すと、彼の持っていた剣を奪い取り、逆に刺し殺した。
「ごふっ……」
「な、し、死んだのか……? 一瞬で?」
「は、ハッタリだ! 火属性位階下、ファイアボール!」
男が魔法を唱えると、火の玉がアレフに向かって飛び出す。アレフはそれを一太刀で斬り伏せた。
「魔法を、切った? あがっ!?」
そして、その剣を投擲し魔法を使った男の胸に突き刺した。男の胸からはだらりと血が流れる。
「手品にもならんな」
「う、あああああっ」
最後の1人は逃げ出したが、アレフは追わなかった。面倒だからだ。
「終わったぞ」
アレフがアイの方を向いてそういうと彼女は恐れるわけでもなく、アレフを見て言った。
「強いね、アレフ」
「まぁな。血は怖くないようだな」
「うん、血は怖くない」
「ということはお前は、血を日常的に見る生活をしていたということだ。良かったな、お前の事がひとつわかったぞ」
「それはいい事……?」
アレフはそれには答えず、再び歩き始めるのだった。