【魔王、胸糞悪くなる】
「――とまぁこんなところだね。勇者ディーノの話と言ったら」
アレフの目の前にいるゼロは少し簡略化したディーノの過去と現在の話をした。
アレフはそれを黙って聞いていた。
「成る程。ディーノが俺を倒してから何をしているかと思えば、魔王の真似事か」
「手厳しいね、元魔王は」
「だがこれで色々と納得がいった。王都の結界を貴様らが抜けたのはディーノ達の入れ知恵というわけか」
アレフの問いにゼロは笑みを浮かべた。
「そういうこと。結界を張った本人ならすり抜ける方法も知ってるからね」
「このアジトをローグディンに構えたのも、ディーノの故郷が故か」
「そうみたいだねぇ。私はそういう感情はあまりわからないんだけど、彼にも思うところがあったんじゃない?」
「ふん……最後の質問だ。俺を生き返らせたのは貴様らか?」
アレフがそう訊くと、ゼロは目を見開いて黙った後、何やら溜息を吐いて残念そうな表情をした。
「なんだ。あんたが転生魔法とか蘇生魔法を使って生き返ったわけじゃないの?」
「どういう事だ……?」
「残念だけどあんたを生き返らせたのは私達じゃあないよ。むしろ私達はあんたが蘇生魔法を使えるんじゃないかって期待してたくらいなんだからね」
アレフはゼロの表情をよく見た。それが嘘でないかどうか見極めるためだ。だが表情を見る限りゼロが嘘をついているようには見えなかった。事実、ゼロは嘘を言っていない。
「貴様らじゃないとしたらいったい……」
「魔族と人間最強の2人が違うなら本当に“神の奇跡”とでも言うほかないなぁ。そうかそうか、あんたじゃないならもういいや。興味はない」
不意にゼロが指を鳴らすと、部屋の奥からは緑色のゼリー状の魔物が2体現れた。ゼリーマンである。
「アァ……ズェ……エェ」
(なんだこいつらは……見たことがないが)
アレフも見たことがない魔物に困惑していた。すると後ろにいたイーシェスがアレフに話しかける。
「アレフ。私も詳しくは知らないけどこのゼリーマンって言われてる魔物は、ゼロの研究で生まれた人工の魔物だよ」
「人工の魔物だと? そんなものが可能なのか?」
「くっく、可能なんだよ、それがね。実はこの魔物大して強くない。あんたならすぐに殺せる。けどね、あんたにこの魔物を見せたのには訳がある」
ゼロは下卑た笑みを浮かべながらアレフにそう言った。アレフは何も言わずにただゼリーマンを見ていた。
「アァ……ズ……エェ……エェ」
「おーおー、わかったわかった。ねぇ魔王さん。この魔物が今なんて言ったかわかるかい?」
アレフは答えない。
「こいつはね、『助けて』って言ったのさ。あんたにね。あんたに助けを求めてるんだよ」
「……話が見えんな」
「なら先に結論を言おう。この魔物は、“元人間”なんだよ」
アレフは何も言わなかった。否、言えなかったのである。目の前の男が言った意味が理解できなかったからだ。それはイーシェスも例外ではなかった。
「私達は様々な研究を行った。中でも一番精を出していたのが“蘇生魔法”だ。その過程でそれはもう沢山人体実験をしたよ。その中でも面白い反応が起きたのが“龍の鱗”と“時の砂”と呼ばれる宝具を使った実験でね、時の砂を使えば肉体の細胞を活性化、つまり若返らせることが出来ると判明した。だがその活性化は人の身体では殆ど耐えきれず、細胞が壊れてしまうんだ。だから私は――」
「――人間に龍の鱗を使って魔物化させ、時の砂を使ったのか」
ゼロの言葉を遮ってアレフがそう言った。するとゼロはアレフに指をさして「正解!」と言った。
「その通り。しかし実験は思ったのとは全く違う反応が起きたのさ。それがこれ、“ゼリーマン”さ。この驚くべきは人間の細胞がスライム種と同じ物に変化しているんだが、細胞の活性化が著しく、どれだけ腕を切り落とそうがすぐ生えてくるんだ。面白い、成果だよ。それもこれも“龍の鱗”を取ってきてくれたイーシェスのお陰だね、ありがとう!」
「くっ……!」
ゼロが満面の笑みでイーシェスに向かってそう言うと、イーシェスは表情をしかめた。
「でもね、このゼリーマン1つ難点なのが、微妙に意識があるみたいで、みんな『助けて』って言うんだよ。だから私は言ってやるんだ。『人間を取り込めば人間に戻れるぞ』って。すると彼らは頑張って戦ってくれるんだ」
「下卑た趣味だな」
アレフは舌打ちをしてそう言った。
「魔王にそう言ってもらえて光栄だなぁ。それでね彼らは元が人間なものだから“核”が心臓があった場所にあるんだ。それを壊すと溶けて消えるんだけど、彼ら消える間際だいたい『死にたくない』って言うんだよ、これが傑作でね。君らそもそももう生きてるとは言えないだろうって」
そう言ってゼロは腹を抱えて笑い始めた。
「貴様は何が言いたいんだ? 俺に卑劣さを自慢でもしたいのか」
「おっと話がずれたね。実はこのゼリーマン2体は君と無関係でもないんだよ」
「何……?」
その瞬間、アレフからは強烈な殺気が溢れ出した。それはアレフがクレア達が万が一にでも手を出されていた時を考えて発せられたものだった。
「おっと、怖い怖い。これはお連れのおチビな女の子とかじゃないよ。実はこいつらね、賢人ボフォイの息子とその嫁さ」
「ボフォイの……?」
アレフはボフォイに言われたことを思い出していた。
(確かあいつは、息子達はメダリア遺跡で魔物に襲われて死んだと言っていた)
「貴様、まさか」
「そのまさかさ。私達は“時の砂”をメダリア遺跡から取って出たあと、それが本物かどうか、何かで試したくなってね。そしたら彼等が偶然通りかかったから“実験”させて貰ったのさ。死を偽造するのが面倒だから手を回して遺跡内で魔物に食われた事にしてね。彼らは学者だったからダンジョンで死んでもおかしくないだろう?」
「……貴様、今ボフォイが何をしてるのか知ってるいるのか?」
珍しくアレフの声には少し怒りがこもっていた。だがゼロはそれを嘲笑うかのように答える。
「知ってるよ、時を遡る魔法の研究だろう? この変わり果てた息子達を助ける為に。健気だねえ。まさか、同情してるのかい? あの魔王が!? たかが2人の人間に!?」
「ちっ……つくづく癇に障る野郎だ」
「じゃあもっと言ってあげようか。私達銀の槍が人攫いを続けていた理由を教えてあげるよ。それがこれさ。つまり人体実験をするための“素材”を集めてたんだよ」
アレフはそれを聞いて最初の町で出会った女性サーナを思い出していた。そう、彼女は父親を奴隷商達によって殺されている。そして彼らの元締めはこの銀の槍だ。
(つまりあいつの父親はこいつらの素材集めとかいうふざけた行為で死んだのか)
アレフは静かに怒っていた。
「同族を素材呼ばわりか。貴様の腐った性根は俺を苛つかせるのが上手いな」
「面白い、面白いよ。人間に変わると心までも人間に近づくのかな? じゃあもしかするとこのゼリーマンの事は殺せなかったりするのかな?」
「魔王を舐めるな」
瞬間、アレフは動き出し目にも留まらぬ速さでゼリーマン2体の頭を蹴り飛ばして頭を吹き飛ばした。
当然核を壊したわけではないのですぐに傷口から頭が生え出してくるわけだが、アレフはその間にゼロの元へと近づくとゼロの片腕を闇エネルギーを放ち消し去った。遅れて失った部分から血が吹き出す。
「ぐぁっ」
「もはや貴様に訊く事はない」
「ぐ……くく。まぁいいさ、私ももう目的は完遂してる。あんたをここで足止めするという目的をね」
「ディーノか……」
「そうさ。あんたが王都に来たら王への復讐が出来なくなる恐れがあるからね。魔王さんがこのアジトに向かってた時点でこのアジトの役目はただの時間稼ぎに変わったんだよ」
「貴様、はなから死ぬ気だったのか」
ゼロのここまでの執拗な煽りと回りくどい話は、アレフを留まらせる策だった。アレフはまんまと自分がその策に引っかかっていた事に気づいた。
ゼロは傷の痛みからか、顔から汗を大量に流していた。だが、それでも彼は笑う。
「死ぬ事なんて怖くない。私はゼロ、存在なんて元々無いんだ」
「ふん……気に食わんな。殺す前に聞いておくが、この魔物達を元に戻す方法はあるのか」
「ふ、ふふふ。やはり魔王さんは優しくなっちゃったみたいだね。治す方法がある、と言ったらあんたはゼリーマン達を殺せないんだろう?」
「ちっ……」
アレフは目の前の男に心が見透かされてるようでイラついていた。
ゼロは多量失血で立つ事もままならなくなり、壁に寄りかかって座った。
「まぁけど……死ぬ前に意地を張ってて仕方ないか。そいつらはもう、戻らないよ。何を足掻こうと無駄さ」
「……そうか。じゃあ貴様は死ね。底無」
アレフの手のひらから闇のエネルギーが出現し、ゼロの心臓を貫いた。ゼロは血を吐き出す。
「じゃあね、魔王、さん……」
(この世に私の存在は結局必要だったのか。ゼロのその先に在るものは、結局人間のままじゃ見る事はできなかったな――)
「死んだな」
アレフはゼロが完全に事切れたのを確認すると、ゼリーマンの目の前へと出た。
「……オォ……ロ……イィ……テ……」
「ああ今、殺してやる……!」
アレフは右の拳に闇のエネルギーを纏わせると、それをゼリーマン達の心臓に叩き込んで核を割った。
核を失った彼らは、体が崩れ去り溶け始める。
「アァ……イ……ァ……ト」
そして、彼らは完全に蒸発し消え去った。
しかし、その場にはゼリーマンの1体が体に隠し持っていたのか、1枚の布切れが落ちていた。綺麗に刺繍が施されたその布には、刺繍で“レミー”と書かれていた。
アレフはそれを無言で拾うと、懐にしまった。そして、そのままイーシェスの元へと向かう。
「行くぞ、イーシェス」
「うん……」
そう言ってアレフ達はその場から去った。