【復讐の輪廻】
クレア達はリリィ姫を助け出した後、かなり傷が酷かったため彼女を連れて一旦城を出て、ロキ達に姫を託して城に戻ってきていた。
「なんとか、間に合ったか……」
息を乱しながら、アリスはそう言った。クレアもいつでも攻撃できるように杖を構えている。
そんな彼女達をディーノは見ると、腕を思い切り振って氷を粉々に割った。自由になった腕をくるくると回す。
「酷いなラゲル。見えてただろ? なんで僕を助けてくれなかったんだ」
「手を出すなって言ったのお前だろ」
「まぁ言ったけどさ……」
「うぁぁぁああああっ!!!」
ディーノ達が気を取られている隙に、マサトは這いつくばるようにしてアリス達がいる方へと向かった。
「た、助けてくれっ頼むっ、殺されるっ」
「ど、どうしたんだいったい――い、いやそれよりも……クレア」
「え、ええ。信じ難いわね」
マサトの異常な恐れを目にして、アリス達は驚く。だがそれ以上に彼女達が驚いていたのは、目の前に英雄である勇者ディーノがいるという事実であった。
「あ、あなたが何故……ディーノさん」
クレアは思わずそう訊いてしまう。
「おや……君は……僕にはわかるよ。君はあの時の子だ。はは、小さくなったねクレアちゃん。こういう時は普通大きくなったねと言うんだけど」
「何故、何故です! 何故あなた達のような英雄がこんな事を……!」
「理由を話したところで今更どうにもならないさ。過去は変わらない」
ディーノは眼帯に手を添えながらそう言った。
だがクレアはそれでも止まらなかった。
「私は、私は魔法学園やプロ勇者制度をあなたが作ったと聞いた時感動しました! だからこそ私は今こうしてプロ勇者をやってる! なのに何故なの! なんであなたがそれらを否定するような真似を!」
「僕は甘かったんだ。人間というものに期待しすぎた」
そしてディーノはアリスの方を一瞥すると自嘲気味の笑みをこぼした。
「それにしても……ふふ。まさかアレイリ騎士団長の娘と相対することとなるとはね」
「は、母上を知っているのか!」
アリスは動揺しつつそう返す。
「勿論さ。忘れる訳がない。昔、剣を教えてもらった事もあるし……何より自分が殺した相手の事を忘れるものか」
ディーノの言葉にアリスは言葉を失った。そのまま彼女は固まり、数秒の沈黙の後恐る恐る口を開く。
「こ、殺した? 母上を? ば、馬鹿な。母上は事故で死んだと……」
「王がそう言ったのかな? まぁ偽装をしたから王にも僕が殺した事はバレていなかったようだけど。そうさ、君の母親は僕が殺した」
ディーノは無表情のまま淡々と事実だけを述べていった。
「あの強かった母上が……殺された……? 勇者様に? 嘘だ……」
アリスは状況を呑み込めていなかった。
「君の母親は死ぬ間際に夫じゃない男の名前を呼んでたよ。ダムドだったかな?」
「……きっ、貴様ぁぁあ!! 母上を侮辱するなぁああああ!」
「さぁ、君の痛みを見せてごらん。そこにこそ僕が求めたものがある」
「アリス! 待ちなさい!」
クレアの静止も叶わずアリスは我を忘れて走り出しディーノに剣を構えて襲いかかった。
ディーノは迫り来る剣を悠々と聖剣で受け流す。
「くそっ、くそっ! 死ねぇえ!」
「怒り、悲しみ、絶望。剣から君の想いが伝わってくる」
「くそ! くそぉおおおお!」
「痛みを知った君は今、真の優しさを知るだろう。そんな君を斬らなきゃいけないのは、少し残念だ」
剣で敵わない事を悟ったアリスは一旦その場から少し離れ、手をかざして魔法を唱える。
「氷属性位階上! 吹雪!」
アリスの目の前が猛烈な吹雪により真っ白に染まる。普通であれば凍傷になるのは免れないこの攻撃だが、攻撃が止んで現れたのは、正八面体の透明な薄い黄色の結晶に囲まれた無傷のディーノの姿だった。
「はぁはぁ……む、無傷っ……!?」
「光結晶だよ。ごめんね、君が僕に傷をつける事はできないんだ」
「黙れっ! 氷属性位階上! アイスマン」
「煌めく黄金炎」
アリスが出現させた氷の巨人はディーノの放った黄金色に煌めく炎によって一瞬で溶けてなくなった
「何っ!?」
「さぁ、終わりにしようか――」
「火属性位階上! 大文字!」
剣を構えたディーノがアリスに襲いかかろうとするところを、クレアが火の玉を放って妨害しようとする。
「その魔法は遠距離ではなく近距離で使うものだよ。天上」
ディーノが円柱状の光のレーザーを放つとそれとぶつかった火の玉はその場で大の字に燃え広がった。
「ほら、途中で障害物に当たると無力化しちゃうだろう?」
「くっ!」
そのままディーノは歩をすすめ、アリスへと斬りかかる。
アリスはそれをなんとか受けるが力の差は歴然であり、すぐに剣を弾かれる。
「うぁっ」
「じゃあね――」
ディーノが無防備になったアリスに剣を振り下ろそうとする。するとクレアは思わず炎の槍を出現させ、それを彼に向けて投げると走り出していた。
するとディーノは炎の槍を振りかざしていた剣で難なく弾いた。
「死にたがりだね」
「火属性位階上! 炎上網!」
クレアはディーノに向かって走りながら彼を囲むように火の柱を放った。
そしてその隙に彼女はディーノに近づくと、炎の壁に向かって近距離で魔法を放つ。
「全力よ! 火属性位階上! 大文字!」
「風属性位階極。風の調べ」
炎に囲まれたディーノはまるで嵐のような風を放った。その風は炎を全て消しさり、辺りにいたものを全て吹き飛ばす。唯一ラゲルだけが床に剣を突き刺して堪えていた。
吹き飛ばされたクレアは壁に激突して破壊する。ディーノはボロボロになったクレアの元へゆっくりと歩いていった。
「昔もこうやって君の放った炎を僕がかき消したね」
「……忘れたわそんな事」
「君が……君こそが人間になった彼が今一番大切にしている人なんだろう」
瓦礫に埋もれたクレアは問いかけるディーノに目を向けると自嘲気味に笑った。
「はぁはぁ……彼ってアレフの事? それは、どうかしらね。なんせ急に何も言わずに置いてかれるような関係ですもの」
「それこそがアレフが君を想っている証拠。ここで君を殺せば、彼には僕を殺したいほどの復讐心が芽生えるだろう。そして、そんな彼を乗り越えた先に、僕の求めた世界がある」
「あなたは……狂っているわ」
「狂っているのは――この世界の方さ」
ディーノの剣が、小さいクレアの体を貫いた。ディーノはゆっくりとそれを引き抜くと、そこからは赤い鮮血がこぼれ落ちる。
「……アレ……フ……」
クレアはお腹を抑えてそう呟いた後、前のめりに倒れ伏した。