【死への恐怖】
クレア達が戦っていた一方で王の間ではマサトとラゲルが両者一歩も譲らぬ激戦を繰り広げていた。
「蛇火!」
「爆蓮!」
火と爆発が衝突し大きな衝撃を生む。
そのまま間髪入れずに剣戟を繰り広げる。そして同じタイミングで距離を取り離れた。
「はぁはぁ……くそっ」
マサトは体に刻まれた切り傷をエクスカリバーの鞘を使って回復させる。
「無敵だと思ってたそのエクスカリバーにも弱点があったな。どうやら傷は治せても疲労は治せないらしい」
ラゲルはそう言ってマサトを見ると、マサトは無言で肯定を示していた。
「急に無言になるなよ。もう限界か?」
ラゲルの質問にマサトは息を切らし肩を上下させながら答える。
「……逆に訊きたいね。これだけやって息切れしてない。それに、浅い切り傷ならすぐに治ってる……あんた、本当に人間か?」
「さてな。少なくとも俺は、5年前に人間であることに拘りなんて無くなったさ」
(くそっ。厄介な奴と戦っちゃったな……それにさっき王のいる方に向かった奴の方が強そうだったし)
マサトはそう思っていた。
一方ラゲルも、
(今頃ディーノは復讐を果たしている頃だろう。俺もあいつをぶっ殺したかったが……もういいんだ。俺の全てをディーノに託した)
心の中でそう考えていた。
するとラゲルが突然マサトに話しかける。
「お前、マサトとか言ったか? どうせ王に雇われたんだろう?」
「だったらなんだよ」
「王が死んだらどうするんだ? それでも俺と戦い続けるのか?」
「王が死んだら讃えられないからやめる、と言いたいがお前らはリンナ達エルフの里の仇でもある。俺は絶対お前らを倒す!」
「おーおー、勇ましいねぇ。まるで昔の俺を見てるかのようだ」
ラゲルは少しだけ嬉しそうにマサトを見つめていた。
するとその時、王のいた奥の部屋から足音を響かせ一人の男が戻ってきた。
ラゲルがそれに気づき、振り返り呟く。
「ディーノ……」
ディーノは返り血を浴び、血に塗れた剣を持ちながら無表情でラゲルの前に行くと、
「終わったよ……」
これまでにないほど優しげな声でそう言った。
ラゲルは「そうか」とだけ言うとディーノの肩に手を置き頷いた。
(やばいな……あの男だけでもいっぱいいっぱいなのに更に強そうな眼帯の人まで来ちゃったか)
マサトは内心かなり焦っていた。
ディーノはマサトの方を向くと表情を変えずに淡々とこう言った。
「悪いけど、今から君には死んでもらう。いや、君だけじゃない。僕に逆らう全ての者たちにだ」
「まるでRPGの魔王みたいな事を言うんだな。あんたが世界の何を恨んでるかなんて知らないが、死ねと言われて死ぬわけにはいかないんだよ」
マサトは冷や汗を垂らしながらそう返した。
「抵抗してもいい。だけど死は逃れられない。この世に蔓延る“悪”は全て僕が誅す。絶対的な正義であるこの僕が」
「悪? あんたの言う悪ってのはなんだ? 王様みたいな踏ん反り返ってる奴らが悪か?」
その問いにディーノは目を瞑ると、間を置いて答え始めた。
「……ひとつ、話をしよう。人間は何故権力を得ると傲慢になってしまうのか。それは、自分が絶対者であると勘違いしてしまうからだ。自分を見ている者はいないと思い、悪事を働く。つまり彼らには監視者が必要なんだ。彼らを常に脅かし続ける監視者がね」
「あんたがその監視者ってやつになろうってのか?」
「その通り。僕が絶対的な正義となり人々を監視し続ける。罪を犯せば僕が断罪する。そうすれば人は正義を恐れ、悪をしなくなる」
「とんでもないディストピアじゃないか。それで本当に平和が訪れるとでも?」
「訪れるさ。人は痛みを知らないと誰かに優しくなんて出来ない」
ディーノは眼帯を手で押さえながらそう続ける。
「弱者はいつも強者に貪られている。強者が幾ら罪を犯そうとしわ寄せは弱者にいくんだ。罪には罰を。当たり前のことだ。痛みを知った強者は考え方を改めるだろう。真の平和はその先にある」
「……なるほど。あんたの考えはよくわかったよ」
(やべぇこの感じ……絶対こいつラスボス的なキャラだろ。勝てるのか? これ。全然俺も覚醒する予感がしないし)
マサトがそう思う一方でディーノは一歩前に進み、剣を構えた。
「さて、君には尊い犠牲になってもらうよ。君らの死が世界に痛みという恐怖を与え、そして平和を作る」
「死んでたまるか……! 爆蓮!」
「無駄だよ」
マサトの放った爆発は完全に爆発する前に一瞬にしてディーノによって斬り伏せられた。
速すぎるその技はその場にいる者達には何が起きているのか把握できていなかった。
「な……何? 不発?」
「それで終わりかい? さて、始めようか。ラゲル、手を出さないでね」
「へいへい」
「く、くそっ。爆蓮! 爆蓮、爆蓮爆蓮!」
マサトは連続で爆発を起こそうとしたが、それもディーノが次々に斬り伏せていき、不発に終わった。
「だから無駄だって」
「ば、馬鹿な……」
ディーノはそのまま悠々とマサトの前に歩いていき、そして剣を振るった。
それをマサトはエクスカリバーで受け止める。
「ぐっ」
「へぇ、それがエクスカリバーか。僕のヴィクティムも聖剣なんだけど……どっちが強いかな?」
「それっ……聖剣なのかよっ……!」
(なんだこいつの馬鹿力っ。本当に人間かっ!?)
単純にディーノの膂力に負けて圧されているマサトは、どんどん後ずさりをしていった。
「くそっ、爆破属性位階上、爆破鳥!」
「我慢比べは僕の勝ちだね。天上」
「何っ!?」
マサトが咄嗟に魔法を唱えると彼の周りから4匹の白い鳥が出現し、ディーノに襲いかかった。
だがディーノは全く物怖じせずその状態のまま片手だけ鳥に向かってかざすと魔法を唱えて輝く円柱型の光エネルギーを放出した。
すると当然鳥はその光によってその場で爆発する。だが4匹による同時爆発は放った光エネルギーに飲み込まれ不発に終わった。それどころかそのまま光はマサトに直撃し彼の腹を貫通した。
「ごぼっ……あ? な、なんだこれ」
マサトは吐血し、思わず自分の腹を確認するがそこには空洞ができており、自らが致命的な傷を負った事を確認するのに時間はいらなかった。
「痛いだろう? 安心してくれ。今首を刎ねて楽にしてあげる」
ディーノはそう言ってマサトの首をはねようと剣を構える。
「う、ああああああ!」
だがマサトは咄嗟にエクスカリバーの鞘を腹に押し当てた。
「ん?」
ディーノはそれを興味深そうに見る。
すると消された内臓がじゅるじゅると復活し始め、数十秒ののちに完全に腹に開いた傷は塞がってしまった。
「はぁっ、はぁっはぁっ!」
傷が治った途端にマサトの顔からは大量の汗が噴き出した。
(今、少しでも遅かったらっ、俺は……俺は、死んでた……!)
「へぇ、エクスカリバーの能力かぁ。凄いね、まるで神の技だよ。まぁけど、次はちゃんと殺してあげるから安心して」
「う、あぁあ……!」
(怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……!)
マサトは異世界に来てから初めて死の恐怖を感じ、その場に尻餅をつくと全身をかたかたと震わせてしまう。
「君のその恐怖が、真の平和へと繋がるんだ、誇っていい。じゃあさよならだ」
「許して……許してください……! 俺は死にたくないっ……死にたくないんだっ……頼みます、お願いします……! 嫌だ死にたくない、嫌だ……」
マサトが恐怖し涙を流しながら懇願する姿を見て、ディーノはただうっすらと笑った。
「やはり人は死を感じると、恐怖から従わざるを得ない。痛みは平和を作る。君をもってその証明となったよ。ありがとう」
震えているだけのマサトの首を狙って、ディーノは剣を振り下ろした。
だがその剣はマサトの首に届く事はなかった。いつのまにか氷がディーノの腕を覆って動けなくさせていたのだ。
「誰……?」
ディーノは攻撃が来た方向を向く。するとそこにはアリスとクレアの姿があった。




