番外編:ゼロ【存在価値】
生まれた時から、彼には存在価値がなかった。ある一貴族の妾の息子として生まれた彼はその妾が死に、5歳で本家に引き取られた後酷いいじめを受けた。
父親は、実の息子たちの前で妾の息子に構うわけにはいかず、放置。義理の母親は妾と仲が悪かったため、彼を酷く嫌っていた。
当然、本当の息子達からは凄惨ないじめを受ける。
「お前なんて生まれてきた意味ねーよ」
本家の息子達は彼をそう言った。
彼には名前があったが、その名前が呼ばれる事はなく、存在価値が何も無いということから『ゼロ』と呼ばれるようになった。
親の愛を知らず、自分の存在価値すら誰にも認められず育ったゼロの心は歪んでいった。
彼は15になると、親から追い出されるように王都にある魔術研究所に勤めた。
既に歪んでいた彼に近寄るものはなく、そこでも彼の居場所はなかった。しかし彼は勉強を続け、研究所でも類を見ない成果を挙げ始める。
だが彼は禁魔法への研究を秘密裏に行なっていた事がバレ研究所を追放された。
そのままゼロは20年も人の居ない山奥で研究を続けた。
そんな彼がある日会った人物が、傷だらけのディーノ達だった。
「や、休ませてもらってもいい?」
ディーノがそう言って山奥のゼロの家に来たのだ。
ディーノは王達の追っ手から逃げるためにこんな山奥にたどり着いていた。
ゼロは驚いたが流石に重傷者を放っておくことも出来ず、彼らを休ませた。
ディーノ達が喋れる程度に回復すると、ゼロは彼らの経緯を細かく尋ねた。ディーノ達は少し話すか迷っていた様子だったが、ディーノに代わってラゲルが全てをゼロに話した。
「――ていう事だ。どうだ……信じるか?」
ラゲルから話された事実はゼロにとって驚きのものばかりだった。
「信じられないが……あんたらがここにいる以上、信じざるを得ないな」
「それなら良かった。あと聞きたいことがある。あんたはどうやら回復魔法系の研究者のようだが……俺達の怪我がどれくらいで治るかわからないか。まともに戦える程度にだ」
ラゲルのその言葉に、ゼロは少し驚いた顔をした。
「わからないのか? ラゲルなら1年ほどでどうにかなりそうだが……ディーノ、あんたの傷はもう、治せないよ。回復魔法でもどうにもならないほどあんたの身体はボロボロだ。もはや戦う事なんて、できやしない」
「そ、そんな……それじゃ僕は、あいつに……復讐できないってのか……!」
「……ディーノ、もうお前は休め。後は俺が仇をとってやる」
ラゲルがそう言うと、ディーノは立ち上がり彼の胸ぐらを掴んだ。
「休めだとっ!? 僕が、僕がいったいどれほど憎んでると――」
「憎んでるのはお前だけじゃねぇんだよっ!」
「うぁっ」
ラゲルはディーノを振り払う。ディーノはそのまま壁に叩きつけられた。
「俺だって、俺だってな……お袋、親父……それにレオナだって……悲しんでるのがお前だけだと思うなよ……!」
「ラゲル……」
「その上にぼろぼろのお前が行って殺されてでもしてみろ……俺はもう、耐えらんねぇ」
ラゲルはそう言って拳を震わせる。
「ごめん……ラゲル」
ディーノはうなだれてそう答える。
その光景を見ていたゼロは、おもむろに口を開いた。
「なぁあんたら、人間が憎いか? いや、王族が憎いか?」
「……当たり前だろ。俺達から家族を奪った奴らが憎くないわけない」
「実は私も人間は嫌いなんだ。本当はあんたらも治療する気なんてなかったんだが……その深い闇の瞳に魅入ってしまってね」
「何が言いたい?」
ラゲルは訝しげにゼロを見る。
「実は私はただの研究者じゃあない。私は“禁魔法”の研究をしている」
「禁魔法だと……!? それは第一級犯罪だぞ。見つかったら即死刑だ」
「その通り。そんな危険な話をあんたらに話しているという事で、私があんたらを信用したと思って欲しい」
「怪しいな。だいたい俺らはあんたの名前も知らないぜ」
「これは申し遅れた。私の名前は……そうだな、ゼロと、そう呼んで欲しい」
ゼロは少し間を置いた後にそう言った。
「ゼロ……? それは本当の名前じゃないだろう」
「まぁそうだね。けど私には本当の名前なんて無いのさ。親からも必要とされていなかった名前だ。だから私はゼロでいい」
ラゲルは眉をひそめて聞く。
「ふぅん。それで? ゼロ、あんたは俺らに何が言いたいんだ?」
「端的に言うと、私はあんたらの手伝いがしたい。王族への復讐を」
「何故だ? 何故あんたは急にそんな事を言い出す」
「実は私は、魔族になりたいんだ」
「魔族? 人間が魔族にか? 意味がわからないな」
するとゼロは手を広げて、笑みを浮かべながら力説する。
「あんたらにはわからないか? 私は知りたいんだ! 魔族のルーツを。何故魔物と魔族は人型と動物型に分岐した? 人間と魔族の関係性は? 私は本当に世界にとって必要のない存在なのか?」
「魔族のルーツ? 俺は全く興味ないな。なぁ? ディーノ」
「いや……僕は少し興味ある。人間と魔族、そして魔物」
「まぁお前は確かに小さい頃から魔族と人間が分かり合えないか? みたいなこと言ってたもんな」
「ははは、魔族とわかり合う? あんたはそんな事出来ると思ってるのか?」
ゼロはラゲルの言葉を聞いて、笑い始めた。ディーノは特に無表情なまま答える。
「いや、今はもう出来る気がしないな。人間は……汚れすぎている」
「そうだ! あんたはよく分かってるな! 魔族や魔物なんかより人間の方がよっぽど汚い! だからこそだ! その原因たる王族貴族を破壊し、一度リセットするんだ。偽りの玉座から彼らを引きずり落とそう。そして私は魔族となって新たな人生を送るんだ」
「革命でもする気かい……?」
「どう取ってもらっても結構。私はあんたらに王族達の殺害と私の研究を手伝ってもらう代わりに、戦える身体を用意する」
「戦える身体? それは僕でも戦えるようになるって事か!?」
思わずディーノは身を乗り出す。
「そうだ……僕が研究している理論なら、それも可能だ。だがそれにはあんたには実験台になってもらわなきゃいけない。つまり、魔族になる為の実験だ」
「僕が魔族になるって事か?」
「そうだ。もはやあんたの人間としての体は使い物にならない。だが魔族の体になれば別だ。そしたら復讐だって出来るはずだ」
「……その実験の成功率は?」
「予想では50%程度だ」
「やめとけディーノ! わざわざ死ぬリスクをとる必要なんてない!」
ラゲルの呼びかけを無視して、ディーノは目を瞑り、そして少しの間の後答えた。
「やらせてくれ。僕を魔族にしてくれ」
「わかった。なら早速明日から取り掛かろう。恐らく数年は掛かるがそれは我慢してくれよ」
「ディーノ! 待て! やめるんだ!」
「駄目だよラゲル。僕はレオナの、みんなの仇を取れないなら死んだも同じなんだ。たとえ死ぬかもしれなくとも、僕は復讐できる道をとる!」
ディーノの迷いのない目を見て、ラゲルは何も言うことができなかった。
そして、根負けしたラゲルは諦めるように頭を抑えてこう言った。
「わかった。なら俺もお前にどこまでもついて行くよ」
こうしてディーノは実に5年もの歳月をかけて治療を推し進めていったのだった。